五話 サンゴの家
ウィーグルは、真を乗せて島を出るのはリスクが大きく、真の為にもならないと、断固拒否した。
それは、確かに正論なのかもしれない。自分の考えが無謀である事くらい真も分かっていた。
しかし、それだけでは無く、ウィーグルは今夜中に島を抜け出す事も拒否した。
「どうして!? 夜の間に移動すれば、誰にも見付からずにこの海域出て、完全に行方を眩ませられるじゃんか」
こちらに関しては、真が正論を言ったつもりだった。真は「実は、まだ足の怪我が飛行に支障を与える?」とも考えたが、ウィーグルの理由は違った。
「私はここでやる事がある……。だから、まだここを離れる気はない」
「やる事って何?」と聞いたが、ウィーグルが何も言わなかったので、真はますます懐疑的になった。この島に来て、五日は経つウィーグルだが、何か特別な事をやろうとしている様子が無かったからだ。
――まぁ好きにすればいいさ。
日が暮れる頃、真は投げやりな気持ちで、もう夕食の事を考えている
最悪、島に軍隊が来ても、コソコソ森に潜むなり、慌てて飛んで逃げればいい。一度、彼らから逃れたウィーグルにとっては、その位の問題でしかないのかもしれない……。
真はそう思った。
船着場には、本日の漁を終えた漁師達が、各々、家へ帰る姿があった。
そんな漁師達が暮らす集落の外れ、半分、森に隠れるような場所にある一軒の建物が、真と勝志の家だ。
―サンゴの家―と呼ばれる、小さな孤児院である。
真と勝志は、幼少の頃、身寄りが無くなり、それぞれこの孤児院に引き取られた。サンゴの家は、そんな孤児達と、その面倒を見る職員達の家であった。
「あっ、真と勝志だ! 今日は帰ってきた!」
「おかえりなさい!」
二人が帰宅すると、小さな子供達が出迎えた。
サンゴの家では、十五歳になって中学を卒業すると、独り立ちとなる。その為、三年生である真と勝志は、今いる孤児の中では一番の年長だ。
早速、勝志が、年少の子達を抱え上げて、遊び相手になってあげている。一方、真は、他の孤児に構わず、さっさと家に入った。
「真、もういいの?」
「うん。おやすみなさい」
夕食の後、院長が声を掛けたが、真は何時も通り、他の子供達の面倒や家の手伝いはせず、与えられている部屋へ引き上げた。
真の態度を、快く思っていない職員もいた。もっとも、勝手に森や海へ出掛け、何日も無断で帰らない事もあるなど、真の行いを問題視するのは、当然ではあった。
しかし、この年配の女性院長だけは、それなりに真の考えを尊重してくれた。
真は、二階のベッドに仰向けになった。下のリビングから、子供達の笑い声が聞こえてくる。どうやら勝志が、何か面白い事をしているようだ。
真の部屋には、荷造りされた大きなリュックがあった。それ以外は、新聞や雑誌の切れ端がやたらと散乱している。
殆どが、幻獣に関する記事だ。
幼い頃から、真がもっとも興味を惹かれたモノ。それが幻獣であった。彼らが起こした事件や生息域の情報を知る為、
そこから分かるのは、幻獣は人に畏怖され、存在を受け入れられていない、という事だった。
それはどこか、孤児ではみ出し者の自分と、通じる部分がある。
真は、そう感じているのかもしれない。
真は、この島を出て行きたかった。アマリ島の子供達は、中学校を卒業すると大概、漁師か船大工になる。勝志は、腕力があるから大工になろうか、魚が食べ放題の漁師になろうか、と真に相談した事があるが、真はどちらにも興味がなかった。
真は「幻獣が空を飛んでいる、この広い世界を、もっと見てみたい……!」
そう常に思っていた。
「折角の機会なのに……」
真は無念に思うと同時に、ウィーグルに腹が立ってきた。
あの幻獣は、つくづく何を考えているのか分からない。せめて、理由くらい話してくれてもいいのではないだろうか?
「ここでやる事があるだって?」
この島まで連れて来てあげたのは、誰だと思っているんだ? 感謝くらいして欲しいものだ。と真は思った。
今日は馬鹿なハンターだった為、苦労せず追い払う事ができた。しかし、今度は軍隊。子供騙しは通用しないだろう。
夜が更けて、下の部屋の騒がしさが小さくなっていく。家がある職員が帰り、院長や子供達も、それぞれの部屋へ向かったのだろう。
やがて隣の部屋から、勝志のいびきが聞こえてきた頃、真はベッドから起き上がった。
やはり、ウィーグルの事が気になった。何を考えているか分からないウィーグルだが、真は一つだけ確信を持っている事があった。
ウィーグルは、人と争いを起こす幻獣では無い。という事だ。性格は決して素直ではないが、島に居させても安全だと判断できる、穏やかな奴だ。
律儀に毎日、顔を出し、大人しく木の枝の上で過ごす。魚をくれて感謝も示す。勝志がヤシの実を取ろうとし、高い木から転落した時(それ事態は、よくある事だったが)嘴でキャッチし、助けてくれた事もあった。
真達には嘘を付き、こっそり島を出るつもりなら、それはそれで構わないが、危険が迫っているのに留まり続けるのは、流石に呑気と言うしかない。
「……」
幾ら寛大な院長の下でも、夜中に勝手に出掛けるのは、禁止だ。しかし、真がルールを破るのは、これまた何時も通りだった。
真は窓から外へ抜け出す、何時ものルートを使う。
ふと、今夜、持っていく予定だったリュックに目が止まったが、見切りを付けるように屋根へ出て、近くの木に乗り移り、そのまま森へと入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます