最強無双な剣聖が歩む不確実性の未来〜おそらく俺はどこか異常なのだろう〜

結坂有

剣聖までの道

序章:第三次魔族侵攻のこと

ある帝国の嘘

「おめでとうございます。男の子でございます」


 助産師の声と産声が分娩室に響いた。

 母は泣き、父は歓喜する。

 しかし、そんな感動的な時間はある言葉によって打ち消される。


「その子を我々が引き取る」


 そういって勢いよく扉を開いたのは年配の男性。


「誰だよ、あんた」


 当然父は語気を強めて言う。


「知らないだろうが、その子は最古の帝国剣士の血をを引いている。よって、我々の教育対象だ」


 年配の男性はそう言う。

 今出産が成功した赤子は最古の帝国剣士、直系の子孫であるそうだ。

 出産直後で疲労困憊の母が声を振り絞って言う。


「この子は私の子です。誰にも渡しません」

「こちらは帝国反逆罪であなたたちを拘束することもできる。それでもいいのか?」


 年配の男性はセルバン帝国の紋章を取り出し、父母を威嚇する。

 帝国市民である父母は何も抵抗できない。

 そして、年配の男性は赤子を助産師から取り上げ、赤子を安全に運ぶためのケースに大事そうに入れた。


「その子をどうするのですか?」


 母は涙ぐみながら言う。


「最高の剣士に育て、世界を救う存在にする」

「……名誉なこと、ね」


 口ではそう言っているが、まだその赤子を抱いてもいないと言う悲しみから母の顔が崩れ始める。

 それを一瞥した男性は分娩室から出ようとする。その男性の方を父が掴んだ。


「……エレイン」

「なんだ?」

「その子の名前はエレインだ」


 男性は少し考え、答える。


「検討しよう」


 そう言い残し、年配の男性は部屋を出た。

 その日の分娩室はただ二人の涙声に包まれるだけであった。


   ◇◇◇


 俺がある夫婦から取り上げられたと言う話は施設の人から聞いた。

 名前は夫婦の要望通り”エレイン”と名付けられた。それからどのように扱われたのかはわからない。

 だが、確かに記憶にあるのは幼少の頃、具体的には三歳ごろから剣術の稽古に励んでいたことだ。何か目標があるわけでもなく、ただ稽古を続けていた。


 施設には俺と同じくらいの子供が何人かいた。その中の一人はなかなか剣術の型を覚えるのが苦手らしく、周りとは一歩遅れていた。

 まだ三歳だった俺たちは筋力的に本物の剣を持つことができない。そのため小さな木剣で練習をしていた。

 一日のサイクルは単純で起床、稽古、食事、稽古、食事、稽古、睡眠の繰り返し。このサイクルが約五年続いた。


 そして八歳になった頃、俺たちはとてつもなく強くなっていた。どのような教育方法だったのかまだ理解していなかったが、今となっては理解できる。

 それは三歳の時から稽古の中に対人戦を組み込んでいたからだろう。そして、負ければきつい稽古が罰として与えられる。

 そうやって幼少の頃から剣術に関する途方もない教育が日々繰り返されていたのだ。

 ただ、その教育に対して疑問に思ったことなど一度もない。俺たちは自我を持った時からずっとこのシェルターの中で過ごしていたからだ。

 シェルターの外の世界を知らない、常識も知らない。ただ剣術やそれに関する知識だけが脳に蓄積されていく。体もまたそれに応じて成長を見せる。


 俺がしっかりと思い出せる一番古い記憶は子供が二人、教育者一人の二対一の勝負の記憶だ。

 その時、たまたま俺とペアになったのは剣の型がなかなか覚えられないユウナだった。

 順番は三番目、最後のペアだった。


「大丈夫そうか?」

「全然、型も完璧じゃないし」

「実戦において型はそこまで重要じゃない。見るべきは相手の剣先のみだ」


 そう助言する。

 剣先を見る事で相手の攻撃を見切ることができる。相手がどのような攻撃ができるのかわかれば型を覚えていなくとも対応することができる。

 ただ、それができるのは冷静に頭が回ればの話だ。


「私、勝てるかな?」

「この対人戦は勝った負けたが評価されているわけではないから心配するな」

「でも、勝ちたいよ」


 生まれてからずっと勝つ事にこだわって教育されてきた俺たちは勝つことこそが絶対の強さだと教え込まれている。しかし、全てに勝つことができないのもまた事実でもある。

 そして、順番は俺たちの番になった。

 教育者はその圧倒的な強さで他のペアに勝利を許さなかった。


「次! エレインとユウナ!」

「「はい」」


 俺たちは小さな木剣を手に取り、土俵に入った。

 横にいるユウナは木剣を構えているが、剣先を見ると震えている。相手に恐怖していると言うことだ。この状態ではまともに戦えないかもしれない。

 もちろん教育者もそれを理解している。


「ユウナ、ここは戦場だ。そうやって震えていると殺される」


 八歳に対して厳しいことを言う。しかし、これがこの施設での教育だ。実際の戦闘で負けは死を意味する。

 俺は思考する。なぜペアで戦闘させるのか、なぜ実力が同じ人と戦わせないのか。

 八歳ながらも考えたのだ。

 先手を切ったのは教育者だ。素早いステップで一気に距離を詰められる。


「きゃ!」


 しかし、教育者の木剣は受け止められていた。

 それの隙を逃さないと俺は教育者に突きを入れるが、簡単に避けられた。


「震えているだけだと思ったが、視点はしっかりしているようだな」


 教育者はそう評価を言う。


「どう言う意味?」


 ユウナは少し理解していなかったため俺が答える。


「相手の剣先を見ていた。だから防げたのだろう? それが評価されたってことだ」

「そ、そうなんだ。エレインのおかげだね」

「だが、まだ戦闘は終わっていない。追撃が来るぞ」

「うん」


 続いて教育者の刺突が俺に向けられた。剣先はしっかりと俺を捉えている。

 だが、隙が多い。速度もさっきよりも遅い。

 俺は一瞬横にいるユウナを見た。今、完全にユウナは警戒を解いている。自分に攻撃が来ないと確信しているようだ。

 そんなユウナに俺はアイコンタクトを取った。ユウナもまた見返してきた。しっかりと俺の意図が読み取れたか不安は残るが、これは訓練だ。失敗しても死ぬことはない。

 俺は教育者の刺突を防ぐことなく、受け止めた。

 教育者の木剣は俺の右肩を捉えていた。突き刺さってはいないが、相当痛い。その痛みの中、俺は教育者の木剣を握り締め動きを封じた。


「え、えい!」


 すると、ユウナの木剣が振り落とされた。刃先は完全に教育者の首元を捉えている。本物であれば俺よりも重傷、有効打となる一撃だ。

 教育者はゆっくりと口を開いた。


「ふむ、突きを捨身で受け止めるとは。どうしてそのような真似を?」

「この訓練はペアでの戦闘です。俺はただパートナーを信じただけです」

「なるほど、この訓練の本質を見抜いていたと言うことか」


 あの刺突は明らかに防がれることを目的とした攻撃だ。つまり、俺が防いだところで次なる攻撃が来る。その攻撃は俺ではなく警戒を解いているユウナに向けられる。

 その攻撃を俺はあえて受け止めることで封じた。

 ただ、封じることはできてもペアであるユウナが理解していなければ、意味がない。だから俺は初めにユウナにアイコンタクトを取ったのだ。


「他の人の戦い方を見てそう推察しただけですので、初見ではどうなったかわかりません」

「エレインと言ったな。君は優秀な剣士になれる」


 教育者はそう俺を評価する。しかし、この勝負で重要なのは俺ではないはずだ。横にいるユウナだ。


「俺ではありません。俺の意図を汲んで実際に行動したのはユウナの方です」

「自分を犠牲にした戦い方は普通の剣士はしない。それでも君はその行動に出た。それだけで十分だ」


 そう教育者はいって、木剣を納めた。


「エレイン、明日からは特別な試練を行う。今日はゆっくりと休め」


 と言うことは俺は他の人よりもさらに次のステップに進むのだろう。


「すごいよ、エレイン!」


 ユウナはそう言ってくれるが、俺は内心不安でしかたなかった。この施設はもっと恐ろしいものだと想像していたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る