愛とは子供時代を生き抜く為の本能であってそれ以上の物では無い。

刈田狼藉

第1話:如何なる賢人もこれであるとの断言を避けた、この難解な言葉を・・

五十絡みの痩せこけた薄汚いジジイが、これまた薄汚い場末の酒場で、酔眼を彷徨わせながら、クダを巻いている。時に唾を飛ばして、面識の無い客に、喰ってかかる。


おいオマエ! 今「愛」とか抜かしたな! 子供を叱るには「愛」があるかどうかが重要だとか何だとか。「愛」が何なのか分かっててそんなこと言ってるのか? 「愛」なんか無いまま叱った方が良くないか? 何だ、分からないのか? 分からないのにさも分かったふうに1足す1は2みたいな当たり前の概念として「愛」なんていう難しい言葉を使うのか? それが何なのか、如何なる賢人もこれであるとの断言を避けた、この難解な言葉を?


あとそこのオマエ!今「永遠の愛を誓う」とか何とか抜かしたな? 愛はそもそも誓ったり出来る物なのか? 「愛」は美しい、みたいにオマエラは言うが、愛は美しい、ということで間違いないんだな? 絶対だな! えっ、分からない? 何だオマエ、分からないのに生涯の伴侶たるべき女性に対して「愛してる」とか抜かすのか? 恥を知れ! その自らをいじくり回すその薄汚い手で、せいぜい彼女の全身を隈なく丹念に撫で回すがいい!


彼女の肌を愛撫しているんじゃない、自分の身体を撫で回している。彼女の唇を吸っているんじゃない、自分の唇を啄んでいる。彼女を愛しているんじゃない、自分を愛しているんだ。子供の為だから死ねるんじゃない、自分の胸の中の最も大切なものの為だから死ねるんだ。


子供は、自己愛そのものだから。

子供は、自己愛が肉体を帯びてこの世に出現した奇跡であるから。


倒錯が起きている。

人間は、我々が自分で思っている以上に不完全な生き物だ。

そしてその不完全さには、理由がある。



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