第三章 First christmas/真綾1
クリスマスイブは、起きてすぐにあったかいコタツに入って、テレビを観たり、本を読んだりする。夕方、仕事から帰って来たお母さんと一緒に、クリスマスだからこそのごちそうを作る。
大きいボウルに盛ったサラダに始まり、ミートボールがゴロっと入っているトマトソースパスタ。マグカップにクリームシチューを入れ、パイ生地で蓋をして焼いたポットパイ。骨付きのローストチキン。あとは、お父さんが帰り道で買ってきてくれたクリスマスケーキも。いつもこんなにたくさん食べきれないなって思っているのに、いざ食べ始めると家族四人で完食しちゃうんだよなぁ。そして、サンタさんのプレゼントは何かなぁなんて期待しながら眠ったものだ。
しかし、今年は違う。
「戸田様のケーキどこです?」
「タの行のところに置いてるはずです!」
「ここの机に置きっぱなしの予約票なに?」
「すいません! 引き取り済のです!」
「終わったら引き出しにちゃんと入れて!」
十四時少し前にバイト先のケーキ屋に出勤すると、一触即発の凍てついた空気でぴりぴりしていた。だけど、スタッフ出入り口のドアノブを握ったまま、突っ立ったままではいられない。ロッカーに入れているコック服を着て、髪の毛を帽子の中に入れる。手を消毒していると、ケーキを抱えた店長から呼び止められる。連絡事項を伝えると店長は小走りで店頭へと消えていった。
「がんばるぞ……!」
わたしもお客さんでごった返す売り場へと足を踏み入れる。
そして今、
「た、ただいま……」
そのまま家の玄関マットの上に座り込んだ。
「姉ちゃん、おかえり」
やってきたのは弟の
「やっぱケーキ屋忙しかった?」
「そりゃそうだよぉ……。ひたすらレジ打ちして、お客さんの列整えて、補充して……クリスマス嫌いになりそう」
「うわぁ……。俺、絶対ケーキ屋のバイトだけはやめとこ」
「ねぇねぇ、悠ちゃん~、足揉んでぇ。ふくらはぎが限界」
七時間ほぼ立ちっぱなしで足はガクガク震えて、むくんで重い。
「は? 嫌だし。
「きっ、君彦くんに言えるわけないでしょ!」
「あの人なら姉ちゃんのこと好きすぎるから、喜んでやってくれそうだけど」
悠太と、彼氏の君彦くんは十二月に入ったばかりの頃に顔合わせをした。最初は険悪な雰囲気になってしまったけど、その後、わたしのいない間に和解してた。仲のいいことに越したことはない。とっても嬉しい。
「まったく姉ちゃんはさー、君彦さんの前では猫被ってるよなぁ」
「そんなことないもん!」
「じゃあ、姉ちゃん、家にいる時みたいにパジャマのまま横たわってさ、お菓子食べながらテレビ観れるのかよ」
「それは……できないけど」
「ほらな」
「悠ちゃんは君彦くんのお家知らないからそういうこと言えるんだよ。君彦くん家は部屋着でウロウロ出来るようなお家じゃないの」
と言い争っていると、お母さんがリビングから顔をのぞかせる。
「もう! 真綾! 玄関でくつろがないの! 明日も行かなきゃならないんでしょ? サッサと風呂入って寝なさい!」
翌日も昨日と同じ十四時出勤。「二十五日の方がお客さんの数も減って落ち着いてる」なんて先輩は言ってたけど、今年は日曜日ということもあって人の波に変化はなかった。
「予約票、お持ちの方は壁に沿ってお並びください! すぐご案内出来るよう、予約票はお手元にご準備ください~!」
お客さんの列が崩れないように整理していく。この近所だと、ここしかケーキ屋さんがないからお客さんは集中してしまう。一時間ごとに列整理とレジを交互に行き来。
ようやく休憩に入っても、トラブルで人数足らなかったらヘルプで呼び出される。ああ、早く帰りたいと思いながら、おにぎりを頬張る。具にしようとしていた鮭の切り身を入れ忘れてる……。がっかりしながらおにぎりを咀嚼しつつ、スマホのメッセージを確認する。昨日帰宅後にお風呂入ってすぐに寝落ちし、今日も出発ギリギリまで寝ていた。君彦くんが昨日の夕方にくれていた、
『
というメッセージを、出発前に、
『返信遅くてごめんね。わたしは元気だよ。じゃあ、今日も行ってきます』
と慌てて返したのだった。それに対しての返信がきていた。
『それならよかった。二十六日を楽しみにしている』
そう、明日二十六日は君彦くんのお家に一泊二日でお泊りさせてもらうのだ。君彦くんに「クリスマスまではバイト漬けで休めない」と話したら、「クリスマスが終わってから俺の家でゆっくり過ごさないか」と誘ってくれた。
両親の許可ももらい、わたしはこの約束を楽しみに忙しさに耐えてきた。今日を乗り越えれば君彦くんに会える。君彦くんは今頃どうしてるだろう? 小説書いたり、読書したりしているのかな。
返信を打っている途中で、先輩が走って来る。
「佐野さん、ごめん! クッキー棚の商品補充急いでやってくれない? 今、商品一個もない状態なっちゃって!」
「あ! はい! 今行きます!」
残りのおにぎりを口いっぱいに詰め込み、慌てて立ち上がった。
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