主人公の描写について

「おい」


「な、売木うるぎの倅がどうしてここにいるのじゃ……! まだ朝の5時だというのに……!」


「んなことはどうでもいいだろ。それより、ひいジジイ。また玄関前で叫ぼうとしていたな」


「何の話じゃ。ワシはまだ何もしとらんぞ」


「とぼけるなや! ひいジジイが来る度に玄関前で叫びまくるせいでつい先日、近所の寄り合いで話題になっちまったぞ。『早朝、売木さんの家から『たのも〜!!』っていう落武者の声が聞こえるけど何者かしら』ってな! たかだか近所の寄り合いで大恥かいた俺の気持ちわかるか!?」


「なんじゃと、失礼な近所の輩じゃ。ワシはまだ死んでおらんぞ!!」


「なんでひいジジイが先に怒るんだよ! 俺に怒らせろや! 家が呪われたと勘違いされて危うく神社から高額のおふだを買わされるところだったぞ!!」


「何じゃ、セールスの相手はお前さんの得意分野じゃろうが」


危うく・・・買わされるところだったんだぞ! なんとか買うことを逃れたがあしらうのに滅茶苦茶苦労したんだからなっ! ほんと、あと寸前。あと寸前で5万もするお札を買いそうになったんだぞ!! 相手が悪徳商社でなく本物の神社だったがためにかなり手こずったんだからな!!」


「文句の多い奴じゃのう。どうせ若い巫女さんに迫られたんじゃろう、羨ましいわい」


「寄り合いに集まる年齢層から察しろや。少なくとも若くはなかったぞ」


「おぉ、それはすまなかったのう…… しかし、どうしてワシが今日来ることが分かったのじゃ?」


「なんとなく悪い予感がしたんだよ。まさかとは思ったけど本当に来やがったとは…… 玄関前に落とし穴でも掘っておけばよかったな……」


「なんとっ! やはり同じ『売木』の血を持つ同胞はらから同士、お互い通じるところがあるようじゃの」


「んな特殊な血筋じゃねーよ『売木家』は! 何の小説だよ」


「お前さんそういう話は好きそうじゃの」


「はぁ……もう疲れたわ。んで、今日来た理由もアレか? 例の小説についてか?」


「そうじゃよ、先日お前さんから頂いたアドバイスをもとに2日連続徹夜して例の小説『害虫戦記 〜1匹残らずブチ殺す〜』の大改訂を施したのじゃ! それが昨日ようやく終わったので来たところなんじゃよ」


「そろそろ老体労れよ、若くねんだから……」


「ワシはまだ若いもんには負ける気はないからのお。お前さんの言う通り酷評だった主人公の名前『売木 ファイティングぴょん吉』を改めて、徹夜で練りに練った主人公の名前を考えてきたぞ」


「もうひいジジイのセンスはアテにならねえことは知ってるぞ」


「名付けて『うさぎ ぴょん吉』じゃ!」


「ひっでえ…… ファンタジーの世界に居住する獣人でもこんな名前の奴いねえぞ」


「何を言う! インパクトを残しながらも日本人らしいかっちょいい名前、ワシのセンスに嫉妬するのは分かるがあからさまに態度に出すのは見苦しいぞお」


「見苦しいのはひいジジイの小説だろうが! なんだよ『兎 ぴょん吉』って…… ペットかよ。こんなの登場人物全員困惑不可避だろ……」


「うーむ、とはいえ大幅な改善を施したのにも関わらず未だ評価がついていないのはやはり主人公の名前以外にも問題があるのではないかと思うのじゃ」


「それ気づく前に主人公の名前なんとかしろや…… もう、マシな名前が出来上がるまでに時間がかかりそうだから先に進めるけど、ひいジジイの小説なんて問題しかねえだろ。ダメな小説の参考書かというくらいの酷さだと俺は思ってるぞ。主人公や登場人物の名前を多少弄ったくらいで評価が付くわけねえだろ」


「ふおおお! ワシはどうすればいいのじゃ! 一体どうすれば!? もう、改善の余地が見当たらん、ワシは深い絶望に飲まれたまま老後を過ごさねばならんのか!?」


「突然に絶望すんなや。大袈裟すぎるだろーが」


「ひ孫よ、ワシはどうすれば…… どうすれば……!?」


「知らねえよ、諦めが早いのか悪いのかよく分かんねえ奴だな。改善って言っても名前やタイトル、1ページの文量を変更しただけで中身はなにも手を加えてねえだろっ! むしろそれだけ改善して評価が付くとか言った甘い考えに至れるひいジジイの思考回路に俺は絶望しているぞ」


「中身かっ! そういえば未だ手を付けていなかったのお、今まで3回訪問しているのにも関わらずまだ中身に手をつけておらんとは…… 随分と遅くないかの?」


「なんでひいジジイが首を傾げるんだよっ! そっちが勝手に『朗読チャンネル』とかワケわかんねえこと始めたことが主な要因だろーが! 俺のせいにしようとすんじゃねえっ!」


「はよ中身も見んかいっ! はよ、はよ!」


「急かすなや! わかった、読むからとりあえず俺から離れろ! ったく、お粗末な小説を無理やり読まされる俺の気持ちになったことあるのかひいジジイ…… 苦痛そのものだぞ…… えーっと、プロローグは飛ばして…… 『第1話 ぴょん吉の生活』……もう読む気が失せてきたぞ……」


「中身を見てもそんな生意気なことを言っていられるか楽しみじゃのう。感動して涙ちょちょ切れしてもハンケチは用意してやらんぞ……」


「えーっとどれどれ……『あ〜 今日もたくさん残業ができるぞ! お仕事楽しいな〜♪ ルンルンルンルン〜♪』」


「ちょ、ちょい! 冒頭一文目を読んだだけでしれっとブラウザバックしないでおくれ! 最後まで読んでくれんかの」


「もう無理だぞ! 耐えられん。一文目からこんな怪文書読まされたら誰でもブラウザバックするだろーが! お先が見えすぎてる冒頭一文目だぞ」


「話はこれから3000万文字以上続くのじゃよ。冒頭だけで判断してくれんかの……」


「そう言われても、なんだよこれ…… これから車に轢かれて死んで転生でもすんのかこの主人公……」


「そんなワケないじゃろうが! 勝手にワシの大切なぴょん吉を殺さんでおくれ」


「何が『ルンルンルン〜♪』だ、頭強く打ってるだろ……声に出して発しているのか知らねえが俺は近寄りたくねえタイプの主人公だとよーく分かった」


「陽気で仕事に熱心な主人公だと良くわかる文章だと思うのじゃが……」


「無理があるだろ! こんな奇特な発言をする主人公の行く末を読者が見守りたいと思うのか!? 『あ〜 今日もたくさん残業ができるぞ! お仕事楽しいな〜♪』とか、企業にマインドコントロールされてるだろこの主人公……」


「そんな危ない企業にぴょん吉は所属してないわい。ただの害虫駆除の仕事大好きな好青年じゃよ」


「この文から好青年と読み取るには無理があるだろ…… 俺から見てみれば明らかにヤベえ奴としか思えん」


「そうか…… 足取り軽やかで好印象だと思うのじゃが…… お前さんはそう思えたかの?」


「成年日本人男性という設定を考えれば相当厳しい描写だぞ……」


「ふむふむ……」


「んで次は……『あ、雀さんだ! 雀さん、こんにちは〜!』、いでででで!! ひいジジイ、手を離せ! 俺がブラウザバックするのを阻止しようとするんじゃねえっ!」


「どうしてじゃ!? ありとあらゆる生き物に敬意を払うのは当然のことじゃろう!?」


「こんな主人公車に轢かれちまえ!! 昼中堂々街中で雀に対して大声で挨拶する日本人男性がいたら場合によってはK察沙汰だろーが! もう、確定演出だぞこれ! こんな主人公いてたまるか!」


「可愛い小動物にも丁寧に挨拶をする。好青年そのものじゃろうが。女性に大人気間違いなしじゃぞ」


「ありとあらゆる生き物に敬意を払う主人公ならなんで害虫駆除の仕事をしているんだよ! 害虫は許容されるのかって矛盾もツッコまれるぞ」


「そこはちゃあんと伏線となっておるから安心せいっ! これには深い主人公の過去が関係しているのじゃ」


「だとしても、こんなけったいな発言をする主人公に誰が共感を得られるって話だぞ。自然を愛する描写をするなら『植物愛護団体に属している』とか『趣味が登山』とかにしておけや。大声で雀に挨拶するなんて読者誰ひとりとしてその行動に理解が得られねえぞ。やりすぎだ」


「うーむ、そうなのか…… 共感を得られる主人公…… なるへそなるへそ」


「主人公の行く末を安心して見守ることのできる主人公じゃねえと、読者が常時不安な気持ちで小説を読むハメになるだろーが。『コイツ、またワケのわかんねえこと言って話をかき乱さねえか心配だ』ってな感じでな。読む人達に余計な負担をかけさせるんじゃねえ。心配させるなら話の展開で心配させろ」


「今回はなかなか難しいことを言うのう」


「こんな冒頭、ギャグ小説でも見ねえよ…… 流石に今回は救いようの無さをひしひしと実感してしまったぞひいジジイ…… どうするんだ? まだ続けるのか?」


「何を言う売木の倅よ! 諦めるという言葉はワシの辞書に乗っておらんぞ、必ず読者評価を得て書籍化するのじゃ! また明日、『朗読チャンネル』で配信するからスパチャよろしく頼むの!」


「しねえよ! あのチャンネルも恥ずかしいからはよ撤退してくれ!」


「先日『サブチャンネル』も作った矢先に撤退は流石に無理じゃよ、じゃあの!」



 ・

 ・

 ・



「マジでそろそろ諦めねえかな……」




売木のアドバイス


・ひ孫に投げ銭を要求するなよ、世の中のジイさん共。自分の力でスパチャを得るように頑張ってくれ。


・伏線、ギャクコメディシーンでもない限り読者に理解が得られないような行動を主人公にさせない方がいいぞ。なんというか…… 読んでいて疲れてくる。


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