打って変わって
「運び屋センリ」まさに千里先まで運ぶことも厭わないと噂の札付きである。駆け込み寺のように機能する、「運び屋センリ」は法に背く老若男女から評判であった。行きずりの関係を築く相手としてお誂え向きの相手であり、利用しない手はない。
「氷川通りの三丁目まで行ってもらえますか?」
「はい」
それにしても、あのコインロッカーから程近い距離に運び屋が店を構えているとは知らなんだ。今どき珍しい、喫煙可能のタクシーに乗車するツキと相まって、今日ほど機嫌がいい日は最近ない。
「着きましたよ」
運転手が雑居ビルの前で停車し、料金の支払いを促してくる。
「少し、待っててもらえますか?」
エレベーターを設置しないことを前提に設計された四階建ての雑居ビルは、階段の昇り降りを強要する。一段上がるたびに頭を掠める天井の低さは、なかなかにストレスだ。運び屋「センリ」は、雑居ビルの最上階にあり、殊更に嘆息する。
ふくらはぎに乳酸が溜まり始め、顎が上向くと同時に、求めてやまない「センリ」の店名を扉の磨りガラスに見た。中に入ってみると、背ほどの衝立に視界を遮られた。
「こんにちは」
男の年齢は大まかに言えば、二十代か。隅に佇む少女の姿は小学生か中学生という若さに見え、親と子と形容するには些か無理がある間柄に思えた。そして恐らく、少女は純粋な労働者としてではなく、手伝いという名目で運び屋「センリ」に身を置いているはずだ。健気に茶汲みをする少女に託けて、それとなく関係を教示してもらおう。
「気が利く娘さんですね」
あくまでも四方山話を投げるつもりで柔和な雰囲気を醸した。すると男は、思いもかけない返答をする。
「ありがとうございます」
まさか、前述に潰した父と子の関係を肯定されて、面を食らった。この事実を受け入れるには、男を童顔とし、間抜けな勘違いの引き金になったことを密かに標榜しなければ恥ずかしくてならない。この口元の歪みを隠すために出された茶を含む。
直後、テーブルの上に置いたジュラルミンケースに男の視線が落ちて、俺はソファーに深く座り直す。そして、本題となる運び屋に頼む仕事について話し出そうと一つ息を吸い込むと、先んじて男から切り出される。
「これを、運ぶのですか?」
こうなると話は早い。
「そうなんですよ。これを持って黒川港へ行って欲しいのです」
「なるほど」
幾ばくも不審がらず、身を粉にする仕事人の鋭意な顔付きは、門を叩くだけの価値があった。
「迷っているんです。この仕事を引き受けていいものか。命を晒すようなことだってあり得ますからね」
男は両手を結び、思案に相応しい態度と厳かな声の調子でもって、俺の持ってきたジュラルミンケースを睥睨する。
「……」
「だから私は決断した。貴方も、決断をして、ここに来ているんですよね?」
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