第2話 レインコートに雨宿り
2-CHAPTER1
ふたり並んで歩いていると、ヴァルダスが身体に見合う大きな鞄を斜め掛けしているのに気付いた。
ミルフィは頭を少し前に傾けてそれを見つめてから、そのままヴァルダスに視線を向けた。
「その鞄には何が入っているんですか」
ヴァルダスはミルフィを見下ろし、口を開いた。
「色々なものだ」
漠然とした答えにミルフィが黙ると、ヴァルダスは付け加えた。
「道具や何から色々だ」
「旅をするためのな」
それはまだ中身をはっきりと説明したわけではなかったが、ミルフィはなるほど、と頷いた。
また沈黙がふたりを囲む。ヴァルダスは無愛想な見たままの、無口な男なのだ。しかしミルフィはヴァルダスの傍で旅を始めたことが嬉しく、一切気にしていなかった。
すると今度はヴァルダスが沈黙を破り、ミルフィを見下ろした。
「身軽にする必要があるとは言え」
「お前は随分と小さな荷物だな」
ミルフィは俯き、呟いた。
「大きなものは置いて来たんです」
「あの男のひとたちに追いかけられている時に」
ヴァルダスはほう、と言った。あやつらは只の下衆な盗賊どもではないのか。それからミルフィをじろじろ見た。
「しかし身体目当てと言う訳でもあるまい」
「どういう意味ですか」
ミルフィが少し怒ったような声を出した。こういう顔もするのだな、とヴァルダスは黙って、また前を向いた。
「必要なものは買えば良い」
「幸いそのような物を売っている奴がいる」
「そうなのですか」
ヴァルダスが何かに気付き、真っ直ぐ前を向いたまま、言う。
「噂をすれば、だ」
獣道の向こうから、がらがら、と何かを引くような音がする。目の先には草が生えていたから、良くは見えなかったが、それは荷車のてっぺんのようだ。ミルフィが更に目を凝らしていると、その通り、木製の大きな荷車が現れた。しかし予想外だったのは、これを引いていたのが二本足の、小柄な三毛猫だったことだ。
その猫はふたりに気が付くと、荷車を引いていた取手から手を離して、ぺこりとお辞儀した。ヴァルダスが鼻を鳴らした。
「アメネコ、今日は随分と礼儀正しいのだな」
アメネコ? とミルフィは首を傾げた。
「ヴァルダスが誰かと一緒に歩いているのを初めて見たのニャ」
「しかも可愛い女の子だニャ」
アメネコ、と呼ばれたその猫は顔を上げて、ミルフィを見た。
「レディにはちゃんとしないといけないのニャ」
やれやれ、という顔をしてから、ヴァルダスが言った。
「こいつがさっき話した〝売っている奴〟だ」
ミルフィに言うと、今度は猫の方を向いた。
「こっちはミルフィ」
「一緒に歩くことを決めたばかりだ」
ミルフィは慌ててお辞儀をした。
「ミルフィと言います」
「はじめまして、アメネコさん」
ミルフィ! と猫は先ほどの言葉も忘れ、呼び捨てにした。
「ワタシはアメネコではないのニャ」
「レインコートというちゃんとした名前があるのニャ」
「そうなのですか」
てっきりアメネコ、という名前だと思ったミルフィは目を丸くした。レインコートはヴァルダスをふわふわの手で指差した。
「ヴァルダスが勝手にそう呼んでいるだけなのニャ」
ヴァルダスはそっぽを向いていたが、ミルフィに促した。
「何か必要なものがあればこやつから買うと良い」
「大抵のものは手に入る」
レインコートは胸を張った。
「品揃えには自信があるニャ」
なるほど、だからこれほど大きいのか、とミルフィは荷車を見上げた。
「お金がニャいなら、何かと交換することも出来るニャ」
「旅人さん達が渡してくれるものはワタシのお財布を左右するのニャ」
「つまり、うぃんうぃんニャ」
ミルフィは俯いた。まだ歩き始めたばかりなので、交換出来るものがない。しかしはっと顔をあげ、これならどうですか、と鞄からいつものダガーを取り出した。
「お前は阿呆か」
すぐにヴァルダスが言った。
「先ほどそれを俺に見せて言っていたことは偽りだったのか」
ミルフィは慌て、すぐにダガーを引っ込めた。
「じ、冗談ですよ」
「ではこれはレインコートさんの足しになりますか」
そして鞄から出した何かを、おずおずと差し出した。レインコートとヴァルダスは驚愕した。小袋から出された幾許かのそれは、きらきらと輝く金の欠片であった。
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