抗う者達 ②
「次の作戦だが、アインが撒いた偽情報は敵の索敵網を厳戒化させた。これにより町からは出られないし、逃げられない。普通に考えれば危機的状況だが、これは好機でもある。デッシュの兵は真偽不確かな情報だけを手に持ち、一度その警戒心を人間が刺激してやればその情報は確かな情報と信じる。情報を信じた人間は仲間だと思っている人間の裏切りに気付かない。だから」
赤色の駒を自身に見立て、図面上に配置したディーンはその駒を彼方此方に走らせ。
「俺が裏切り者となり、魔族の情報を垂れ流す」
「ディーンが、人間を裏切り、私達に手を貸してくれるのですか? どうして?」
「これは俺の贖罪だ、俺が裏切り、貴女方に手を貸す事で敵に勝てるなら俺はどんな罪に汚れても構わない。いや、今はこの話は止そう。作戦の続きを話す。俺という人間は町に入らず門番だけに従事してきた人間だ。俺の顔を覚えている兵は数える程しか居ない。だから俺は顔と名前の無い一人となって兵を誘い出し、アインの剣が効率よく敵を討つ状況を作り出す」
「……水と土の魔力を混ぜた魔石、足止めと妨害、おびき出す。ディーンさん、あなたはアインが同じ人間の兵を殺しても構わないのですか?」
「構わない、罪を犯した者が罰を受け、裁きを下されるのなら遅すぎたくらいだ。アイン、頼みがある」
黙って腕を組み、殺意と憤怒を垂れ流していたアインへディーンの視線が向く。
「もし俺が捕まって、作戦を話しそうになってしまったら迷わず俺を殺してくれ。頼む」
頭を下げ、懇願する。この戦いはクエースの惨状を知って尚行動を起こさなかった己への罰であり、贖罪の為のものであるのだ。民を守るために存在する兵が、悪に染まり欲望を以て牙を剥いた罰。その罪を清算するためにディーンは己の経験と知識を活かし、作戦を打ち立てた。
もしこの作戦が敵に見抜かれた場合、エルファンへの弾圧と圧政はより厳しいものとなり、凄惨な地獄のような結末が待っている。敗けられない戦いに臨む中、意思を砕かれ、悪に屈してしまう前に自分を殺して欲しい。二度も自分で自分を殺したくない。その為に、アインに懇願する。
「知らんな、貴様の頼みなど」
「なっ!」
「貴様、意思と希望をサレナに託したからこの場に居て、長々と話をしたのだろう? ならば貴様はサレナの意思に従うべきだ。何故俺の剣を貴様に向けねばならん。意味不明だ、不愉快だ、忌々しい。貴様、自分が死ねばその罪は消えるとでも思っているのか? 罪は消えん、一生罪に嘆け、罪を抱き罰に生きろ。死して逃げるなよ阿呆が」
貴様と居ると屑の臭いが移る、と吐き捨てるように話したアインは剣を背負ったまま地下坑道の出口へ向かう。
「死にたいなら貴様は戦場で死ね、戦士が死から逃げるな、戦って死ね。剣を握り鞘から抜き放った者、抗い続けた者として死ね。意思と希望、剣と命を捧げたならば、その相手の為に戦って死ねよ。戦士が戦士に命を委ねるな屑が」
「……アンタは、強いからそう言えるんだ」
「当たり前だ、俺は強い。貴様らより何倍も強い。だが、強いだけだ。サレナの方が強いぞ、俺なんかよりも何倍もな」
「貴様は弱い、弱い故に頭の回転が速い。弱者は弱者の視点を持ち、弱者の為に計画を打ち立てる能力がある。その能力を強さと認めていないのならば貴様は何だ? 空の肉袋か? 認めるも強さ、認めぬも強さ。強さの定義などその場で変わる曖昧な物差しだ、自分の尺度で強さを測って劣等感に苛まれるなんぞ阿呆のすることだ」
馬鹿馬鹿しい。彼は扉を開けると地上へ向かう。鬱憤を晴らす為ではない。少しでも敵の数を減らし、惑わす為にクエース《戦場》へ向かったのだ。
アインの後ろ姿を眺め、拳を握り締めたディーンは唇を噛み締め、剣の柄を握る。
「ディーンさん、少し宜しいでしょうか?」
「……何か」
「ディーンさんはどうやってこの作戦を打ち立てたんでしょう? 昨日今日でこの町の見取り図を完全に把握し、敵の動きや情報を作戦内容に組み入れるなんて出来ません。それに、あなたは話し合いの場をリーネさんの屋敷ではなく地下坑道にした理由は? 教えてください、ディーンさん」
「……町の見取り図は何度も何度も門の前で読んでいたから頭に入っているだけで、敵の情報は酒を持って来たり、一緒に飲んだ連中がベラベラと話してくれた。屋敷は過去の反抗作戦で敵に見つかり、全員刑に処された記録を見たから地下坑道を選んだ。此処なら敵の目を掻い潜れるし、エルファン全員が家に地下への道を持っているから直ぐに人を集められる。何だ、いきなり」
「いえ、ディーンさんは能力がある方なんですね。私は作戦を立てる能力はありませんし、出来る事といえば術を使って傷を癒したり、言葉を交わす事だけなんです。だから、あなたが居てくれて本当に良かったと思っています。相手は曲がりなりにも軍人で、それも戦いに慣れている者達。いくらアインが居たとしても、此方に犠牲が出る事は確実でした」
白く、美しい小さな手がディーンの手を握り、金色の瞳が彼の目を見つめる。
「弱者には弱者の戦い方がある。それを理解し、作戦という形で実行出来るものに する。その能力を持ち、尚且つ情報を集め冷静に状況を判断する者を弱いとは思いません。自分にしか出来ない役割、誰かが担当できる役割、それぞれ力を発揮できる点を任せる。それは難しい事ですし、責任を負う覚悟が無ければ務まりません。私はディーンさんは強いと思います。あなたはあなたが御自身が思っている以上に強い。だからみんな、あなたに従ったのでしょう」
弱い故に強い。弱者の視点で弱者の為の作戦を打ち立てる。サレナの瞳は曇り一つ無く相手を信じている者の目であり、その目を見つめていると全てを肯定されたような不思議な感覚に陥る。
「私は私に意思と希望を託してくれ者を信じています。みんなを信じ、信じた者の能力を疑ったりなんてしません。人はそれぞれ違う強さを持っています、その強さを私は光としましょう。ディーン、あなたは闇を照らす為の光を、悪を払う為の剣を私に預けて下さい。あなたの剣は私が抜き、全ての責を負いましょう。だからあなたは私が信じるあなたを、強さを信じて下さい」
サレナの瞳を見つめ、小さな手に自らの手を重ねる。その手は僅かに震えており、これから始まる戦いに恐怖しているのだと、そう感じた。
「……俺の剣は既に王に捧げた。だが、意思と希望は誰にも渡していない。貴女が俺を信じてくれるのなら」
跪き、頭を垂れる。手の甲をサレナへ差し出し、胸に拳を当てたディーンは口を開き、簡略化された誓約の言葉を口にする。
「我が意思と希望を汝に捧げん。我が意思は汝の為に悪を討とう。我が希望は汝の為に悪を斬ろう。我が光、闇を払う曙光とならん」
「その誓約、受け取りましょう。我が戦士ディーンよ」
この誓約は簡略化された何の縛りも無い誓約だ。だが、戦士の胸には少女の守るために、民を守るために燃え上がる炎が宿る。闇を払い、清める炎。ディーンはゆっくりと立ち上がると、サレナへ背を向けアインの後を追う。
何故あの剣士が自分よりもサレナの方が強いと言ったのか、その理由が分かったような気がした。あの少女は信じた者の為に、救いを求める誰かの為に、何処までも強くなれる少女なのだ。みんなの意思と希望を束ね、光を示し悪を討つ者。誰かの為に戦い、誰かの為に己を捧げる者。それがサレナという少女なのだ。
以前、聖都にて軍務に励んでいたころ、彼女と同じ肖像画を見た事がある。
その肖像画は千年前より存在しているある人物を描いたもの。その人物は名を持たず、一つの称号で皆に呼ばれていた。
その者の称号は聖女。全てを束ね、身を捧げた者の名称である。
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