第35話 やっばい。どうしよう……

 家に帰った着いた頃には夕暮れとなっていた。

「ただいま」という声と共に玄関扉をくぐると、ぱたぱたという足音と共にユウナが台所から顔を覗かせた。


「おかえり、エイジくん。遅かったね」

「ああ。思ったより時間食っちゃってさ」

「私も結構時間掛かっちゃって、夕飯の仕度があまりできなかったの。昨日のシチューとスープでいい?」


 ユウナはちらりと物置と化していた部屋を見た。

 リビングにかなり物が増えているところを見ると、着々と荷解きが進んでいるらしい。


「ビーフシチューと海老のビスク? 全然構わないよ。めちゃくちゃ美味しかったし、俺あれ好きだから」

「よかった。一応ポテトサラダも作ってみたんだけど、やっぱりマヨネーズが手作りだと普段作ってるものとは全然別物になっちゃって……そっちはあんまり期待しないでね?」


 ユウナが申し訳なさそうに言った。

 マヨネーズか……確かに、さすがにこの異世界でマヨネーズは作るのが難しいかもしれない。

 というか、マヨネーズってこの世界にあるものでも作れるのか。バスボムの作り方は偶然知ってたけど、スーパーに普通に売ってるものの作り方や材料なんて全然知らない……ユウナってすごいなぁ。


「あ、ところで……今朝言ってた、『作りたいもの』は作れたの?」


 俺の手に持つ袋を見て、ユウナが訊いた。


「ああ。はい、どうぞ。早速今日から使って」

「え?」


 俺がそのまま袋をユウナに手渡すと、きょとんとして袋の中を覗き込んだ。そして、「あっ」と声を上げる。


「え、嘘⁉ これって、もしかして……バスボム?」

「正解。昨日、バスボムがどうのって風呂のとこで話してただろ? だから、作れるかもって思ってさ。苦労したけど、何とかなったよ」

「えー、凄い。どうやって作ったの?」

「それはだな、まず──」

「あ、ごめん! 火掛けっ放しだった! 話は後で聞かせて?」


 今日の俺の大冒険を聞かせてあげようかと思ったが、ユウナはパタパタと台所の方へと戻って行ってしまった。

 まあ、俺の顔を見に玄関まで来てくれただけだからな。特に石窯はガスコンロみたいにすぐに調節できるわけではないらしいから、色々大変だそうだ。

 それからユウナは夕飯の仕度を終えてビスクとシチューをそれぞれの深皿に盛っていたので、俺がそのシチューやらをダイニングテーブルまで運んでいく。このあたりは共同作業だ。

 今日の夕飯は昨日と同じ、海老のビスクとシチュー、それに昨日は繰り抜いてお椀代わりにしていたパンと、異世界ポテトサラダと、ついでにポテトチップス。たまにカフェのランチとかでポテトチップスが添えてあるとお洒落感が増すが、このポテトチップスはその役割を果たしていた。

 それから俺達は「いただきます」をしてから、早速ご飯に手を付ける。

 ビスクもビーフシチューも、一日寝かせた事で具材が溶けて味がぐっと濃厚になっている。日が経つ程美味くなるのはシチューの醍醐味だ。


「それで……どうやって作ったの?」


 落ち着いた頃合いに、ユウナがバスボムをちらりと見て訊いてきた。


「ああ、えっと。まずはパン屋に行って……」


 それから、俺は今日の一連の流れをユウナに話した。

 パン屋に行って重曹を手に入れた事、代わりにパンを買わされたので、近所の子供達に振舞った事、それからパン屋の店主が言った『実験』という言葉から魔法学院で作れないかと思い至った事、パン屋や町の住人から町と学院生との関係があまり良くない事を聞いた事、校長と面会をしてその事情を詳しく聞いた事、それから魔法薬学の教師・ローレアを校長から紹介されて、一緒にクエン酸を取り出すところからバスボム作りを始めた事。

 ユウナは途中まで俺の話を面白そうに聞いてくれていたのだが……


 ──あれ……?


 いつしか彼女の様子が、暗くなっていた。暗いというか、雰囲気が重い気がする。

 何か変な事を言ったかと思って自分の言葉を振り返ってみるが、全然何も思い当たらない。今日あった事しか話しておらず、ユウナが不快に感じる話なんてものはなかったはずだ。


 ──思い出せ。どこから様子がおかしくなった?


 確か、校長先生との話あたりまでは問題はなかったはずだ。少し雲行きが怪しくなったのは、確かバスボム作りを始めたところからなのだが……ダメだ、全然見当がつかない。

 これも俺が鈍いからなのか。バスボム作りの話に何かおかしなところがあっただろうかと再度思い浮かべるが、本当にあった事しか話していないので、彼女がどこに引っ掛かったのかさっぱりわからない。


「あの、ユウナ……? ど、どうした? 俺、何か変な事言った?」


 話が終わったところで、ユウナが俯いていたので、おそるおそる訊いてみる。


「別に、何も言ってないよ。ただ……」

「ただ?」

「……美人な先生と、そんなにも長い時間二人っきりだったんだって思っただけ」


 ユウナは「ご馳走様」と冷たく続けると、俺の分も食器を台所の流しまで運んでいってしまった。そのままリビングには戻って来ようとせず、台所で食器を洗い始めている。


「ええ……?」


 どうやらニブチン病を発症させてしまって、やらかしてしまったらしい事は確実の様だった。

 やっばい。どうしよう……

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