第3話

 夜に出掛ける約束をしたのはいいが、両親の了承を得ていないなんて聞いてない!


 物音立てず裏口からこっそり出るぞと言われた時、アメリアは少し後悔を覚えた。


 やはり夜に出歩くのは危ないんじゃないかと聞けば、レオンはたまに抜け出すこともあるけど、危ない目に遭ったことはないと言う。


 不良だと呟いたアメリアに、彼は男ならみんなやってると笑っていたけれど、どの層を指してみんなと言っているのか怪しいものだ。


 彼の言うとおりの抜け道を使うと、本当に誰にも気付かれず外に出ることができた。

 するとアメリアの中にも不思議な解放感が生まれ、少しだけワクワクしてきてしまったことは、黙っておく。


 どこに向かうのかと聞いても、教えてくれないレオンについて行くと、彼は町外れの林の奥へと入っていった。


 こんな場所でいったいなにをする気なのか。


 レオンは躊躇なく用意していたランプで足元を照らし、さらに奥へ進んでゆく。

 整備されていないデコボコ道は歩きづらく、アメリアは何度も蹴躓きながら、必死でレオンについて行った。


「わっ」

 出っ張っていた木の根に蹴躓きバランスを崩したが、レオンに支えられなんとか転ぶことなく体制を立て直す。


「あっぶねー……日頃引き篭もってばっかだから、運動不足なんじゃねえの?」

「……運動不足は関係ないと、思う」


 とはいうものの、息一つ乱していないレオンに対して、ぜぇぜぇと呼吸するアメリア。

 疲労から足がもつれ転びやすくなっていると指摘されれば、言い返すことはできない。


「ほら、もう少しだから掴まれよ」

「え……」

 レオンは、オレが引っ張ってやると手を差し出してきた。

 少しだけ抵抗を感じつつ、断るのも気まずいのでアメリアはその手をとる。


「よし、行くぞ!」

「わぁっ」

 グイッと引っ張られ歩きだす。

 確かに転びそうになってもすぐに支えてもらえるし、先程より歩くのが楽に感じる……けど。


(な、なんだか……恥ずかしい)


 身長はそれ程自分と変わらないし、普段あまり意識することはなかったのだが、レオンの手はアメリアより大きかった。


 それから自分を軽々支えてくれる力強さを感じ、なんだか異性なのだと意識してしまう。

 そうしたら、急にソワソワした気持ちになってきた。


 手が汗ばんできたのをレオンに気付かれたらどうしよう。

 そんなことを思い始めた頃、彼は足を止めた。


「なあ、もう着くから目瞑って」

「えっ、嫌だよ。こんなところで目を瞑ったら歩けない」

「大丈夫。オレがちゃんと誘導するから」

「……そんなこと言って、わたしをここに捨てていく気じゃ」

「しねーよ! オレをどんな鬼畜だと思ってるんだ」


 呆れ顔のレオンに急かされ、仕方なくアメリアはぎゅっと目を瞑った。


「本当に置いてけぼりにしない?」

「しないって! ……オマエ、怖がりなんだな」

「後ろから脅かしたり、急にいなくなるのもなしだよ」

「わかった、わかった」


 これなら怖くないだろ、とレオンは再びアメリアの手を取り、ゆっくり誘導するように歩きだす。






「ほら、着いた! 目、開けてみろよ」

「…………っ!」

 恐る恐る目を開いたアメリアは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。


 なんてキレイなのだろう。小さな光がふんわりと辺りに沢山漂っている。


「ウチの領土の自慢の一つ。蛍は水がキレイな場所にしか生息しないんだ」

「これが蛍……キレイ。星空の中にいるみたい」

「だろ!」

 蛍の光を初めて見たアメリアは、感動の溜息を零す。そんな彼女を見て、レオンも満足げに笑った。


「今の時期しか見れない景色だから、オマエにも見せたかったんだ」

 来てよかったとアメリアは思った。

 こんなに感動する景色を見られたのは、生まれてはじめてだ。

 だから、レオンにお礼を言わなければと思ったのだけど。


「今日は着いてきてくれて、ありがとな」

 屈託なくレオンは笑った。


(どうしてレオンがお礼を言うの? お礼を言いたいのはこっちなのに)

 そう思いながらも、上手く気持ちを言葉に出来なくて、アメリアは結局俯いてしまう。


「ん? どうした?」

「……なんでもない」

「そっか……なあ、これからも勉強がんばって、一緒に学園に入学しような!」

 レオンに力強くそう言われ、意外だなとアメリアは思った。


「レオンは、学園でなにを学びたいの?」

 そんな熱意があるということは、きっと彼にも目指すものがあるのだろう。

「言ったことなかったっけ。オレ、聖騎士を目指してるんだ」

 聖騎士になるためには、ジェドル王立学園の、特別クラス卒業が必須だからな、とレオンは言った。


(聖騎士って……)

 だが、それを聞いてアメリアは反射的に一歩後退る。


「刻印を貰って生まれてきたからには、せっかく神に与えられた力を役立てたいだろ」

 レオンは、キラキラとした笑顔でそう言った。


 確かにレオンの右手の甲には不思議な印が刻まれており、入墨タトゥーかと思っていたが、それは神からの刻印おくりものと言われるものだったらしい。


 アメリアも聞いたことがある。この世界では稀に刻印を持ち生まれてくる者がいて、その者たちは神から使命を受けた聖なる使いなのだと。


「なんで急に距離を取るんだよ」

 突然ぎこちなく後退ったアメリアを、レオンが不思議そうに見てくる。

「だ、だって聖騎士って……魔女を狩る職業でしょ?」

「まあ、それだけじゃねーけど、簡単に言うと魔を粛清する騎士のことだな」


「…………」

 彼には、魔女の娘と呼ばれていた自分が、どう映っているのだろうと、少し不安に思ったのだが。


「だからさ、オマエのことも守ってやる。人を誑かす悪魔に怯えないように」

「っ」


 レオンにとっては、なんてことない言葉だったのだろう。国民を悪魔から守るのが、聖騎士の仕事なのだから。


 けれど、アメリアにとってその言葉は、特別なものとなった。

 レオンが自分のことを、少しも魔女だと差別しないでいてくれていることを実感し、少しだけ涙が出そうになったのをぐっと堪える。


 魔女のような赤い目をしたこんな自分のことを、彼は守ると言ってくれたのだ。

 それが嬉しくて……。


 それからは二人とも黙ってしばらく蛍の光を眺めていた。






 蛍の光を堪能した後、またアメリアが転ばないよう手を繋いで、二人は帰路に着いた。


 こっそり裏口からしんと静まり返った屋敷の中に戻る。物音を立てないよう……。


「な! 誰にもバレなかっただろ」

「う、うん……」

 あれから結局レオンにお礼の一つも言えないままだ。


「じゃあ、また明日な」

 レオンはアメリアを部屋の前まで送ってくれた。


 結局、今日も「ありがとう」の一言を伝えられないまま終わってしまう。


 でも、怖いのだ。喜びでも悲しみでも、自分の気持ちを相手に伝えるのは躊躇してしまう。


 一度喜ばせ突き落とすようなことをしてくる意地悪な人たちに、今まで散々嫌な目に遭わされてきたから……レオンは、きっとそんな人達とは違うと、もう分かっているのに。


 アメリアは不甲斐ない自分に悲しくなって俯いた。


「どうかしたのか?」

 そんなアメリアの様子に気付いたレオンが戻ってきて、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……もしかして、オレが無理言って連れ出したりしたから」

 イヤだったか? と、レオンは少し悲しそうな顔をした。


「ちがっ」

 違うのに、そんな顔をさせたかったわけじゃない。


「違うの。あの、ね……き、今日は……ありがとう」

 勇気を出して声を絞り出す。

「え……ああ!」

 するとレオンは、嬉しそうに笑ってくれた。


 その顔を見て、自分は何を怖がっていたのだろうと思った。


「嬉しかった……、また連れてって欲しい」

 身体に入っていた変な緊張が解け、レオンにつられるようにアメリアも笑った。


「っ! ……へへ」

「レオン?」

「はじめて見た、オマエの笑った顔!」


 改めてそんな風に言われると少し恥ずかしいけれど、レオンがまた嬉しそうに笑ってくれたのが、アメリアもなんだか嬉しくて笑った。




 それからというもの、二人はたまにこっそりと伯爵たちには内緒で、夜遊びに繰り出すようになったのだった。

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