第13話 〝勇者〟という立場

 村人達の治療を終えた頃合いに、俺達のもとを村長代理のおじさんが訪れて事情を説明してくれた。

 先代の村長──彼の父──は、先の襲撃で賊に殺されてしまったらしい。今ではその息子が村長代理として、この悲惨な状況をどうにかしようと考えているそうだ。

 ただ、如何せんこの悲惨な状況である。怪我人を抱えた状況ではできる事も少なく、途方に暮れていたという。

 村の生存者は三〇人程。そのうち女は一〇人だ。襲撃前はこの倍程の人数がいたそうだが、男は殺され若い女は攫われていったという。聞いているだけで虫酸が走る話だ。

 家は焼き払われ、食糧の備蓄も大半が奪われてしまったらしい。先程までは重傷者もいたので、この状況では如何に村長代理が優秀だったとしても打開策はなかっただろう。この状況下で部外者が訪れたとなれば、警戒するのは当たり前である。


「エイジくん……」


 俺が黙っていると、ユウナが物言いたげな瞳でこちらを見てくる。彼女としては、やっぱり助けたい様だ。

 いや、まあ……気持ちとしては俺も同じなんだけどさ。それに、〝勇者〟と〝聖女〟という立場上助けないわけにもいかない。

 ただ、魔族や魔物に襲われたならまだしも、こうした人災で不幸になる人を見ると、俺達がを捨ててまで守る必要があったのだろうか、と微妙な気持ちになってしまうのだ。


 ──まあ、今はそれはいいか。さて、どうするかな。


 俺は廃墟の様な村を見回して、思案する。

 生きていくために必要なものは俺達の世界でも異世界でも同じで、衣食住である。だが、今この村にはそのうちの二つ、食と住が足りない。

 ユウナの治療によって動ける者が増えたので、男達総出で狩りに出てもらえば当面の食糧は何とかなるとして……問題は住環境だ。住処についてはどうにもならない。

 これだけ荒れてしまえば、復興は難しい。村人全員で近隣の村に移住する必要があるが、この人数を移住させるには、それだけの金が必要となってくる。今のこの村の状況ではその金もないだろう。最悪、新たな村に辿り着いても奴隷落ちするしかないのかもしれない。

 それだけは避けてやりたかった。賊に村を壊され、何とか生き延びた先で奴隷になるしか生きる道がないのでは、あまりに不憫だ。

 その問題を解決する為には──


「あのさ、ユウナ……」


 俺は一つの解決案に思い至ると、もう一度ユウナの方に視線を送った。


「うん。そうしてあげて」


 ユウナは俺の提案を聞く前に、優しく微笑んでそう答えた。

 彼女も俺と同じ発想に至っていたのか、或いは俺が考えそうな事を予め読んでいたのかはわからないが、賛同してくれた。

 全く、こっちが提案する前から思考を読み取らないで欲しい。いや、まあ二年間も一緒に旅をしていれば、俺の考えそうな事くらいわかってしまうのだろうけど。

 俺はユウナに対して「じゃあ、それで」と肩を竦めてみせると、一旦馬車に袋を取りに戻ってから、新しい村長にその袋を渡した。


「村長代理……いや、もう村長さんか。とりあえず、あなたを信用してこれを渡しておくよ」

「これは……? 何やら金属らしいものが入っておりますが」


 村長は俺からその袋を受け取ると、怪訝な表情を浮かべた。

 その袋は上下に揺らされると、チャリチャリとした音を立てている。


「金貨袋さ。五〇枚程入ってる。寄付金だと思って、村人達の為に使ってやってくれ」

「き、金貨五〇枚⁉」


 俺の言葉に、村長が驚いて袋を落としそうになっていた。

 彼が驚くのも無理はない。

 金貨一枚の価値は俺達の知っている貨幣に換算すると、おそらく一〇万円程度。それが五〇枚だから、およそ五〇〇万円くらいがその金貨袋に入っている事になる。あくまでも聖都の物価での換算だから、これが農村の物価となると、金貨一枚あたりの価値はもっと上がるだろう。

 日本円でいきなりそれだけの金額を渡されたら、まあ俺も同じ様な反応をする。

 ただ、俺達は別に金に困っているわけではない。というか、当面は使い切れないであろうくらいの金貨袋が馬車の中にあるのだ。そのうちの一つを施したところで、俺達の生活には影響はない。

 まあ、それに俺達は〝勇者〟と〝聖女〟なわけで……仮にその金が底を尽きたとしても、生活費くらいなら簡単に稼げる。


「そんな、勇者様! 怪我人達を無償で治してもらっただけでなく、村の為にお金を頂くなんて!」

「いいから受け取ってくれ。どのみちもうここでは暮らせないだろ。隣の村まで数日ほど歩けば着くだろうから、そこでその金を使って皆の生活を立て直すんだ」


 村民の命と生活を確保する事──それこそが代表者の仕事であると思うのだ。

 ただ、その為には金が必要だ。これだけの人数にいきなり移住されても、移住先の村も困ってしまう。その際に金があれば、また色々対応も変わってくるだろう。


「本当に……本当にありがとうござい──」

「待った」


 新たな村長がまるで神に拝まん勢いで御礼を言いそうになったので、俺は慌ててそれを制止する。


「礼を言うのはまだ早いだろ」

「へ?」

「その賊の居場所を教えてくれ。攫われた人達と食糧を取り戻してくるから。礼はその後で構わないよ」


 ユウナの方を向いて「な?」と同意を求めると、彼女も「うん」と頷いて柔和に微笑んだ。

 俺達はもともとお人好しな性格であったが、の世界にいたままだったとしたら、きっとここまで身を粉にした救済はしなかっただろう。でも、この異世界で暮らすうちに〝勇者〟だとか〝聖女〟だとかが身に染み付いてしまって、自然とこうした無茶な人助けをする様になっていた。助けられる力を得たからこそ助けたいと思うのかもしれない。

 まあ、もっと国や領主が民の生活を護ってやれば良いのだけれど、この異世界では日本の様に制度も治安も整えられていない。救える力があるものが救っていかなければ、力なき者は本当に辛い一生を終えてしまう事になるのだ。

 全ての人を救うのは無理かもしれないが、救える人だけでも救っていこう──そんな考えが、知らずのうちに染みついていた。それはもはや、責任感というより〝勇者〟という立場からくる義務感に近いものなのかもしれない。

 こうして俺達は、新しい町ウェンデルで気持ち良く青春を取り戻す為にも、賊退治を引き受けたのだった。

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