第25話 世界の存亡のほうが大事

「シモノ、遅かったけどなにかあったけど?」

「まあ、あったことは否定しないけど試合には支障はねえよ」


 学院長との一件を口外せず、俺は試合の順番を待つことにした。

 アリスことは信用しているけど、大事な試合を前に余計なことを言って動きを鈍らせることがあったらよくないからな。

 やがて進行役を務める上級生の有志が俺とアリスを呼びに来て、俺たちは闘技場の舞台の上に上がることになった。

 俺が辺りを見回すと、観戦席にクロードやアストレア、それに学院長の姿を見えた。とはいえ前評判通り人族が二人も出る一年のクラス代表試合はあまり人気がないようだ。

 まあ今日はクラス代表試合を見ずに、クラスメイトたちと遊んでいても出席扱いになるそうだから、俺も他種族の立場ならサボりを決め込んだことは言うまでもない。

 とはいえ、観戦者があまりおらずまばらなこの状況は俺にとっては好都合だ。運が良ければここで勝利という実績とともに、俺の手の内をある程度まで隠せそうだからな。

 俺たちより少し遅れるように舞台にあがってきたファナさんとニースに対峙する。


「ふふっ、アリスさん、頭を下げれば少しは手加減してあげてもかまいませんわよ」

「はんっ、誰があんたなんかに頭下げるかってのっ!」

「卑しい人族にこのわたしに歯向かうことの愚かさを教えてあげますよ」

「教えられるもんなら教えてもらおうじゃねえかっ!」


 エルフ族は上から目線、人族は喧嘩っ早く喰らいつこうとするという構図。この闘技場にいる面々で誰もが下剋上など想像していないだろうが、俺たちは今日それをやってやるつもりだ。


「これより一学年Cクラス代表対一学年Dクラス代表との試合を始める。始めっ!」


 審判の教師の合図で、俺たちは一斉に動き出した。


「消し炭にしてやるわ」


アリスはファナさんに向かって、いきなり【ファイア・ボール】を放った。


「あら、そのような軟弱な炎ではなにも燃やせませんわよ」


 絶対の自信とともにファナさんが【ウィンド】で迎え撃つ。アリスとファナさん、二つの魔法が交錯した直後、両方とも派手に弾き飛んだ!


「わたしの魔法を前に潰さないとは少し腕をあげたようですね」


 俺の見立て通り、両者の魔法の威力は互角のようだ。最悪の想定では、アリスがファナさんに力負けを喫することだが、現状ならこの二人の勝負がすぐに決着するということはないだろう。

 ならこの試合の鍵を握るのは俺たちということになる。どちらかが相手を制し、仲間の加勢に行くのが最善の選択肢だ。


「先手は譲って差し上げますよ、劣等種」


 余裕綽々といった態度でニースが俺を挑発してきた。腹が立つがここでは何も言い返さず、ここはニースの誘いに乗っておくことにする。


『どうやら予想通り油断してくれているようだな』


 ああ、やつが調子をこいていられるのはいまのうちだ。予定通り行くぞエクセリオン。

 俺たちにはニースを瞬殺する自信があった。なぜならニースのこの対応は俺が想定した中で一番勝率が高くなる方法だったからだ。


「そうかよ。ならお言葉に甘えさせてもらうぜ」


 俺は敢えて左腰の剣帯に差してあるエクセリオンではなく、なにも差さっていない右腰から剣を取ろうとして手が宙を着る動作をする。


「くっくっくっ、剣を抜きたいのであれば左腰ですよ」


 あまりに素人じみた俺の動作に、ニースだけでなく観戦席からも失笑が零れる。そのうえ今度はこの両者からさらなる笑い声があがった。なぜならば、


「し、しまったっ!?」


 俺が手にしたエクセリオンからはふとした拍子で真ん中に嵌めこんであった赤い宝石のような球体が外れ、ころころとニースのほうに転がっていったからだ。


「あははは、戦う前から崩れ落ちるなんてもろい剣ですね。人族はまともな剣を買うお金すらないのですか」


 腹を抱えて天を仰ぎ一通り笑い飛ばしたあと、ニースは突然の事態に混乱する俺を明らかに見下ろしていた。


「さあ、どうしますか? 手の内がないなら降参してもいいですよ」


 完全に油断しきっているようだな。

これまでずっと我慢していた俺はこれから起こる事態を想像して不敵な笑みを浮かべる。

クズ相手ならどんな酷いことをしても許されると思っているから、この決断をするとき俺は爽快感に溢れていた。


「へっ、やっちまえエクセリオンっ!」

「おうよマスターっ!」

「な、なにぃぃぃぃぃっ!?」


 完全に誰の意識からも外れていた赤い宝石のような球体が突如として高速で飛翔し、ニースの顔面に直撃した。突然の事態にニースはエクセリオンの気配を悟り振り向くことはできたようだが、魔法で迎撃するなどの対処は一切できなかった。


「おっしゃ、かかった!」


 痛みを堪えながらこちらを睨みつけるニースは手で鼻を抑えているが、指の隙間からだらだらと鼻血が溢れでる。


「やっちまえマスターっ!」


 エクセリオンがニースから距離を取ったのを見計らい、俺は即座に攻性魔法を放とうとする。俺の手元には極大の【ウォーター】が生み出されていく。


「くっ、騙し討ちするなんて卑怯だぞっ!?」


 えっ、酷いって? 騙し討ちにもほどがあるだろって?

 ニースだけでなく観戦席から飛んでくる野次を聞きながら、俺は声高に叫ぶ。


「はんっ、騙し討ちが禁止なんてルールブックに書いてあったかよ。戦いの場で油断したこいつが間抜けなだけだろ。喰らえ【ウォーター】っ!」

「ぐあああああああああっ!?」


 俺の【ウォーター】に吹き飛ばされ、ニースは一瞬で闘技場の壁に叩きつけられた。完全に意識を奪い取れたかどうか確認はできていないが、起き上がれたところで障害はならないだろう。


「ニ、ニースっ!? なにを油断しているのですかっ!?」


 仲間が序盤であっさりと倒されたファナさんが動揺し、アリスから一瞬目を離してニースを見た。

さあ予定通り隙ができた。


「アリスっ!」

「ええ、任せるわシモノっ!」


 後ろに大きく退がるアリスと入れ違うようにして、俺がファナさんと対峙する。


「入れ替わったのはわかりますが、いったいなにをするつもりですか? シモノさん、わたくしは相手が誰であっても手を抜くつもりはありませんわ。それに、ニースがやられたとしても、わたくし一人であなた方を倒すくらいの自信はありますわ」


 これはファナさんの言葉が正しい。なにせファナさんの第二魔法はまともに戦えば俺たちでも敗れかねないほど強力な魔法だ。

 けど、一見完全無欠のような第二魔法にも弱点がないわけじゃない。第二魔法は生きた魔法を操るため扱いは非常に繊細なものであり、強靭な精神力が必要らしい。

 なら俺とアリスが入れ違った目的はなにかって? そんなものは決まっている、第二魔法の制御に一番重要なファナさんの精神力を乱すことだ

 すると今度はどうやって乱すか? という問題が生じてくるわけだが、まあもう俺の知人なら誰でも知っているように、俺はちょうど都合よくその手段がある。

 も、もちろん最初はかわいそうだと思っていたんだが、でも世界の存亡が関わっているならしかたないっ!? ほ、本当のことだぜっ!?


「アリスさんならともかく、特に名を轟かせたことのないあなたでは大怪我をしかねませんわ」


なんだかこの人、すごく俺に気を遣ってないか?

 すぐに攻性魔法を放たずに注意喚起してくれる辺り、かなりいい人だと思うんだが。そういえばファナさんはアリスに対して厳しい態度だったけど、同じ人族である俺は嘲笑されたことがなかったような……。


「これだけ警告して退かないというのであれば仕方ありません。なるべく怪我をさせないように倒して差し上げます」


 いや、考えるのはよそう。いまはとりあえず目の前のことに集中するべきだ。

 ファナさんじつはいい人説について考えるのを止め、俺は【ウィンド】を発現して正面からくる【ウィンド】を迎撃しておく。アリスのときと同じく、俺の場合もファナさんの【ウィンド】と相殺という結果だった。

 アリスのときとの違いを強いてあげるなら、俺の【ウィンド】はファナさんの【ウィンド】を押し込みつつあったから、僅かに俺のほうが優勢だったことだろう。


「なっ!? 人族なのにどうしてこうまでわたしの魔術に対抗することができるんですかっ!?」


 アリスだけでなく俺とも互角の戦いになりつつあることに、ファナさんは驚きを隠せなかった。

 その後お互いに何度か魔法を撃ち合うが決着はつかないまま、ファナさんが次第に落ち着きを取り戻しつつあるのか、逆に俺の魔法を押し返し始めた。


「率直に申し上げればここまでやれるのは驚きました。でも、これ以上後れを取るわけにはいきませんわ」


 さらにファナさんの魔法の勢いが増していく。僅かにあった俺の優勢はすぐに奪われ、戦いの流れはファナさんに傾きつつあった。

 おそらくは魔法戦の経験の差ってやつだろうな。マスターは接近戦をどうにかものにするのに手一杯で、純粋な魔法戦の経験がほぼねえ。自分の魔力であるマナだけじゃなくて、大気に浮かぶ魔力であるオドも利用しねえとファナ嬢には勝てねえだろうな。

 マナとかオドとか、俺のまったく知らない概念が出てきたためわけがわからなかったが、とりあえずこのまま戦い続けても勝ち目がないことはわかった。


「シモノ、容赦する必要はないわ、もうあれを仕掛けなさい。この試合の結果次第で人族の未来が決まるかもしれないのよ」


 後ろに退がっているアリスから声援が飛び、俺はいつの間にか純粋な魔法戦を専念していたことに気づく。


「ああ、そうだったな。なら遠慮せずにやらせてもらうぜ、喰らえ【ディス・アーマメント】っ!」


ファナさんに内心で謝りつつ魔法を発現した俺の右手から七色の閃光が放たれる。しかし、ファナさんの隙の無い【ウィンド】の前に掻き消されてしまった。


「くっ、【ディス・アーマメント】っ! 【ディス・アーマメント】っ! 【ディス・アーマメント】っ!」


 その後も何度か同じ魔法を放つが、ことごとくファナさんに防がれてしまった。


「残念でしたね。武装解除させようと考えたらしいけど、自分より高位の魔導士にそうそう刺さる魔術じゃありませんわ」


 純粋な魔法戦じゃ俺の力ではファナさんに一撃も届かないらしい。しかし目的は変えられないので、俺は手段を変えることにした。


「なら接近戦だ。あれをやるぞエクセリオンっ!」

「なっ!? ほ、本当にあれをやるのかよっ!?」

「いまさらなにを言っているんだ、お前だって試合前はあんなにやる気だったじゃないか」

「あ、あれはマスターが単独でやるからだろっ!?」

「わがまま言うなよ。あれじゃないと目的を果たせないのはお前もわかるだろ」

「いやだー、いやだー、俺は大賢者なんだぞっ!? しかも名剣である俺がなんであんなわけわからねえ魔法に使われなきゃならないんだっ!?」

「これで負けたら世界が滅ぶんだから勝ちに貢献するってことは世界を救うってことだ。大賢者で名剣らしくていいじゃないか」

「い、いやだ――――――――――――――――――――――――っ!?」


 泣き叫ぶエクセリオンにかまわず、俺は【インパーフェクト・ソードマスター】を発現した。

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