サクリフィウム ②
高密度の魔力が鎧の剣に収束する。魔力は刀身を禍々しい赤黒い渦で包み込み、剣の形さえも変化させる。
鈍色の刀身を灼熱の炎で包み込み、熱された鋼を冷水で固め、土の魔力を以て形と成す。不純物が混ざったのであれば風の魔力が吹き荒び、純粋たる魔力のみがその刃を更に高次元の魔導物質へ昇華させる。魔力の暴風の中、膨大な魔力を練り上げ刃と成す古代の技術。
神剣と魔剣、その二振りの剣を産み落とした存在が世界ならば、魔導鎧と心臓が作り上げるは純粋な生命の剣、人造神剣。銘はデストティオ。古代語で破壊を冠する滅尽滅相の剣である。
四属性の魔力を練り上げ精錬された刀身は、赤黒くも緋色の神性を帯び、刃に揺らめく力は空間を歪ませる一種の特異性を放つ生命が作り出した剣。人造神剣を顕現させた鎧は、複眼にアインを映すと自らが足を進ませ、剣を振り上げた。
直感が叫ぶ、脳が危険信号を発する、肉体が激痛を訴えながらも無理矢理回避行動に移る。鎧との戦闘を開始して、幾度も剣を打ち、斬り込んでいたアインが初めて正面からのぶつかり合いではなく、回避を優先した。デストティオを本能的に危険だと感じ取ったのだ。
鎧の振り下ろした剣の剣先が石畳を砕き、魔力の暴発にも似た爆発を引き起こす。白熱たる業火が辺りの建物を吹き飛ばし、爆発の中で生じた稲妻が煉瓦を貫きアインの甲冑を穿つ。爆風と爆発、そして大気の熱を奪い冷気に変換した魔力は霜を振らせると周囲五十メートルを氷の世界に変貌させた。
「―――ガッあ」
滅茶苦茶に、揉みくちゃになりながら吹き飛び瓦礫の山に激突したアインは甲冑が治癒出来る範囲の傷を超えた事を認識する。いくらノスラトゥが最恐最悪の戦闘甲冑だからといえど、疑似的な神剣の一撃を近距離で受け止めれば機能は一時的に麻痺する。
立ち上がれない、四肢が千切れ、内臓がはみ出している。剣を握っている腕が三メートル右方向に転がっており、甲冑が棘を伸ばしているが治癒と復元の時間を稼ぐ事は不可能に近い。立ち上がろうとも足は砕かれ肉の塊と成り果てた。血が、意識が、失われてゆく。死が這い寄って来る。
息を吐き出し、せりあがる血を吐き出す。視線を鎧に移し、敵の状態を探る。
「――――」
膨大な魔力を生み出した心臓、それは十や二十の数ではない。人造神剣の顕現の為に生産された魔力は天文学的な数字であり、発生した熱も尋常ではない。故に、鎧は魔力炉となる心臓の熱を排出する為に厚い装甲を開き、自らの最大の弱点を晒す必要がある。その装甲の下に組み込まれた悍ましく脈動する、夥しい数の心臓を、冷気の下に晒すのだ。
「ハ―――はッ!!」
何としてでも立ち上がれ、直ぐに剣を取れ、時間を、生き残る時間ではない、サレナが逃げる時間を稼げ。その為の剣だ、そのための誓約だ、己は彼女の剣であり騎士なのだから、立ち上がれ―――。
「アイン」
立て、何としてでも―――。
「アイン」
彼女の為に―――。
「アイン!!」
白く温かい光が傷を癒し、甲冑の損傷を修復させる。視線を鎧から声のした方向、頭上に戻すと金色の瞳が、守るべき彼女が己を抱き締めていた。
「何故、お前が、ここに」
「あなたを、助ける為です」
「助ける? なにを、言っている? にげ、ろ。アレは」
「アイン、私はあなたの主ですが、一人のサレナと言う人間です。また、あなたも騎士であり、剣。ですが、アインという一人の人間です。あなたを救うのに、助けるのに理由は必要ありますか?」
「サレナ、俺は、どうなっても構わない。お前は、お前だけでも助かれ、俺は――」
兜が叩かれ視界が揺れた。鋼に包まれた頬に痛みは無いが、サレナの手の平は赤く腫れ、目には涙を溜めていた。
「ふざけないで!! あなたは、アインは、私との誓約を破るつもりですか!? あなたは、私と、歩かないつもりですか!? あなたを、一人で死なせない!! 生きて、生き抜きなさい、アイン!!」
涙が鋼に染み込み、傷に触れる。白銀の髪が甲冑に流れるように触れる。
「生きて、勝って、歩いて!! あなたが自分自身を剣や騎士と言おうとも、あなたはアインなの!! 私の……大切な人なの……。だから、絶対に、生きて欲しいの……」
治癒され、繋がった腕を伸ばし、サレナの頬に触れる。涙の雫を指で掬い、頭を撫でる。その温かさを、その愛おしい姿を、冷たい鋼で覆われた手の平に感じ取る。
「……泣くな、サレナ」
軋む身体を起き上がらせ、剣を杖にして立ち上がる。
「そうだ、勝って、生きて、進まねばならんな。お前と共に生きると、そう誓約を結んだからには、俺の命は俺だけのモノじゃない」
剣を握り締め、構える。
敗けられない、手折れない《倒れない》、この娘の為に己の生命は在るのだと、そう誓った。
だが、今はサレナという誓約の主の為ではなく、サレナという少女の為に剣を振るおう。彼女と自分の為に、力を振るおう。
「サレナ、俺はお前の騎士であり剣だ。だが、一人のアインという男として、俺はお前を守る為にあの化け物を殺したい。お前は、どうしたい?」
「……あの鎧に組み込まれ、魔力を生成している心臓は、クエースのエルファン達のもの。既に肉体は死に至り、感情だけが心臓を動かし魔力を生成しています。人間への殺意、憎悪、憤怒……。その生成された魔力を源動力にして動く鎧は、心臓の意思を汲み、人間を殺し尽くすまで止まらないでしょう」
心臓が生み出す無尽蔵の魔力を源動力にして動くサクリフィウム。心臓は感情を糧に魔力を生成する云わば胎児に栄養を送る母体のような役割を果たし、鎧は母の意思を汲んで動く子供のような存在だろう。
鎧と心臓は一心同体であり、かつて魔族を討つ為に造られた力は、人間に向けられている。人間の欲望により虐殺されたエルファンの意思が、鎧という力を纏って牙を剝いているのだ。数多の復讐の願いを鎧に託し、神剣によって叶えられようとしている。
「救わねばなりません、あの者達を。私がクエースのエルファンから意思と希望を託されたのならば、あの悲しい力の塊を倒さねばなりません。だからアイン、あの鎧を、あの心臓を……殺してあげて下さい。悲しみを、絶望を、斬り伏せて下さい」
「……ああ」
鎧をただ殺すのでは無く、救う為に殺す。
強大な絶望を、悪意と欲望によって作られた闇を斬る。その為に力を使う。誓約による主従関係ではなく、二人の男女の意思を以て殺す。その為に、此処に居る。
剣が黒白の輝きを発する。アインの感情とサレナの魔力を喰らい、一つの力を発動させる。
強固なる意思は力を生み出し、理不尽で絶対的な絶望をも覆す希望となる。誓約を結び、その誓約の絆と光が極限にまで昂ぶった瞬間、希望を纏った未来への道筋が強者へと与えられる。
その名は秘儀。未完成で不完全だった力が、剣によりアインに与えられる。
「勝ってアイン、希望と未来の為に、生命の為に、絶対に生きて勝って!!」
「ああ、任せろ」
黒い輝きを纏い、剣を構えたアインは剣を構えるとサクリフィウムへ再び斬り掛かった。
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