夕陽に消える恋

三城 谷

初めまして、センパイ

 「すぅ……すぅ……んん~」


 誰もが居なくなった放課後。夕焼けの日差しが差し込む図書室で、寝息を立てている女子生徒を見つけた。制服を少し着崩して、ワイシャツの襟元からやや褐色気味の肌が見え隠れしてしまっている。

 茶色の髪色が肩まで伸びており、それよりも長い髪を襟足辺りから結っている。だがここまで近付いているというのにもかかわらず眠りが深いのか、全く起きる気配が無い。

 開いている窓から風が入る度、ふわりとカーテンが揺れる。涼しい風が頬を優しく撫でている最中、欠伸をしながら彼女は起きたようだ。眠そうに目元を擦りながら、寝惚けた様子で小首を傾げる。


 「あぁ……――センパイですか、おはようございます」


 向こうはこちらを知っている様子だが、生憎とこちらは彼女の事を良く知らない。面識も無ければ、言葉を交わした事も無いだろう。だがしかし、彼女はこちらを知っている様子だ。

 それを気にしているのが顔に出ていたのか、彼女の赤錆色の瞳と目が合った。やがて彼女は「あぁ、そうでした」と言って立ち上がる。ユラリと頭を揺らす度、彼女の後ろで結っている髪が揺れた。


 「あたしとセンパイは初対面でしたね。あぁ、気にしないで下さい。あたしが一方的に知ってるだけなんで。でも安心して下さい。別に悪い噂が流れてる訳じゃないですから」


 立ち上がりながらそう言う彼女は、スカートをヒラヒラとしながらニコリと笑みを浮かべる。やがて一歩近寄られ、こちらは思わず一歩だけ下がってしまう。その様子が可笑しかったのか、彼女は悪戯心が芽生えたような目をして言った。


 「あれ? もしかしてセンパイ、恥ずかしいんですか? あはは~、ちょーウケる」


 あはは、と笑みを浮かべる彼女は確実にこちらを煽っているだろう。そんな事は無いと否定したが、何を言っても無駄だと言わんばかりに彼女はジロジロとこちらを見つめる。

 

 「そんな恥ずかしがらなくても良いですよー、センパイ。あたしはセンパイと違って、人の顔とか寝てる様子とか、ジロジロ見たりする趣味は無いんで」


 こちらの行動がバレていたのか。それとも起きていたのか。彼女は白い歯を見せてそう言ったが、こちらは見え隠れしている肌が気になって気が気じゃない。目のやり場に困ってしまう。


 「それともセンパイは、女の子の柔肌とか寝顔とか、そういうので興奮するタイプですか? あははは、ごめんなさい。そんなに怒らないで下さいよー、センパイ。ちゃんと分かってますから」


 初対面のはずなのに気さくに話す彼女は恐らく、普段から誰とでもこのような距離感なのだろう。それをどうこう言うつもりは無いんだが、こちらとしては心臓に悪い行動でしかない。

 

 「え? キス出来る距離まで近付くなって? あはは、センパイにそんな度胸ないですって! あたしはセンパイの事、何でも知ってるんですから」


 そう言いながら身支度を整え終わったのだろう。帰ろうと歩き出した彼女だったが、「あ!」と思い出したように振り返ってこちらに近寄って来た。


 「そうだそうだ、大事な事を忘れてました」


 彼女は手を差し出して、再び白い歯を見せて告げた。


 「初めまして、センパイ。あたしは向坂こうさか夕陽ゆうひっていいます。見掛けたら仲良くしてくれると嬉しいです♪」


 オレンジ色に染まった図書室で笑みを浮かべた。

 それが彼女――向坂夕陽との出会いである。

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