第9話「山を登る」
「良い感じの、なんか見つけて」
そんなざっくりとした指示で、僕は当てもなく森をさまよっていた。勿論、言い出しっぺのイズミも同伴だ。
「なんかって言われてもなぁ」
「モリ君なら出来る」
グッと拳を握って見せられても苦笑するしかない。
探しているのはイズミの作りたい物に必要な素材だ。一応木材だけでも着手出来るのだが、どうせなら凝りたいとの事で尻を叩かれた次第。
今までの実績からすると、僕の『お仕事』にはスポットを見つける力があるらしい。大木にしろ川にしろ、不思議な直感に導かれた時は決まって新天地へと辿り着いていた。
と言うわけで、また新たな地を開拓すれば何か見つかるのでは、と安直な希望にすがって飛び出したわけである。
「足下気を付けてね」
「ん」
相変わらず森の中は足下が悪い。イズミも慣れてきたとはいえ、張り巡らされている木の根はすぐに視界の隅に潜んで転ばせようとしてくる。
こうして不便が身近になると、うろ覚えではあれやはり森の外が恋しくなった。
「イズミは、この森から出たいと思う?」
考えたついでに尋ねてみる。イズミは、それに皆はどう思っているのだろう。
ある程度生活は落ち着いていて、それぞれの関係性も心地良くなっている。加えて、外と断絶されているから時間で急かされる事もない。
だから僕は、この場所から去るのもなんだか寂しい気持ちだった。
けれど記憶を取り戻せば答えも変わってくるだろう。逆に、よりこの森に居たいと判断するかもしれない。
選択する時が来ればどちらを選ぶのか、自分でも未だに分からないでいる。だから雑談と称して僕は、参考を求めていたのだ。
「わたしは帰りたい。本物は、こっちじゃないから」
そう答えたイズミは、まっすぐに前を見ていた。
「それ、どういう意味?」
「……分からない。でも、泉を見てても、なんだか物足りない気分になる」
言語化し辛い感覚の話のようで、彼女の言い分の全容は見えてこない。
けれどなんとなく、以前にリツが言っていた、『お仕事』は比喩みたいなもの、という事と繋がっている気がした。例えとして置き換えられているのが泉やら木々というだけで、実物と言うか本質と言うか、そう言ったものは別にあるのだ。
そう考えられたのは、僕自身もこの森が自分にとってどういうものか、分かり始めたからに違いない。
「とにかく、迷ったままだと進めない」
そう、付け加えられた言葉こそが核心を突いているように思えた。だから僕も、彼女と同じ方向を向く事にする。
「じゃあ生活も落ち着いてきたし、出る手掛かりも探していきたいね」
「モリ君なら出来る」
さっきも同じ事を聞いたなと失笑しつつも、託された信頼が無性に嬉しくもあった。
などと話していると、気付かぬ内に景色が変わっている。
「あれ、なんか木が減ったね」
「森じゃなくなった感」
地面は岩肌がむき出しになっていて、植物が根を張るのを拒んでいる。更には進む先の勾配が急になり、『山』と表現するべき様相だ。
「どうする? 登ってみる?」
直感がなくともここから先が他とは違う、いわゆるスポットなのは明白だ。ならイズミが気に入る何らかが見つかるかもしれない。
だが当然に、危険も見るに明らか。単純に体力の消耗は激しくなるだろうし、進路は足の踏み場がかなり限られていて、滑落の可能性もある。
けれどイズミは臆する事なく、むしろ望むところだとばかりに頂上を指差した。
「頂にこそ、お宝はある」
「あはは。だね」
たくましい理論にイズミらしさを見て僕も賛同する。彼女のしたいようにさせる事が、僕自身もなんだか楽しく感じていた。
そうして、彼女がこけないように手を取りながら山を登っていく。
するとその時だ。
——パァンッ‼
空気を裂く音。
鼓膜が震えを感じた途端、本能的に体が委縮して、その恐怖の姿が頭に浮かんだ。
「銃……?」
ぼやけた脳内に創作物での映像がフラッシュバックする。幸いに、聞きなじみがあるという事はない。
瞬時にそう判断出来たのは、音の発生源が近くだったからだろう。僕らが進もうとしている山の上からだ。
だとすれば、この先は想像以上に危険な場所なのかもしれない。
そんな風に足を出すのを躊躇っていると、今度はガラガラと、山頂の方から石が転がって来た。
そして、それと共に何かが岩肌を滑ってくる気配。
無意識にイズミの前に出て脅威を待ち構える。チラリと逃げ道を確認し、いくつもの想定を用意する。
だが、その覚悟は空振った。
「んぉ? お前らまた来たのか?」
降って来たのは覚えのない渋い声。
見上げればそこには、猟銃を背負う壮年の男性が立っていた。
外見年齢は三十から四十代ぐらいで、灰色のつなぎが包む体はかなりガタイが良い。口周りには随分と手入れされていない髭が蓄えられていて、対して髪は短く、山のように上へと尖っている。
そんな男性は『ヤマ』と名乗った。本名ではなくあだ名のようだ。
さっきの銃声はヤマさんが持つ猟銃によるもの。狩りをしていて、鹿を射止めたところだったらしい。獲物を回収するために降りた時、僕達と遭遇したわけだ。
そんなこんなで僕とイズミは、ヤマさんが寝床として使っている洞窟の中へと招待され、焚火で焼かれた鹿肉をご馳走になっていた。
洞窟は四畳程で三人が座ると少し狭い。外の明かりと焚火で照らされた内装には、ここで長い間過ごしている形跡が見て取れた。
僕は内心恐る恐る鹿肉をかじりながら、ヤマさんに視線を送る。
「あの。僕らの事を知っているみたいでしたが、前にも会った事があるんでしょうか? 僕ら少し前からの記憶が何もなくて、覚えていないんですが」
僕が問いかけると、ヤマさんはキョトンとした表情を見せた。けれどすぐ何かに思い至ったように頷く。
「……ああそうか。そういや二回目と言っとったな。前に会った事はない。だがま、また会うだろうな」
「? どういう意味ですか?」
「いずれ分かる」
と僕からの追及を止めて、ヤマさんは黙々と食事を進めていく。
彼は、あまり僕達に興味がなさそうだった。ここで長く独りで暮らしているようなのに、来客には存外慣れているような対応だ。
「お肉、うま」
「じゃろ? もっと食え」
夢中に鹿肉を頬張るイズミにヤマさんは機嫌を良くしている。こんな状況でもブレずにいられる彼女を素直にすごいなと感心しつつも、僕はまだ疑問の解決を求めていた。
「それにしても、生き物ってこの森にいたんですね」
今までの森での生活で僕達が見た生き物と言えば、森の精と泉の魚ぐらいだ。泉の魚も水から出ると途端に動かなくなっていたし、ちゃんとした生物はいないと考えていた。
けれど、今食べている鹿は普通に生きていた。実際に、ヤマさんが息絶え絶えの獲物に止めを刺す瞬間も目にしている。
この山では鹿が手に入るとかそう言う事だろうか、という推測は多分間違いだった。
「ん? いや普通におるじゃろ。ほらそこにも虫が」
言われて今更、僕は焚火に飛び込む羽虫に気が付いた。だが今さっきまで、炎の周りには火の粉しか舞っていなかったはずで。
いや、とそう言えば以前にも似たような事があったと思い出す。リツが持っていた木の枝が認識を共有した途端、判別が付くようになった時の事だ。
「そういや、お前さんらにとってここは、夢みたいなもんじゃったか」
ポツリと零したヤマさんの言葉に、僕は即座に疑問符を投げる。
「それはどういう事ですか?」
「儂も詳しくは知らん。儂とお前さんらが見てるモンは違うんじゃろ」
どうやら、ヤマさんも全てを知っているというわけではないらしい。なら、自分で答えを出すしかないのだろう。
「やっぱり、夢、なのかな……」
夢だとしたら、今までの体験は全て僕の頭の中で完結してしまうという事だ。新しく得たと思ったものは元々自分が持っていたもので、他人だと思って接している相手も、自分の思考が勝手に投影している偽物。
そうだとしたら、酷く虚しい事だ。今までの行いが馬鹿らしくなってしまう。
そんな風に考えていると突然、頭の上に大きな手が乗せられた。
「面倒に考えるな。前もそうじゃったが、お前さんはもっと、客観性を捨てた方がいいの」
「えっとでも、ここは夢、なんですよね」
「なわけあるかい。ワシはちゃんと糞しとるわい」
いやまあトイレなら僕も行くし、それだけで夢じゃないとは言い切れないだろうが。
けれど確かに、夢にしては現実的な所も多くある。不可思議はあるにせよ、夢特有の突拍子のなさはあまり感じられないでいた。
解き明かそうとするだけ、無駄なのだろうか。
頭の上から手をどけるヤマさんに、僕は率直な質問をした。
「ヤマさんは、この森から出る方法は知っていますか?」
「出る方法、の……」
彼は食事の手を止めて、洞窟の外を眺める。
高い場所にあるここからは、森がどこまでも続いているように見えていて、でもそれは僕の視点だからなのだろう。
ヤマさんには、森の端が見えているのかもしれない。
「自分の進むべき道が分かれば、もう迷う事はない。儂はまだしばらくかかるじゃろうな」
そう言われて僕は思わずイズミを見た。彼女もさっき似たような事を言っていたからだ。
そんなイズミはこっそり僕の鹿肉に手をつけようとしていて、気づかれたと分かった瞬間、彫像の真似をした。その様子が可笑しくて、僕は固まる手に鹿肉を握らせる。
「ま、自分の事だけ考えとれ。どんな迷いでも、決めるのは自分じゃよ」
そう言ったところで鹿肉を食べ終えたヤマさんは、「ちょっと待っとれ」と立ち上がり、洞窟の外で何やら作業を始めだした。
イズミと二人取り残されて、僕は彼女に確認する。
「イズミ、どう思った?」
「お肉ありがたい」
そうじゃなくて、と思いはしたものの口にするのはやめておいた。言われた通り、面倒に考える方が馬鹿なのかもしれない。
それからすぐヤマさんは戻って来た。彼は僕達に向けて、何かを持つ右手を差し出す。
「先に礼貰ってちゃ、渡さんわけにもいかんしの」
と渡されたのは、鹿の毛皮だった。
広げれば丸ごと僕が包まれそうな程の大きさ。途切れる事なく綺麗に剥がされていて、若干濡れているのは血を洗い流したためだろう。
突然の土産物に困惑する僕だったが、反してイズミが目を輝かせた。
「これは使えるっ」
どうやらお気に召したらしい。なら今回の目標は達成だろう。
結局そのまま僕達は森へと送り出されて、真実を手に入れるのは叶わなかった。木々に囲まれた所で振り返って見ても、山の位置はもう分からない。
色々とゆっくり考えたかったけれど、イズミに急かされた僕は帰る足を速めたのだった。
*****
大木が見えてくると、その根元で何やら皆が集まってしゃがんでいた。ただヒィちゃん達は除け者にされていて、輪の外でヒィヒィ言い合いながら皆を眺めている。
「どうかしたの?」
僕が声を掛けると真っ先に気づいたテンちゃんが立ち上がった。
「モリくん、イズミっ。今暇? 暇なら手伝ってほしいんだけど」
表情から、何か困り事があったわけではなさそうと分かる。なら、と僕はイズミを確認した。
鹿の毛皮を貰ってから意欲が高まっている彼女は、すぐに自分の作業に入りたそうだ。出来るなら僕もイズミの手伝いをしたいところだが。
「とりあえず、話から聞こうかな」
急いで答えは出さずに、まずはと情報収集を選ぶ。
すると三人の輪に呼ばれ、囲う足下を披露された。そこには未完の設計図が書かれていて、どうやらそれを記したのはリツのようだ。彼は細い枝を宙で振りながら、苦笑交じりに説明を入れてくれる。
「テンがな、森の精が遊ぶための遊具を作ってやりたいって言い出したもんだから、それ作る相談しててよ」
「ほら、あたしたちいない時暇そうだしさ、良い案じゃない?」
「それでヒィちゃん達を仲間外れにしてたんだね」
「な、仲間外れじゃなくてサプライズっ」
少し意地悪な言い回しをするとすぐさま訂正されたので軽く謝罪をしておく。けれどまあ、良い案というのに異論はない。
ただ、と僕は改めて設計図に目を通して唸る。
「……結構、大がかりだねぇ」
「でもでも、すべり台は欠かせないでしょ? それにブランコにシーソーと……ジャングルジム? 迷路とかお化け屋敷もあれば絶対楽しいよっ」
「あれこれ詰め込み過ぎなんだよなぁ」
「えっと、ヒィちゃん達のサイズに合わせれば、思っているよりは時間もかからないと思いますっ」
どんどん想像を膨らませるテンちゃんにリツが呆れ、エナちゃんがカバーする。
まあどこまで広げるかは後で決めるとして。確かに手の平サイズの森の精専用なら、割とすぐ完成させる事が出来るかもしれない。
けれどサプライズにすると言っていたから、彼らの手を借りるのが難しくなる。そんな僕の懸念を読み取ったようにリツが補足した。
「まーさすがにアイツらを使わずに作業はキツイだろうから、素材を一気に作って、後で隠れて組み立てって感じにはするぜ」
「それなら僕達にも出来るだろうけど、細かい設計が必要そうだね」
「じゃあ細かい事はリツ担当ねっ」
「おいっ」
ビシッとチョップを受けるテンちゃん。少しオーバーなリアクションを取る少女に、エナちゃんは楽しそうに笑っていた。
つまり、人手は多い方が助かる、という事だ。
とは言えイズミの作業を一人でやらせるのも心許ない。どうしようか、と判断に迷っているとイズミの方から口を開いた。
「わたしはわたしで作りたい物があるから、参加は出来ない」
「そっかー。けど何作るの? あ、なんか持ってるっ。それで何か作るのっ?」
「……出来てからの秘密」
鹿の毛皮を背中に隠して、少女からの追究を避ける。どうやら皆の案を聞いて、イズミもサプライズにする事にしたようだ。
「木を加工するだけなら必要なのは一人一匹だし、他の森の精は、イズミを手伝わせるでいいな。その代わりと言っちゃなんだが、少しモリにも手伝ってもらいてぇな」
「わたしは別に構わない」
「じゃあ、僕はどっちも手伝う感じか」
という結論で全員が合意し、これからの方針が決まった。
イズミは早速ヒィちゃん達を連れて、余った木材を川の方へと運ばせている。素材は人数の少ない方が優先という事でまとまっていた。
遊具作り組はまず、設計図の完成と足りない素材調達が必要になりそうだ。
「んじゃ、どう分担するよ? 俺は設計図担当として、」
「テンちゃんも一緒が良いと思いますっ。発案者ですしっ」
リツの投げかけに真っ先に案を出したのは予想外にもエナちゃんだった。
ただその発言はなんだか準備をしていたようで、しきりにリツとテンちゃんを交互に見ていたし、少女の背中を押す意味でも込められていたのかもしれない。
リツも察してか、断りにくい采配にバツが悪そうにしている。無論テンちゃんは嬉しそうだ。
「エナには素材調達頼みたいけど、一人じゃ危険だよね? まだこの森の事分かってないだろうし」
「それなら僕がついていくよ。素材集め終わったら、一旦イズミの方に合流するね」
「ありがとーっ」
「……助かるよ」
ついでに助けてくれ、と言った視線がリツから送られていた気がしたが無視をする。間違いなく勘違いだ。
僕は楽しそうに鬼ごっこをする二人の邪魔をしないよう、エナちゃんへと向く。
「とりあえずは蔦がいるかな? 丸太とかになると、ヒィちゃんの手伝いが必要だろうし」
「た、たぶんそうですっ」
新入りの女の子はまだ僕にはぎこちない。話した回数も少ないから、これから距離を縮めて行かないといけないだろう。
ここは年上として手を引っ張るべきだな、と覚悟する。
「よしそれじゃあ、行こっか」
「はいっ」
そうして僕は、年少の女の子を連れて拠点を後にした。
続けざまの森でのさまよいだ。ただ今回はどこを目指す必要もない。
「あ、蔦ありましたよっ」
「うん。じゃあこの位置覚えててね?」
「い、位置ですか……? 分かり、ました」
早速一度目の採取に成功し、加えて僕はエナちゃんに指導もする。
蔦は出来るだけ長く、切れてしまわないように採って、小さくまとめてから運ぶ。それから少し歩いた所で、さっきと同じ方角に蔦を巻き付ける木が見つかった。
それでエナちゃんも僕の言葉に納得がいったようだ。
「位置って、そういうことですね」
「そうそう」
最近になって分かった事だが、ここの森では大体直径10m範囲ぐらいが、いくつもコピーされてずっと続いている。だから草木の配置はどこも似ていて、方角を覚えていれば探す手間も短縮出来るのだ。
仕組みを覚えれば、この森での生活も楽になってくる。
しばらくしてエナちゃんも慣れ、ほとんど思考もなく採取を進めていった。
ただまだ僕との距離は縮められておらず、会話は限りなく少ない。そんな空気にエナちゃんの方はソワソワしているようだったので、僕から初歩的な雑談を投げてみた。
「どう? ここでの生活はやっていけそう?」
「あっえっと、テンちゃんが色々教えてくれるので、何とかはなりそう、です」
「二人、仲良いもんね」
エナちゃんは少し詰まりながらも応えてくれた。だが、話にも出たテンちゃんとはもっとスムーズなやり取りが出来ていたはずだ。
うーん、僕の何がいけないだろうか。やはり異性だからだろうか。それに歳も三つ離れているし。
問題点を改善出来るような話題は何かな、と考えていると、エナちゃんの方から口を開いた。
「テンちゃんは、とっても良い子、ですよね」
噛みしめるように言う様は、まるで感情が体内から滲み出したみたく、本当に心の底で感じている事なのだろう。
それに僕も同意と頷く。
「うんそうだね。あの子のおかげで僕らはいつも明るくいられるし」
「はい、なんかそんな感じします。テンちゃんはなんか、真っ赤な太陽みたいっていうか」
「はは、確かに太陽かもね」
天気を守る『お仕事』もあるし、その表現は的を射ているように思えた。
それからもほとんどは、ここにはいない少女の話になった。
結局エナちゃんの口調からたどたどしさは消せなかったけれど、よほどテンちゃんが好きなのだという事は理解出来た。不安の中で手を引っ張ってくれたんだし、ここまで懐くのも変ではないだろう。
そんなこんなで一時間が経ち、これ以上は蔦を持つのが困難だと判断する。まあ十分な成果だ。
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
頷きを見て踵を返す。後は大木を目指して適当に歩いていれば勝手に帰れる。
森の中ではすぐに迷うから、誰かと行動する時は基本並んで歩く。そこで僕は目の端に、隣のエナちゃんが未だに何やら辺りを見渡しているのを見て取った。
「どうかしたの?」
「あいえ……」
僕からの声掛けで、女の子はすぐに周囲へ散らしていた視線を足下に逃がす。けれどもまたすぐに、チラチラと何かを探している様子で顔を上げていた。
その行動に僕が首を傾げていると、エナちゃんは観念したように口を開く。
「……その、この森には例えば、人工物とかって落ちてたりしませんよね?」
「人工物? ヒィちゃんがバケツとかを持ってきた事はあったけど、僕達が見つけた事はないなぁ。必要なら何か作るよ?」
「な、ないなら大丈夫ですっ」
提案してみるも受け入れてもらえず、会話はそれで途切れる。
それからの道中もエナちゃんは無意識なのか、また辺りに何か落ちていないかを探していた。よほど諦めきれないのだろうか。
テンちゃん辺りに相談してくれたらいいな、と思いつつ、結局拠点に戻ってからもエナちゃんが何かを欲しいと言う事はなかった。
□△△▽▽
……描きたい。
色を引いた瞬間、その欲求が体の内側で溢れていた。
それはまるで自分の言葉じゃないようで。
何もしないでいると、心臓を突き破って誰かが顔を出そうとしてくる。
脳内にはあらゆる色がぶちまけられていて、グチャグチャな線も引かれていく。それは過ごしている間に少しずつ動いて、何かがあると一瞬形を持つ。
その一瞬を逃した途端、胸が締め付けられた。
それは苦しくて。でも形を捕まえるには、この頭の中を外へ発散しなければならない。
そうしてしまえば、自分は世界から離れていくだろう。
全てが、四角の中に収まってしまう。
だからまだ手放す勇気がなくて、どうにか抑え込もうとする。
なのに、欲求は膨らむばかりだ。
脳から漏れた色は眼球へと滲む。映る物を別の形へ昇華させては、それを自分の手にしたくなった。
——描きたい。描きたい。描きたい。
でも、ここには道具が足りない。
線は引けても色を塗れない。足下だけじゃ、すぐに消えてしまう。
なら、ここでは出来ない。ああ、頭の中がおかしくなりそう。
我慢するしかないのに、もう我慢なんて考えていない。
世界はどんどん色づいて、何度も一瞬が起きる。すると後悔がより願いを強くする。
描きたい。描きたい。描きたい。描きたい。描きたい、描きたい描きたい描きたい描きたい
それは、正しく自分の声だった。
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