第9話 注意事項
「えー、それでは生徒会長より、来週の球技大会についての説明をしてもらいます」
昼の全校集会にて。
生徒指導の田村先生に紹介されて、俺は体育館の壇上に登り全校生徒の前へ。
相変わらずすごい光景だ。
全校千人近くの生徒が一斉に俺を見ている。
そして先生たちも。
いつになってもこの緊張は慣れないものだが、しっかりとした姿を見せねばな。
「えー、それでは今日は前のスクリーンを使って資料に沿って説明します。あとで同様の内容が書かれたプリントを配布しますが、よく聞いておいてください」
上から、白いスクリーンを垂らしてもらい裏で控える神岡に目で合図を送る。
ぱちぱちと瞬きを二回。
映写を始めてくれという合図。
すると彼女の方からも手で丸を書いたサインが。
さて、あとは資料に沿って読み上げるだけだ。
「えー、まず最初に注意事項からですね。書かれてあります通り、神岡副会長は俺のものだから絶対に手を出すなよ……ん?」
読み上げると、そこには昨日目を通した資料とは内容が異なる文章が。
しかも、なんだこの内容は?
「おい、生徒会長直々に手を出すなだってさ」
「えー、やっぱりあの二人付き合ってんだ。いいなあ」
「でも一途な会長もいいよねー、末永くお幸せにー」
当然、生徒たちはキャッキャと騒ぎ出す。
それを先生たちがなだめながらも、すごい形相で俺をにらんでいる。
いや、俺がやったんじゃねえよ。
「こら神岡さん、何をやってるんだ何を!」
もちろん俺は一度舞台裏に戻りながら神岡に注意する。
「えー、だって会長と私の仲を全校に知らしめるいい機会かと思いまして」
「そんな機会は存在せんわ! どうしてくれるんだよこれ!」
「もしかして会長、私と会長が仲良くしてることを知られたくないんですか?」
「そ、そういう話じゃなくてだな。いいか、今は球技大会の注意事項を説明する時間だ」
「ほんとにそれだけですか?」
「ほ、ほんとだ」
「誓います?」
「ち、誓って」
「わかりました。それじゃ戻しますね」
「……ったく」
いたずら心にしても少々度が過ぎる。
呆れながらもう一度登壇して、クスクス笑う生徒たちの視線を振り払いながら話を戻す。
「こほんっ、先ほどは失礼しました。ええと、とりあえず今年はドッジボールの開催となりましたが突き指や捻挫などのトラブルに気を付けてください。万が一の時は保健室で」
「会長、保健室は当日私たちが使いたいからダメですよー」
横やりが飛んできた。
そして神岡の発言にまた、生徒たちはドッと沸いて爆笑。
また先生がみんなを沈めながら俺をにらむ。
だから俺じゃねえって。
「……とにかく、ケガにきをつけてください。あとの詳細はプリント読んでください、以上です」
大衆の面前で大恥をかかされて、メンタルがもたなかった。
説明を端折り、とぼとぼと裏へ引っ込む。
ただ、なぜか体育館は大盛り上がりで、謎にこの後アンコールまでかかっていた。
もちろん無視だが。
「会長お疲れ様です。タオルどうぞ」
「……お前は一体何がしたいんだよ」
普段、あまり人に怒らない俺もさすがに我慢の限界だった。
思いっきり睨みつけて神岡に迫る。
すると、
「や、やだ会長ったら、こんなとこで……ダメです、私、今日はまだシャワー浴びてませんから」
なぜか照れていた。
いや、怒ってるんだけど?
「誰も押し倒そうとしてない。お前、ふざけてるならクビにするぞ」
「あー、職権乱用ですよそれ。会長こそ、私を不当解雇したら会長の部屋に私のパンツを干してること、みんなにばらします」
「ま、待て。パンツ干してるのか?」
「はい。それに写真も」
「……参った」
こうなると男が弱いのはいつの時代になっても変わらない事実。
いくら俺が神岡に迫られていると主張しても誰も信じてはくれぬだろう。
「えへへ、会長ってすぐ降参しますね。でも、これで晴れて学校公認のベストカップルですね」
「……周りから固めても無駄だ。最終的には俺の気持ちというものがあるからな」
「もちろんです。今日のは一種の虫よけですから。これでもなお会長に近づいてくるメスがいたら駆逐対象に認定しますし」
「駆逐対象ってなんだよそれ……」
「言葉の通りですよ。ぱちんってしちゃいます」
デコピンポーズをとって可愛くピンっと指をはじく神岡だけど。
全然目が笑ってない。
「と、とにかく先生たちに変な目で見られたら困るからああいう悪戯は慎んでくれ」
「わかりました。それじゃ私たちも教室に戻りましょうか」
本当にわかってるのか不安だけど。
とりあえずどこか満足した様子の神岡は、このあとしばらく素直だった。
で、教室に戻ると俺たちを見ながらみんながひそひそ。
だいたい何を言ってるかは想像がつくけど、考えると胃が痛い。
勝手に神岡とカップリングしないでほしいけどなあ。
それに、せっかく生徒会長になったというのに尊厳が随分となくなってしまった気もする。
こんなことでは学園のかつての輝きを取り戻すという俺の野望どころの話ではない。
何かの機会に挽回しなければ。
「会長、さっきから怖い顔してますけど何かありました?」
「自分の胸に手を当てて考えてみろ」
「え、私は自分で揉んでもあんまり気持ちいいと思ったことはないですよ?」
「なんの話だ。あのな、俺は怒ってるの」
「それはいけません。会長、イライラしていたら冷静な判断ができなくなりますよ」
「誰のせいでこうなったと思ってるんだ」
「会長」
「ん?」
「ツーッ」
「あひゃっ!?」
突然、横から手を伸ばしてきた神岡に背中をなぞられた。
指ですーっと。
それがくすぐったくもあり、妙に快感だったせいで変な声が出た。
「な、何をするんだ急に!」
「会長、背中も気持ちいいんですね。えへへ、さっきの声かわいかったからもっかい」
「や、やめろ! く、来るな……ひゃうっ!」
この後、授業再開までの間ずっと俺の背後をとって背中責めをしてくる神岡から逃げようと必死だった。
で、時々触られて変な声が出て。
そんな様子を見ていたクラスの連中は俺たちのことを温かい目で見守ってくれていた。
それがとても辛かった……。
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