第28話 スーパーでの買い物

 スーパーで買い物していると、特徴的なツインテールを見かけた。綾瀬だ。

 自分も買い物しつつ様子を眺めていると、野菜コーナーを延々と回っている。

 どうやら迷っているらしい。


「なんの場所が分からないの?」


 声をかけると、綾瀬は顔を上げた。その手にはメモが握られている。

 

「あっ、春野くん。えっと……レタス」

「レタスはたぶんこっちだよ。……あっ、ほら、ここ」

「そっちなのね。ありがとう」


 何気なく綾瀬の持つカゴの中を見て気づいた。

 野菜。そして栄養の入っているらしいゼリー。それだけだ。


「綾瀬さん、それ栄養足りないんじゃ……」

「えっ、いや……まぁ、そうかもだけど……」

「野菜だけじゃなくて肉とかも食べないと」

「そ、そうなんだけどね。サラダもそろそろ飽きてきたし、そうしたいとこなんだけど……」


 綾瀬の口ぶりから、あることが頭の中で引っかかる。

 

「まさか綾瀬さん、引っ越してきてからずっとサラダ!?」

「だっ、だってしょうがないじゃない! 料理作れないんだもの……コンビニ弁当はお昼に食べてるから、夜は違うものが食べたいし……」

「いや、でもスマホとか見たらレシピは載ってるから、それ見たらいけるんじゃないかな」

「レシピは見たって作れるものじゃないのよ」

「えっ、でもその通りにやれば……」

「その通りにやっててもなぜかできないのよ……レシピ通りのはずなのに、気づけばただの炭に……」

「それでずっとサラダなのか……」


 どうレシピ通りに作ったら炭になるんだ。たぶん火加減かなにかがおかしいんだろう。

 あの洗濯機の日のことを思い出す。綾瀬は水栓の存在を知らなかった。それと同じ感じか。

 まだ彼女のポンコツ具合は健在ということらしい。

 となればまたあの日みたいに……

 

「サラダは切って盛り付けるだけでいいじゃない? 肉とかは全滅するから、いつもサラダだけ残るのよね」

「……ちょっと、作ってるとこ見てみてもいい?」

「え? なんで?」

「俺、一応軽く料理はできるし、なにかアドバイスできないかと思って……てお節介だしちょっとあれかな」

「えっ、でもそんなの春野くんに悪いわよ。自分でできるようになるまで頑張るから大丈夫……あっ、キモいから嫌とかじゃないからね。本当に申し訳ないと思ってるからで」

「でもその食事だったらできるようになるまでに倒れるぞ。むしろやらせてくれ。怖いから」

「それは……そうだけど……」


 綾瀬は戸惑ったような顔をする。

 でも今のままじゃいけないのも分かっているんだろう。

 少し考えるような表情をしてから頷いた。

 

「今日のレシピはなんだったんだ?」

「今日は豚肉の生姜焼きと味噌汁……だけどたぶん諦めてサラダとゼリー」

「それだったら俺も作れる。たぶん火加減のタイミングとか覚えたら作れるようになるから」


 良かった。もし難しい料理だったらできなかった。

 なんだかんだ言って俺も、何とか自炊ができている、という程度で料理に関しては初心者だからな。ただそれなりの味のものと生きていける程度のものは作れる。

 さっきからなにか考えているらしい綾瀬は閃いたような顔をした。

 

「じゃあ、私の家でご飯食べていって。そしたら一回分の食費も浮くわけだし、春野くんにもメリットができる」

「いや、俺のはただのお節介なんだから、逆に悪いよ」

「でも元の材料としては、1人前より絶対多いんだもの。作る分にはその方が楽になるし。私の方がメリット多いくらいよ」

「まぁ、それはそうかもしれないけど、でも……」


 渋る俺を押し通すように、綾瀬はさらに畳み掛ける。

 

「気にしないで。私はアイドルやってた貯金で一人暮らししてるの。その本人が良いって言うんだから」

「じゃあ、ありがとう」

「えーっと、あと必要なのはサラダのための豆腐、か。あれ? 豆腐って色々種類あるのね……どれ……?」


 綾瀬が再びメモを見、そして豆腐コーナーの前に立つ。何度かメモと豆腐を見比べて、顔をしかめた。

 

「どういうの作ろうとしてるかは分からないけど、たぶん木綿かな」

「へぇ! 今まで適当なの選んで変な味になってたのよね」


 待って、そこからか……

 

「お、おぅ……」

「えーっと次は……って春野くんは、買いに行かなくていいの?」

「俺の分は後で買うよ。ちょっと心配だし」


 この感じじゃレシピ通りに買い物ができてるかどうかすら怪しい。

 

「そう? じゃ、次は豚肉……部位はロース……薄切り……これかな」

「うん。それだな」

「生姜チューブは家にあるから……あとはネギだけね」


 順調に買い物は進み、綾瀬は全ての具材をカゴに入れ終えた。お会計をしている間に、俺は自分の分の買い物をする。今日の晩ご飯は綾瀬の家にお世話になることになったけど、明日からはちゃんと作らないといけないし。

 スーパーの前で集合し、家へと歩き出す。

 

「これで終わったわね」

「荷物持とうか?」

「いいわ。そんなヤワじゃないし。あとトレーニングにもなるんだから。筋トレには日常の動作もけっこう重要なのよ」

「やっぱ普段から意識してるんだな」

「まぁね」


 綾瀬が頷く。

 アイドルになるための努力は凄いんだよな。いつも遅めに帰ってきてたりするし。

 しばらく歩いていると、綾瀬はなにか思い出したように俺を見た。

 

「……そういえば風花ちゃんとはどうなの?」

「どうして泡羽が……?」

「それはその……2人の友人として見守っているっていうか。だって、だんだん距離詰め始めてるんでしょ?」

「あぁ、まぁな……」

「で、どうなの?」

「どうなのって言われても……仲良くなってはきてるよ」

「じゃ、良かった」


 単に気になるだけなのだろうか。

 綾瀬は嬉しそうに頷くと、少し歩く速度を早めた。

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