5.ミエト侯爵家の所領

「ミノタウロスの肉です。お納めください」


 巨大な牛の上半身を持つモンスターを、ロヴィーサ嬢が仕留めて来て下さった。

 王城に入るとき、ロヴィーサ嬢はあくまでも冒険者の『赤毛のマティルダ』として来る。『赤毛のマティルダ』の納品するモンスターの肉はすぐに厨房に運ばれた。


 ミノタウロスの肉は牛肉とよく似ていてとても美味しいのだ。

 僕は今から食べるのが楽しみだった。


 別荘から帰ってから、ワイバーンの肉の残りを干し肉にしたものしか食べていないので、かなり体調も悪くなっていた。

 それでもロヴィーサ嬢に会いたくて、僕はエリアス兄上とエルランド兄上と王城の応接間に来ていた。

 微熱が出ているせいで、頭がくらくらする。

 普通のものが食べられないというのは、ときにとても不便だ。


「お茶会のときに、何も口にされていなかったでしょう。もしかしてと思って、ミノタウロスの周囲にいた、雌の牛のモンスターから乳を搾って持って参りました」


 僕の体が徹底的にモンスター由来のものしか受け付けないと、聡いロヴィーサ嬢は気付いていたようだ。ミルクの入った瓶を渡されて、僕はそれを爺やに手渡す。僕がカップに入れたら手が震えて零してしまいそうだったのだ。

 爺やは僕のカップにミルクをたっぷり入れてくれた。


 紅茶とミルクが混じると、僕にでも飲めるようになる。普通の牛から出るミルクは飲めないので、このミルクは大事に使わなければいけない。


「魔物の森に生える、魔力に浸食された果物も幾つか持って参りました」

「果物! 果物が食べられるのですか!?」

「常人には毒とされていますが、モンスターの肉で魔力を得るエドヴァルド殿下ならば食べられるのではないかと思ったのです」


 果物に関しては、これまで食べたことはなかったが、爺やが毒見をしてみて、食べられることが分かった。こういうときには魔族の爺やはとても役に立ってくれる。


「果物が食べられることなどありませんからな。これはケーキにしてもらいましょう」

「僕がケーキを食べられる……。最高の気分です、ロヴィーサ嬢、ありがとうございます」


 ケーキなど生まれてから食べたことがなかった。

 ロヴィーサ嬢は他にもコカトリスの卵や魔力に浸食された小麦なども腰のマジックポーチから出してくださった。

 食べられるものが増えて喜んでいる僕は、紅茶に入れたミルクのおかげで微熱も下がっていた。


「失礼ですが、エドヴァルド殿下はモンスター由来のものを食べないとどうなるのですか?」

「体調を崩して、魔力が枯渇して、死に至ると爺やは言っています。魔族の国ではそうならないように、モンスターを常に子どもに大量に食べさせているそうです」


 僕が答えると、ロヴィーサ嬢は難しい表情をしている。


「命に関わるのですね。他に食べられるものはないのですか?」

「食べても吐いてしまうことが多いですし、栄養にはならないのです」


 モンスター由来のものしか受け付けない体質を呪ったことは何度もある。

 姉上や兄上たちは普通の人間として生まれたのに、僕だけが魔族として生まれてしまったことを憎んだこともある。

 それでも、僕がひねくれずに育ったのは、ヒルダ姉上、エリアス兄上、エルランド兄上、父上、それに爺やが惜しみなく愛情を注いでくれたからだった。


 ヒルダ姉上は冒険者ギルドに出向いて、『赤毛のマティルダ』だったロヴィーサ嬢と交渉して、契約を結ぶまでしてくれていた。

 ヒルダ姉上が隣国にお嫁に行った後も、僕はロヴィーサ嬢と契約を引き続き結べている。


「エリアス兄上、エルランド兄上、ロヴィーサ嬢が研究課程に進めるように援助はできませんか?」

「援助というか、王城でロヴィーサ殿が十分に暮らして行けるだけの報奨金は支払うつもりだ」

「それの使い道を決めるのはロヴィーサ殿ではないかな」


 エリアス兄上とエルランド兄上は、ロヴィーサ嬢に研究課程に進んで余りあるお金を出すと言っている。


「侯爵家の娘として、教育はきちんと受けておきたいと思っております」

「そうですね。そうでないと、エドのことを任せられません」

「所領を取り返した暁には、エドとの婚約を」


 エリアス兄上とエルランド兄上の言葉に、ロヴィーサ嬢が目を丸くしている。


「わたくしが、エドヴァルド殿下と婚約を!?」

「年は離れていますが、貴族、王族の結婚とはそのようなものです」

「ロヴィーサ嬢ならば、エドに毎日お腹いっぱいモンスターを食べさせてくれる。今日の心遣いでも感じました」

「いえいえいえいえ、わたくしがエロヴァルド殿下と婚約なんて畏れ多いです」


 思い切り拒否されてしまった。

 僕は病弱だし、魔族だし、王家にいつまでもいられると思っていない。

 ロヴィーサ嬢の逞しさに僕は一目惚れしていたし、ロヴィーサ嬢ならば結婚したら一生僕に必要なだけのモンスターを取って来てくれそうな気がするのだ。


「心配は無用です。成人すれば僕はそんなに頻繁にモンスターの肉を必要としなくなります」

「そういう心配をしているわけではなくて……。わたくしは所領を失った侯爵家の娘なのですよ? 周囲が許すわけがありません」

「それは、所領を取り戻す方法を考えます」


 僕だけでは無理なので、エリアス兄上とエルランド兄上に協力してもらうことになるが。

 僕が言えば、ロヴィーサ嬢は言葉を失ったようだ。


「侯爵家に生まれたので、政略結婚は仕方がないものだと思っておりましたが、わたくしは、侯爵家の唯一の娘です。王家に嫁ぐわけには……」

「僕が侯爵家に臣籍降下します」

「え!? エドヴァルド殿下が!?」


 驚きの連続でロヴィーサ嬢はそれ以上ものが言えなくなってしまっているようだった。

 ロヴィーサ嬢と僕との幸せな未来のためにも、侯爵家の所領は早いうちに取り戻さなければいけない。

 ロヴィーサ嬢が帰ってから、僕はエルランド兄上と一緒にロヴィーサ嬢の父上を騙した相手を突き止めることにした。


 侯爵家の所領を売り渡した相手は誰なのか。


 侯爵家に借金があると嘘を吹き込んだ相手は誰なのか。


 この国の土地は全て国王の管理下にあるので、記録が残っているはずである。

 侯爵家の所領といえども、元は国王の土地で、売り払うには国王の許可がいる。


「侯爵家と隣接する伯爵家に土地を売り払っているな」

「ミエト侯爵家とは親戚だったようですね」

「借金を返すために、伯爵家に所領を貸して、一時的に金を借りるつもりが、そのまま奪い取られた形になったのかな」


 王家の記録を見てみるとそんなことが読み取れた。

 王家に提出されているのは、所領の借用証なのに、伯爵家はその後、その所領を自分のものとして提出し直している。


「記録を見直さなければ分からなかったな」

「借りたものなら返さねばなりませんよね」

「その通りだ。伯爵家にその方向で問い詰めてみよう」


 エルランド兄上の力を借りて、僕はミエト侯爵家の所領がどうなったかを知ることができた。

 ここから先はエリアス兄上の力も借りなければいけない。

 伯爵家が白を切り通す気ならば、父上の力も借りなければいけない。


「エルランド兄上は、僕がロヴィーサ嬢と婚約することをどう思っていますか?」

「父上ともよく話さねばならないけれど、ロヴィーサ嬢ほどの手練れならば、エドのそばにいてくれたら安心だと思っているよ」


 エルランド兄上はロヴィーサ嬢がワイバーンを倒せる女性であることに信頼を置いていた。僕も同じくロヴィーサ嬢がワイバーンを倒すところを見て惚れたので、エルランド兄上とは話が合いそうだ。


「エルランド兄上、大好きです」

「私もエドが大好きだよ、可愛いエド」


 飛び付くとエルランド兄上は僕を抱き締めてくれる。

 僕が魔族でも僕の家族は僕を愛してくれていた。

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