3

 *


 まぁ、たまにはいいか、こんなぜいたくも。


 風呂からもうもうと、湯気が暗い空に昇ってゆく。


 空気は澄んでいてすごく静かだ。ときどきどこかで鹿が鳴く。


 露天風呂から仰ぐ冬の夜空には、たくさんの星が瞬いている。


 星って、見えなかっただけでじつはこんなにある。

 オレも、きっと雪も、はじめてだ。


 世界にはオレと雪が知らないものがたくさん、あるに違いない。


 「おまえ、ぜいたく。毎日露天風呂とか」

 はぁぁ、とかジジクサイため息でうっとりしてるカイトはユデタコみたいだ。

 「二回も入んのははじめてだけどな」

 これは神さまからのギフト、てやつだ、雪への。

 「雪は楽しいことたくさん経験して、いい景色とかたくさん見て、たくさんのうまいもんを食わなきゃなんないからな」

 「そうなんだ」

 「親に捨てられたガキは、」


 「あぁぁぁぁあ🎵」


 雪は二回目の風呂でも飽きずにカイトのよこでオナラをつくって、笑い転げている。


 きゃぁきゃぁくすぐったいような笑い声が、凛と張った冬の空気を震わせる。


 「神さまに拾われるんだ」


 「神さまから預かってるからな、しあわせにしないと、」


 パシャン、


 小さな音がして、見るとカイトがお湯で顔を覆っていた。


 「うそだ」


 「うそじゃねぇよ? しあわせにしないと、オレは神さまにあわせる顔がねンだ」


 きっとそうだ。だってこんなにかわいいだろ? 目に入れても痛くないってのはこうゆうことだ。


 「ユキちゃんの…タカシの親も、ぜいたくだ」

 「そうか?」

 「そうだ、世の中には、」


 こいつが、世の中、なんてゆうのがおかしかった。


 「子どもと暮らしたくてもできないママがたくさんいるのにっ」


 ズズ、て、鼻をすする。


 ほぼほぼ初対面の男に、そんなことはなすのかよ。いちど海でトゥギャザーしたらもう友だちなのか、サーファーは。


 思わず小さな苦笑がもれる。


 「おまえのママは、子どもと暮らしたいのに、暮らせないんだ?」

 しかもまだ、ママ、とかいっちゃってるし

 「退院したらママ連れてくる、露天風呂に」

 え、まさかママと風呂入るとかゆうなよ?


 「ママ、病院にいるんだ?」

 「そう、」

 「びょーきなの?」

 「そう、病気、病気だから、仕方ない」

 「そうか」

 「そう、仕方がない」

 「そうか」

 「そう、」


 シン、と、静寂が降りる。


 道の向こうから潮騒が、聞こえてきそうだ。


 三人、冬の夜に、空と海と山に抱かれてホカホカになる。


 みんな、みんな雪が大好きだ。


 あたりまえだろう?

 雪にはその資格と権利がある。


 凛とある三日月も、そうだ、て、頷いている気がした。


 だって

 Life is,

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