八話 記念日㊀

 待ち人は、奇妙な出立ちだった。

 青竹のような色の髪をした男だったが、道着に羽織を着ている。カーネル諸島より北にある島国―大和帝国―の民族衣装を思わせる格好だ。

 加えて、周りの軍人達が、銃やナイフなど本格的な装備で武装しているのに対し、この男はそういった物を何一つ身に付けていない。その代わりなのか、飾り気のない槍を一本持っていた。


 「……!」


 しんは不安になった。

 この場違いの男がリーダー格である事は、ウィーグルや指示を待つ軍人達の様子からして明らかだ。しかし、出立ちと違い、男の険しい表情は周りの軍人達と変わらず、友好的な印象は一切なかった。


 「お前達は本部に連絡を。それと、そこの少年を家へ送ってやれ」


 男が指示する。

 真は、自分がもしかしたら気付かれていないのでは? と思っていたので、ウィーグルの為に打開策を探していたが、徒労に終わった。

 軍人達は、こんな所に少年がいる事に驚いていたが、指示に従い、真を連れて行こうとした。

 真が心配してウィーグルを見ると、幻獣は視線だけで真にサインを送ってきた。

 「大丈夫だ」と言う意思が、不思議とハッキリ伝わった為、真は渋々、この場を去る事とした。


 真と軍人達の姿が、森へと消える。

 ウィーグルは、に言った。


 「お前に二つ頼みがある。見返りは我々の情報だ」



 真はサンゴの家に戻った。

 ずぶ濡れの真を、軍人が連れ帰ってきたので、家にいた職員達は何事かと慌てた。どうせ、真が何かやらかしたと考える職員達は、ペコペコ頭を下げていたが、真は事が大きくならないよう大人しくしていた。

 その後、真は院長に言われ自室に戻った。

 ベッドに横になっても寝らず、何か異変を知らせる音がないか、ずっと森の方に耳をそばだてていた。


――――――――――――――――――――


 翌朝、アマリ島の光景は普段と違うものになっていた。

 天気が良いのに、漁船が一隻も海へ出ていない。加えて、軍隊が保有する小型船が多数停泊していた為、港が船でひしめき合っていた。

 真はウィーグルがどうなったのか心配だったが、朝食の席で珍しく院長が「今日は出来るだけ部屋から出ないように」と釘を刺してきた。止むを得ず真は、自室で勝志かつしと共に、すっぽかしてきた夏休みの宿題に手を付けた。


 「そんなにすげー力を持っているなら、ウィーグルは大丈夫さ! ……あ〜あ、おれも乗ってみてぇなー!」


 真が昨夜の出来事を話すと、勝志は幻獣の不思議な力に興味津々だった。


 「ウィーグルの奴、僕らには何も話さないくせに……」


 真はボヤいた。

 無事が確認出来れば、聞きたい事が山程ある。最後に見せた竜巻のような攻撃はもちろん、風の抵抗を感じない高速飛行、相手の幻獣の事などなど……。

 見聞きした事を整理すると、どうやら幻獣達は人類との戦争を再開させるつもりらしい。だが、ウィーグルはそれに反対しており、仲間割れを起こしている。更に、幻獣達はカーネル諸島を狙っていて、ウィーグルは危険を冒し、人類に警告を発しにきた……といった所だろうか。

 警告は、恐らくあの変わった格好の男を通して伝えられた。その所為か、島内の代表者は集会所に集められ、院長の姿も、朝以来、見掛けなかった。

 相変わらず森からは銃声一つ聞こえない。真はやきもきしたまま机に向かっていた。


――――――――――――――――――――


 真は、あわよくばウィーグルの所へ行く機会を伺っていたが、思いの外、自分が監査されている事に気が付いた。

 職員や、お手伝い好きの妹分が、お茶やお昼ご飯を持ってきたり下げたりする為、ひっきりなしに真の部屋へやって来たからだ。

 更に、真が一歩でも部屋を出ると―


 「こらぁ! 真は外に出ちゃいけないんだぞー!」


 ―と年少の子がブロックしてきた。

 どうやら、廊下で代わり番子に見張っているようだった。


 「トイレだよ」


 真は飽きれた顔で言ったが、結局、下のリビングにすら行けなかった。

 庭では、サッカーをしている子供達もいたが、監督している職員が、時折此方の窓を見ているようで、このルートも使えない。

 こうなってくると、宿題を教えて欲しいとやって来た勝志すら、監視の為にいるのでは? と真は疑った。だが、勝志は一緒に始めた宿題に苦戦を強いられ(真の半分も進まない)それどころではなさそうだった。

 真は少なくとも、本人にその思惑はないと判断した。

 日が沈み始めた頃、真は勝志が捗らない歴史の問題を手伝った。旧暦の終わりに起こった戦争についてだ。

 暦を確認しようとカレンダーを見た真は、今日が八月十四日だと気付いた。

 ウィーグル探しの冒険へ出た日から、もう半月が過ぎている。あっという間に感じた冒険の時間に比べると、宿題をしている時間はダラダラ長く感じられる。

 結局真は、家を抜け出すタイミングを見付けられず、やがて院長が帰宅し「夕食の時間です」と二人に声が掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る