第27話 乱戦

「好都合でしたね、これでシモノ・セカイの実力を見極められそうですね」


 突如として邪神の眷属を名乗る者が襲来してきた事態に、秘書を務めるサラ・クライスラーが口にした。しかし、観戦席から様子を見るフューゼシカの表情は厳しいものだった。


「いいや、そんな余裕があるとは思えんがね」


 永きに渡って戦いに身を置いきた彼女だからこそ、わかる強さがある。相手の強さを理解するための魔眼などなくても、経験という肌感覚で異質さを感じとるのだ。


「アストレア、あれはどう見える?」

「普通にヤバい。真面目に戦ったら、おそらくここにいる学院生の半分は死ぬ」

「ああ、どうやらそのようだな」


 近くで観戦していたアストレアからも同意が得られ、フューゼシカは観察ではなく排除を選択する。


「サラ君、あれらとまともに戦えそうにない学院生たちは避難させたまえ。アストレア、あれの相手を頼む」

「わかった」


 アストレアが立ち上がるが、フューゼシカの傍にいる戦力は彼女だけではない。アストレアの忠言を聞いて、フューゼシカの傍でシモノたちの試合を見学していたものは他にもいる。


「ほら、なにをしているんだね。一年生のアストレアが戦うんだ、先輩であるキミたちにも戦ってもらうぞ」

「えー、あたしたちも戦うの。なんだか面倒臭そうじゃないの」


 マニキュアを塗っていた手を確認しながらイヴマリーが緊張感の欠片もない軽い口調で言った。


「許可を頂けるのであればわたしはかまいません」


 すでに緊張感を高め、油断なく構えていたソフィアは敵を見据えていた。

 やれやれ、イブマリー君は例の如く不安が残るね、とフューゼシカは思うが、戦姫であり魔導士として突出した二人に対処させない理由にはならない。

 舞台の上で異常者と対峙するシモノを見て、フューゼシカは愉快そうにつぶやいた。


「さてと予想外の事態だが、見せてもらおうかキミの真の実力とやらを」




        ※※※




「アリス、ファナさんを頼む」


 危険を感じとった俺が真っ先にしたのは、ファナさんの安全確保だ。

 観戦席では在校生たちが悲鳴を上げながらすでに避難を始めている。できればファナさんにみんなと一緒に逃げてもらいたいところだけど、相手の狙いがファナさんである以上在校生も一緒に巻き込まれる恐れがあるから、ファナさんをこの場から逃がすわけにはいかなかった。


「マイアさんも、ファナさんの護衛をお願いします」


 目についた傍仕えの少女にも声をかけつつ、俺はさらに状況を整理する。

 在校生たちが一斉に避難を始めている以上、学院側もこの事態を認識しているはず。だとすれば避難が完了次第、討伐するための戦力が来てくれるはずだ。


「なんとかそれまで持ちこたえるぞエクセリオン」

「おうよっ!」


 エクセリオンが返事をした直後、キマイラが襲いかかってくる。巨大な尖爪に引きさかれないうちに、俺は大きく跳躍した。しかし、その直後巨大な羽音とともに宙にいる俺の背後からガルダが迫ってきた。


「マスター、後ろだ」

「くっ!?」


 ガルダの一撃をどうにかエクセリオンで受け止めたが、その反動で俺は地面に叩きつけられそうになる。そこを待ち受けていたかのように無数の触手を携えたローズガーデンが襲い掛かってきた。


「シモノっ!」

「大丈夫だ、ここは俺がなんとかするっ!」


 触手に絡まれそうになり、仕方なく【インパーフェクト・ソードマスター】で斬り裂き、距離を取る。ローズガーデンの触手は無数にあり多少斬ったところで意味などないだろう。

 くっ、多勢に無勢か。このままだとすぐに限界が来るな。

 【インパーフェクト・ソードマスター】で一時的に剣聖の力を模倣することでどうにか場を凌いでいるが、体への負担が大きく過ぎて何度も使える魔法じゃない。

 しかしその後も【インパーフェクト・ソードマスター】を使わざるを得ない状況に陥った結果、膝が限界になり立ち上がることが困難になった。


「おいマスター、このままだとジリ貧だぞ」

「わかってる。いまそれを考えていたところだ」


 妙案が浮かばず膝をついたまま動けない俺のもとに、三使徒がじわじわと距離を詰めていたとき、


「これはわたしがもらう。空戦は得意」

「ア、 アストレアっ!?」


 騎士剣と青い鎧を纏ったアストレアが地面を跳躍してガルダに向かって斬り込んでいった。

 わりと身近な人物が救援に来たことで、俺は少しの呆気にとられる。


「こら、なにをぽかんとしているのよ一年生」


 えっ!? 誰だ、この人たちはっ!?


 俺の目の前には二人の少女の姿があった。ギャルっぽく制服を着崩してミニスカで胸元を開けた金髪の少女と、クラス委員長っぽいような堅苦しい雰囲気が滲み出てくるような表情の硬い少女だ。


「わたしはキマイラの相手をさせてもらいます」


 クラス委員長っぽい少女はそう宣言すると、キマイラのもとにゆっくりと近づいていく。

 危険だと俺が警告するより先に、キマイラが動きその尖爪でクラス委員長っぽい少女を斬り裂こうとする。

 し、死んだっ!? と俺が思っていたが、クラス委員長っぽい少女とキマイラの間には結界のようなものが貼られているのか、キマイラの尖爪は途中で動きを完全に止めていた。


「正義なき攻撃はわたしには通りません」


 クラス委員長っぽい少女は円錐状だったり直方体だったり様々な形の強固な結界を作り出して一方的にキマイラを傷つけ追い詰めていく。


「ちょっと、じゃああたしがあのキモいのの相手をしなくちゃならないじゃないの」


 そう嘆いたのは、ギャルっぽい金髪の少女だ。

 触手がうねうねと蠢くローズガーデンを前に、ギャルっぽい金髪の少女が指先をぱちんと鳴らす。たったそれだけで炎のカーテンが舞い降りたかのようにローズガーデンが業火に包まれ激痛に悶えるかのような悲鳴を上げた。

 つ、強ええええっ!? だ、誰なんだこの人たちはっ!?

 突如として現れた援軍に俺は完全に目を奪われていた。


「あら、自己紹介がまだだったわね。わたしは二年生で妖霊族のイヴマリ―・ヴィオレットガーデン、あっちの委員長っぽい子は幻想族で二年生のソフィア・アークフィールドね。学院長からの指示でこの場をどうにかしろって言われているわ。よろしくね人族の一年生君」


 戦闘中にこっちを見て自己紹介しているが、イヴマリー先輩は別の魔法を発現させたのか、再生しようとするローズガーデンを無数の氷の槍が貫き、再度悲鳴を上げさせている。

魔導士としての明確な格の違いに俺は思わずは固唾を呑んだ。


「あの、イヴマリー先輩」

「イヴって呼んでくれないと返事してあーげない」

「……イヴ先輩、他に救援はいないんですか?」

「さあ、この場にいないならそうなんじゃない。学院長の指示でどこかに赴いているか、それとも避難誘導をしているのか。いずれにせよ、この状況で遊んでいないのは確かでしょうね」


 ならあいつの相手は俺で決まりだな。

 俺の瞳に映るのは三体の魔獣を召喚してみせた邪神の眷属だ。


「そんなことより、状況的に見てあんたたちがあれと戦う構図になっているけど大丈夫なの?」

「一対一の勝負なら望むところですよ。イヴ先輩たちもお気をつけて」

「へえー。キミ一年生で、それも人族なのに、かなり肝が据わっているわね」


 そんなことを言いながら、イヴ先輩は覗き込むようにして俺のことを見た。制服をかなり着崩しているうえにワイシャツは第二ボタンまで空けているから、イヴ先輩の豊かな胸が作りだす魅力的な谷間がより強調されてしまった。

 む、胸の谷間が見えているんだがっ!? そ、それにこの人、な、なんか距離が近くないかっ!?


「あたしを前にして物怖じしないし、いきなりあれと戦えって言われても文句ひとつ言わないし。少し気に入っちゃった♡」


 そういって、イヴ先輩は俺に抱きついてくる。突如として豊満な胸を押し付けられ、俺は赤面するとともに、体の奥底からなぜか魔力が溢れてくるのを感じた。

 こ、これはっ!? 俺の魔力を回復させる魔法なのかっ!? 

 落ち着けマスター、とくに魔法を使われているわけじゃねえっ!? っていうか、なんでそんなことで魔力が回復するんだよっ!? いったいどういう体質しているんだっ!?

 煩悩魔法には、まだ俺の知らない深みがあるってことか。

 不思議なことに膝の痛みがすっかり消えて俺は立ち上がれるようになった。


「イヴマリー、これから死闘に臨む後輩に手を出すのは承服しませんね」

「あーら、残念。怒られちゃった。てへっ☆」


 キマイラを完全に圧倒しているソフィア先輩から窘められ、イヴ先輩は名残惜しそうに俺のもとを離れていく。


「でも、シモノ君。キミはけっこう面白そうだからこんなところでやられたりしないでね。それじゃまったねー」


 学院長が派遣してくれたイヴ先輩とソフィア先輩はもとより、アストレアも魔獣相手に奮戦している。三人とも厳しい状況でないことを確認したあと、俺は邪神の使徒と化したゲオルナッヘと対峙した。


「はんっ、まさか戦姫がわたしの三使徒の相手で、人族のお前がわたしの相手とはな。まさか本当に勝てると思っているんじゃないだろうな?」

「勝てると思っているに決まっているだろ」

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