姫騎士ASMR~偶然開いた囁き配信がどう考えても戦場で聴いた敵の声だった話~

ままま

第1話 敗北から

「ぐっ……!!」



眼前敵を睨みつけながらも、体力、魔力共に限界は近づいていた。


数千は居たこちらの勢力も残り僅か……勝利の望みは限りなく薄い。

一方相手軍の数は初めから500前後であり、にも関わらずこの期に及んで殆ど減っていない。その絶対的要因は、彼らを指揮する姫騎士の存在だった。




「これは国家から下された命による、用程度の掃討戦だ。貴様らが直接我々に仕掛けたことが発端ではなく、あくまでも偉い方の気まぐれ………。故に私怨はない。これ以上の戦闘は無意味だ、降参しろ。命は全員保証してやる」




膝を突く俺の眼前にその剣を突き立て、冷酷な眼差しを向けるのは……その姫騎士、ルルワ・エリーフェン。齢15にして国家最強の騎士と謳われ瞬く間に軍のトップに君臨した化物。実力は、戦闘開始数秒で、絶望的な程に本物であると確信した。その果てしない強さが軍全体の士気を底上げしている。




「命は保証か………現に、倒れちゃいるが……こっちの兵は全員生きてる。何のつもりだ人間」


「言っただろう、私怨は無いと」


「ここにいる俺達にはなくとも、魔族全体と見れば腐る程あるだろうが。………お前だってその眼、何か腹に黒いモノでも抱えてなきゃ出来ねぇだろ」


「まぁ……………早く帰路に着きたいという苛立ちは、事によっては私怨に値するかもな」




刹那、剣を抜き虚空へ一振り。それだけで俺を含めた後方の魔族達は砂埃の様に軽く吹き飛ばされてしまった。


……地に叩きつけられ、起き上がる体力も気力も尽き果てた俺に奴は静かに近づき、そのまま髪を掴んで耳元にて言葉を発した。




「これだけ力の差を見せつけられれば、戦意も暫くは消え去るだろう。………次にまみえる時、軍の指揮は私ではない。言っておくが、私ほど甘い騎士はそう居ないぞ。………懲りている内に投降の覚悟を決めるか、でなければ草花のように息を潜め、人畜無害に暮らすんだな」


「くっ………そ……が………!!!何処まで俺達をコケに…………」


「…………ではさらばだ、ユーベン・リルス。残りの三傑おなかまに宜しくな」




………そう言い残し去っていく。


彼女以外の最小限の兵達は、どうやら俺達を現時点で殺さないことに異を唱えている様に見えた。だが詳細な会話は聞き取れず、いつの間にか俺の意識は遠のいていくのであった。




◇◆◇





「………俺は、これで終わりだな」



目が覚めると、戦場から数十キロ離れた丘陵に聳える、灰に染まった巨大且つ荘厳な要塞……その内部、中心部に設けられた自室に俺は居た。


意識と共に記憶も遅れて戻る。………敗戦。それも只の敗戦ではなくこれ以上ない程の力の差、そして人間によって情けを掛けられ生存しているという事実は、一人の兵として存在価値が根底から消え去った事を意味する。もはや屈辱という感情すら起こらない程に惨めな敗北だ。



「ユーベン・リルス様」



重い扉の向こうから、男の声が響く。虚しい程殺風景で駄駄広い室内にて起き上がり、ベッドを出て扉を開けると、総帥の側近であるグルアが立っていた。……青い肌を真紅のローブで包み、額から一本の洞角を伸ばす魔物は、張り付けた様な無表情を浮かべている。



「…………言わなくとも分かっている。総帥がお呼びなのだろう?」



疾うに出来ていた死への覚悟。よもやそれを戦場ではない場所で再認識するとは。……だが致し方ない。それが軍を敗北へと導いた無能なへの運命だ。



「いえ、心配だったので様子を見に来ただけですが」


「……………」


「あ、フルーツ沢山持ってきましたよ。是非ご賞味ください」


「………はは、気を遣わなくて良い。憐れな兵の最期にわざわざ冗談を交えて逢いに来るとは、案外粋な奴だなお前も。……その果実、自決用の毒でも入っているのだろう?全く憎い演出を……」


「……ウチの実家で育ててるシンプルなフルーツですけど……何ですか毒って……」


「…………」


「さっきからどうしたんですか?……知り合いにカウンセラーいるので紹介しますか?」


「……………ったよ」


「え?」


「そんな事だろうと思ったよ!!!!!!!」




俺はニヒルな笑みを悉く崩し、その場で憤慨する。




「そもそも用済みならその場で殺すか回復なんて待たずに処刑台とかに括りつけられるよなぁ!!?目ェ覚めたら現役ナースが夜なべして処置したんですかってくらい丁寧に包帯巻かれてるわ隣でやってたはずの増設工事も俺に気を遣ってんのか平日なのにストップしてるわアロマは焚いてるわお前はフルーツ持ってくるわ何なの!!?」


「大変よろしいではありませんか」


「よろしいが過ぎんだよ!!!俺達は冷徹且つ残虐な魔族で、そして俺は腐っても三傑だぞ!?抱える責任なんて馬鹿みてぇにデカい筈なの!!ちょっとのミスで首跳ねられてもおかしくないの!!」


「そんなの理不尽です」


「魔族サイドでどんな環境で育ったらそんな言葉が出るの!!?涙出ちまうよ!!!………もういい、行ってくる。……色々ありがとうな」


「ど、何処へ行かれるのですか?」


「総帥の所だ」


「フルーツ、どうしますか!?」


「……………そこの千羽鶴の横に置いといてくれ」






「リルスか」


「……………総帥、ご承知の通り私は此度の戦にて無様にも軍を敗北へと導き、あろうことか人間からの情けを受け生き永らえている始末で御座います。全ての責任は無論私にあり、これ以上生き恥を曝すわけには参りません。私に……どうか罰をお与えください」



空間転移により、総帥が居する本居地へと馳せ参じる。


禍々しい大扉を開けば玉座にて総帥が肘をついていた。本能的に跪き、今回の失態を改めて告げる。



「罰………か」


「はい。どうか、死よりも重い罰を……」


「………何か悩みでも……あるのか……」


「………」


「そんな簡単に”死”って貴様………。良くないって道徳的にも。……知り合いにカウンセラーいるけど今度貴様のとこの支部に送ってやろうか」


「魔族全員カウンセラーとコネクションでもあるんですか!!?もういいっすわほんとにもーーーーーーーーーーー!!!!早く殺してくれよぉおおおおーーーー!!!!」



何もかもが嫌になり、俺はその場で地団駄を踏みながら馬鹿の様に叫び散らす。その様子を見るなり総帥及びその側近たちはドン引きを通り越して憐憫の様な目を浮かべ始めた。



「お、落ち着けリルス!!!貴様、軍に入ってから何かとおかしいぞ!?やたらと礼儀正しいわ一挙手一投足跪いてくるわ、ちょっとミスしたぐらいで直ぐ腹か首切ろうとするわ………最近軍の中でも貴様のそういう行動怖がってる女子多いんだぞ……?」


「女子票気にする魔族いないんですよ!!日々命のやり取りをしている中で、組織への絶対的忠誠と断固とした責任感を以て行動するのが兵として当然でしょう!!!」


「いや~~~ちょっと古いんじゃないかその価値観」


「それと我が軍の全員が口調すっげぇフランクなのも気になるんですよ!!!”ちょっと”とか”いや~~~”とか距離感がもうそこそこの友人レベルなの!!!部下くらい命令口調且つ顎で使うでしょう!!!」


「……………まぁまぁ、少しは落ち着け。……貴様の持つ”魔族かくあるべし”という価値観、どうもここ数年、新規で軍に入った者達に多く見られるのだ。皆貴様の様に不必要にミスを恐れ、上の者への畏怖故にこちら側もまともにコミュニケーションが取れない。………偶然と片付けるのは容易いがどうも不可思議に思ってな。…………先週の暇だった時に、その者らの素性、そして生まれ持つ魔力、その残滓までも徹底的に調べてみた」


「総帥が自ら……?調査班的な者達は……」


「ちょうど非番だった。……そして、”ある仮説”を立てたのだ」


「………仮説?……それは一体………」



数秒の間隙を以て、総帥は呼吸の後に口を開いた。



「”日本”だ」


「に………に、ほん……?な、何ですかそれ……」


「我々が済むこの世界の他に、次元で隔たれた幾つもの世界が存在する事は遥か昔から知れていた。だが、それを繋げる魔術は一つとしてない。………だがしかし、我が軍に入った新人達から、この世界のエネルギーとは根底から違うもので練られた魔力の残滓が、漏れなく検出された」


「え………」


「さらに決定的だったのは、残滓の更に奥底へと眠っていた彼らの”記憶”。つまり、別の世界で生きていた頃の記憶を採取できた事だ。……それを辿っていくと、全員が、その世界に帰属している”日本”という島に生きていたことが分かった」


「……………それを、お一人で見つけたんですか?」


「あぁ。調査班がいなかったので半日かかってしまったがな」


「もう解雇した方が良いんじゃないですかね調査班……俺が言うのもおかしいですけど。………っていうかその、あまりにも突飛過ぎて理解が追いついていないというか……」


「混乱するのも分かるが全て事実だ。………ところで、先ほど貴様は”罰を与えろ”と言っていたが、私はこれから貴様に”任務”を与えるつもりだ」


「………え……」


「この世界と、或る世界とを魔術で繋げた術師を見つけ出せ。もし存在するならば……その力はあまりにも強大過ぎる。野放しにしておくことは出来ん」


「………お言葉ですが、次元をも超越するような力を持つ者を捕える事など……出来るのでしょうか……」


「誰が捕えよと言った。………あの手この手で見つけ出し、あの手この手でこの城へと呼び出し、あの手この手でもてなし、そしてあわよくば非常勤魔術講師として我が軍のレベルの底上げに尽力して貰うのだ」


「…………………そうですか」




そこで、総帥が懐から何かを取り出した。


それは非常に薄い長方形の箱のような物体で、掌に収まる程のサイズ。表面は漆黒に塗られており、やけに光沢を帯びていた。




「な、何ですかこれ………見た事のない……魔具か何かでしょうか」


「スマホだ」


「す……まほ……?すまほとは……」


「彼らの記憶を覗く中で、ほぼ全ての者が所持し、操作し、魅了されていた物体だ。……それを私が見よう見まねで作った」


「すっっっっご、総帥すっっっご」


「どうやらそれは、”電波”という魔力とは別の概念を受信することで多岐に渡る機能を発揮しているらしいが、彼らの中に微かに残った別世界の魔力を精錬して、その電波とやらの受信も可能にしておいた」


「いやいやいや!!!次元繋いじゃってるじゃないの!!!もう魔術師要らなくないですか!!?」


「私が出来るのはそこまでの範囲だ。生命を次元を超えて送り込むなどという、途方も無い芸当には及ばない。………とにかく、まずはそのスマホを徹底的に使いこなし、その世界、そして”日本”の文化を脳に叩き込め!!……そしてそこから、術師に繋がるヒントを一つでも多く見つけるのだ」


「……文化が分かるんですか?これで?……使い方とか見当もつかないんですが…‥」


「そう思い、ある程度の取扱説明書を用意しておいた。……貴様の部屋、部下と一緒に作った見舞い品の

横にある机の引き出しに入れておいたから、よく読んでおけ」


「………総帥が持って来たんですね………あの鶴……」


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