第8話 ある意味強敵の人
やれやれ、まったく七種族学院っていうのは本当に恐ろしい学院だな。
学院長による厳しい詰問をどうにか潜り抜け、オリエンテーション主体の午前の授業をこなした。そして昼休みにトイレを済ませたあと教室に戻るために廊下を歩いていると、まだ名前さえ知らない同じ学年の女子たちから刺し貫くような視線が俺に浴びせられてくる。不幸なことに送り手はみんな女子。ああ、本当に恐ろしい。
リラックスするためにゆっくり深呼吸をした後、俺は内心で思いっきり嘆く。
誰だよ学院長室での会話を流出させたのはっ!? お陰で俺の学院生活が速攻で詰みかけているんだがっ!?
とはいえ人族だから蔑まれているという可能性もあったので、俺はクラスの女の子たちの言葉に耳を傾けてみる。すると、
「えっ、なんであいつまだ生きてんの?」
「ホントだ、早くゴミ捨て場に捨ててこなくちゃ」
「人族っていう以前にさ、女の子を裸にひん剥く時点で人として終わっているよね」
マジでどこから俺の個人情報が流出したんだっ!? お、終わった―――――――っ!
思わずその場で膝から崩れ落ちた俺に、歯磨きを終えたアリスが深刻そうな顔で近づいてくる。
「ねえシモノ、あんたの件でよくない噂を聞いたんだけど」
ついにアリスの耳にも入っちまったか。
「あの噂、どこまでが本当のことなの?」
「どこまでって言ってもな。とりあえず全部本当のことだよ」
「えっ、じゃああなたが全裸でリーガル王国の王都を一周した挙句、後宮にいる王太后様のところに下着を盗みに行ったっていう話は本当だってことっ!?」
「ちょっと待て、誰だよそんな悪質のデマを流したのはっ!? 裸で王都一周なんてしてたら途中で警邏隊に捕まるだろうがっ!? それに後宮は男性立ち入り禁止だし、王太后様に至ってはもう齢90を超えてるお婆さんだぞっ!?」
「あたしのボケに全部回収する悪くないツッコミね。ぱっと思いついて吐いた嘘だったけど、案外楽しめるものね」
「お前が吐いた嘘だったのかよ」
「まあこれくらいしてもいいでしょう。どんな理由があるかわからないけど、あんたが本当のことをあたしにも教えてくれないんだし」
「噂が本当だっていう可能性を考えないのか?」
「あんたが趣味であたしを裸にひん剥いたって? あれがわざとじゃないのっていうのはあんたと直接戦ったあたしが一番よくわかっているわよ。嘗めないでよね」
「そっか、わるいなアリス」
「べつに謝れるようなことじゃないわよ。でも、周りがあんな嘘を信じてテキトーなことばっか言っているのが気に入らないっていうか、その……あんたが悪い奴じゃないのは……」
「なにか言ったか?」
「言ってないわよっ!?」
一瞬アリスが「あんたが悪い奴じゃないのはあたしが一番よく知っているし」と言っていたような気がするが気のせいだろう。俺に裸にひん剥かれたアリスがここまでいい印象を持っているわけがないしな。
「でも、あんたはあんなこと言われ放題でいいの?」
「かまわねえよ。最低でもファナさんたちと戦うときまでは嘗められてもらったほうが都合がいいからな」
「ま、あんたがそれでいいならいいけど……」
「なら今日は学校が終わったら町中に遊びに行こうぜ。飯でも奢ってやるよ」
「な、舐めないでよね。これでもあたし、もと公爵家の人間なんだから平民に奢られるほど落ちぶれていないわよ」
「いや、もうすでに落ちぶれているだろ。お前、俺の家で飯食っているだろうが」
「あ、あんたね~~~~~~っ!?」
なんてからかって俺はどうにか気持ちを持ち直すことができた。その後は特段トラブルもなく放課後になり、俺はアリスとともに下校する運びとなったのだが、
「そこの人族、ちょっと待つし」
アリスと一緒に帰ろうと廊下を歩く俺に背後から声がかかった。振り向くとそこには、五人の獣耳少女たちが俺を睨みつけている。それならまだ許容範囲だが、問題なのは魔力が高まっていることだ。
「アリス、先に行っててもらえるか」
「もしかしてあんたやる気?」
「喧嘩をすると退学もあり得るから避けたいところだが。王命に逆らって人族が侮られることに繋がるのは避けたい」
「まあこの喧嘩はあっちがふっかけてきたものだし、怪我をさせるつもりもないんでしょう。そういうことならこの場は手を出さないで見届けさせてもらうわ」
えっ、見届けるのかっ!?
アリスのなにかしらの矜持の現れなんだろうが、正直見られているとやりづらすぎるぞ。なにせ俺のやることといえば当然――。
「特別名の知られた相手でないのであればあんたがひけをとることはないでしょ。異種族であってもあんたが余裕で勝てるわよ」
異種族の強さがよくわかっていないからそう言ってもらえるのは助かるぜ。でも、問題なのはそこじゃないんだよな。
「い、いや、さ、先に行っていいぞっ!?」
「どうせすぐ終わるんでしょう。なら、あんたの戦いってやつを見届けてやるわよ」
なんか格好よく言ってるけど、本当に誇張なしでそんな大それた戦いじゃないからね。むしろまともに戦わないからね。
焦った俺がアリスに視線を送るが、アリスは心得ているわとでもいうように一度深く頷いた。
ま、まずいっ!? ぜ、ぜんぜんは話が通じていないっ!?
そんなとき、俺の前で立ちふさがる同学年の少女が詰問してくる。
「あなたがいま噂になっている、変態野郎で間違いないし?」
「だ、だったらどうだっていうんだっ!?」
焦っている俺がどもった返事をすると、向こうは俺が脅えていると勘違いしたのか、強気をアピールするように一歩前に出てきた。
「ただでさえ劣っている人族なのに、そのうえ変質者と一緒に学院に通うなんてありえいし。いますぐ退学するみたいな」
「断ると言ったらどうするつもりだ?」
「決まっているし。――こうみたいな!」
真ん中にいる獣耳少女が俺に【ウォーター】を放ってきた。獣人は魔法を不得手として身体能力に秀でた種族と聞いていたが、普通に魔法を発現することはできるらしい。
アリスとの決戦で離れしつつある俺は咄嗟に後ろに跳躍して【ウォーター】を躱してみせる。
「おい、学院内での魔法の行使は禁じられているぞ」
「教師が来る前に片づけちまえば問題ないみたいな」
「なるほど。それがありなら、俺がなにをしてもいいっていうことだな」
「はんっ、できるものならしてみせろし」
正直さっきまでは身を守るためとはいえ少し気が引けていたんだけど、周りの迷惑を鑑みずに平気で校則を破ってまで俺を潰しに来る連中になら、多少手荒なことをしても許されるだろう。
「喰らうし! 【ウォーター】!」
「甘い、【ウォーター】!」
「なっ!? どうして同じ下級魔法同士で人族に撃ち負けるしっ!?」
「はんっ、そんなのはお前らが未熟だからに決まってるだろ」
獣人族は魔法よりむしろ純粋な身体能力に秀でた種族だ。いま俺が警戒するべきなのは、
「させるかっ!?」
人間離れした脚力で一気に間合いを詰めてきた獣人族の女の子五人に、不慣れな体術で挑むつもりはなかった。
「喰らえ【ウィンド】っ!」
俺が魔法を発現すると、どこからともなく吹き荒れる風が獣人族女の子五人のスカートをさっと巻き上げる。
「パ、パンチラ【ウィンド】っ!? ~~~~~~~~っ!? ふ、ふざけるなしっ!?」
だが、突然の事態にスカートを抑えるために獣人族の女の子たちの動きが完全に止まった。
「一度しか言わないぜ。もう俺とお前らとの実力差はわかったはずだ。これ以上戦いを続けたところでお前たちは勝てねえよ。このまま踵を返すっていうんならもう俺も手を出そうと思わないがどうするんだ?」
「な、舐めるなしっ!? 劣等な人族風情みたいなっ!?」
獣人族の女の子たちはここで俺の息の根を止めると決意したように、それぞれが剣や鉄爪などの武器を召喚する。獣人族は武装召喚魔法を幼少の頃に必ず覚えさせられるとともに、武具の扱いについて徹底して教え込まれるというのは有名な話だ。
これは完全にアウトだな。ならこの子たちには俺に手を出そうとしたことを後悔してもらおう。
「そういうことなら仕方ないな。なら人族に手を出すと痛いめに遭うっていう教訓を持ち帰ってもらうことにするぜ。喰らえ【ディス・アーマメント】っ!?」
その直後、俺の手から放たれた虹色の閃光が、五人の獣人族の女の子たちに降り注ぐ。すると、彼女たちが手にしていた武器と一切の衣類が一斉に弾け飛んだ。
「なっ!? ぶ、武器だけでなく、ふ、服まで吹き飛ばしたしっ!?」
健気にもリーダー格の獣人族の女の子はまだ戦おうと俺を睨みつけているが、腕で要所を隠すその体勢で満足に俺と戦えるわけがない。
ここでリーダー格の女の子に誤算があったことが判明する。じつはリーダー格以外の子は突然素っ裸になった事態に思考が追いついておらず、数泊遅れて自分たちが生まれたままの姿になったことに気づいたのだ。
「「「「きゃ、きゃあああああああああっ!?」」」」
「お、お前ら、に、逃げるなしっ!?」
俺の全力の武装解除魔法を喰らった獣人族の女の子たちは、俺プラス廊下に騒ぎを見ていた男子たちの視線に気づき、一目散に走り去っていった。リーダー格の女の子は一人残って悔しそうに俺を睨みつけていたが、
「その格好でまだ戦うっていうなら俺はもっとひどい魔法を使うだけだ。そうしたらお前の人生が間違いなく詰むぞ。それでもやろうっていうのか?」
「……む、無念だし」
涙目になりながら俺に背を向け走り去っていった。
かくして俺は怪我をすることなく、獣人族の女の子たちを撃退することに成功したのだった。
まあ俺にかかれば獣人族の女の子なんてひとひねりといったところだ。
「あんたね、わかってはいけどもう少し普通に勝つことはできないの?」
内心で勝利宣言をしてみたら、アリスに呆れ顔で俺のことを咎めてくる。
「まさか。俺がまともに戦ったらぼこぼこにされるに決まってんだろ」
そう言うと何もアリスは何も返事をせずに俺のことを無視して歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれよアリスっ!? せ、せめて言い訳でも聞いてくれっ!?」
このあと話をしてみてわかったんだが、アリスは俺が朝の日課で発揮するような身体能力を駆使して、少年漫画みたいなノリで巧みな体術のみで全員を軽くあしらうっていうのが見たかったらしい。
だが、俺は天啓的にそういう格好いいのとは縁遠いし、クラス代表試合までは実力を伏せておく方針だから、周りからはある意味強敵として恐れられておくに留めるつもりだ。
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