2-CHAPTER4

 実はまだ、自分はこの娘に完全に気を許した訳ではない。たとえ先ほどのように娘に背を向けていたとしても、すぐ傍には長年背負っている剣があるし、何なら娘の小さな鞄から、例のダガーを取り出しても良い。


 つまりはこやつとの同行を決めたのは、たいてい真正面から敵に向かう自分が、斥候を使うという普段とは異なる戦法に、単純に興味が湧いただけなのだ。今思えば軽はずみであったと思うが、妙なこの娘が道中どのように動くのか、興味があったのも否定できない。だが、命を狙われるとなると話は別だ。


 いや、しかし。この娘が自分を襲う理由はない。少なくとも今は思い付かない。まさか今までの行動が全て偽りと言うことはあるまい。誰かの使役にしては余りにも隙が多すぎるし、出会うまで武器を手にしたようにも見えない。勿論この体格差で、素手で自分に敵うとも思っていないだろう。


「色仕掛けとも思えぬしなあ」


 ミルフィを改めて見つめて呟いたヴァルダスに、ミルフィは何ですか? と明るく言う。


「いや、何でもない」


 ヴァルダスはまだ差し出されたままのカップを見ている。しかしミルフィがその姿勢のままで見上げてくるので、流石に可哀想になって、だが念のため、とヴァルダスは自分とミルフィの間を指差した。


「此処に置いてくれ」

「俺は猫舌なのだ」


 実際ヴァルダスは猫舌であった。ミルフィは目を丸くして、そのあとくすくす笑った。狼が猫舌なのが面白かった。しかしそれも失礼だと思ったので、分かりましたと言って、指定された場所にカップを静かに置いた。でこぼこした岩場にそれはゆれて、ミルフィは慌てて両手で支えた。


「先に飲むと良い」


 ヴァルダスのカップを何とか安定させてから、それじゃあ、とミルフィは自分のカップを口元に寄せた。

 暗がりのなか、ヴァルダスはその様子をじっと見ていた。湯は自分が用意した。だが何を入れて振ったのかは分からない。毒などであれば、娘は優勢になる。流石の自分も、強い毒が体内に回れば普段の力を出せないだろう。しかし目の前の娘は、そのカップから茶を啜っている。何を入れたかは分からなくとも、確かに同じように等分したそれを口にしてはいる。


「良かった、美味しく出来ました」


 そんなヴァルダスの考えをつゆ知らず、ミルフィは微笑んだ。その様子にヴァルダスは尚も悩んだ。


「茶葉はさっきレインさんから買いました」

「お湯もきちんと熱かったので、味もちゃんと出ていますよ」


 ミルフィは上機嫌である。ええい、ままよ、とヴァルダスはついにカップを持ち上げ、それを喉に流し込んだ。

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