虐げられて育った魔女の娘は、幼馴染みの溺愛に気付けない
桜月ことは
一度目の恋
14歳 伯爵家での出会い
第1話
アメリアは両親を知らずに育った。
彼女を養子に引き取った老紳士のガーディナー男爵が言うに、アメリアの父は不明だが、母は魔女だったそうだ。
幼い頃、最初にその事実を聞かされた時は、それなりにショックだった。
アメリアの育った小国では、魔女といえば悪魔と交わり人を誑かせたり呪い殺したりする、恐ろしい存在とされていたから。
現にアメリアの母は、罪を侵し魔女狩りで命を落としたらしい。
それだけじゃない。この国では珍しい黒髪とルビーのような赤い瞳を持つアメリアの容姿は、怖い童話に出てくる悪い魔女そのもので、不吉だと、道を歩けば石を投げつけられることもあった。
それなのに、男爵だけは、いつもアメリアを大切にしてくれた。どうしてこんな自分を引き取ったのか、自分が怖くないのかと男爵に聞いたことがある。
自分には魔女のような見た目だけではなく、母親譲りの魔力まで宿っているというのに。
だが、男爵は笑いながら言った。こんなに心優しくかわいいアメリアが、怖いわけないじゃないか、と。
そして、魔力があるのは、もっと誇っていい才能なんだよ、と。
皆から疎まれる力なのに? とその理由が分からないでいるアメリアに、男爵は教えてくれた。
この小国では魔術の全てが恐れられているが、海を渡った大陸では、悪魔と交わらない限り、魔力を持つ者は魔術師と呼ばれ、引く手数多の才能なのだ、と。
「だからアメリア、君も読み書きが出来るようになったら大陸に渡りなさい。君の才能を腐らせては勿体ない」
自分に唯一優しくしてくれる、親代わりの男爵と離れたくなくて、アメリアはそれを拒んでいたが、男爵はアメリアが十三歳の時に亡くなった。
それからというもの、家督を継いだ男爵の長男家族はアメリアをよく思っておらず、アメリアは居場所を失ってしまった。
一人ぼっちになったアメリアは、泣き続けやがて涙も枯れた頃、生前のガーディナー男爵に後継人を頼まれていたというブレイクリー伯爵が迎えに来て、十四歳で大陸に連れて行かれた。
魔術学科もあるジェドル国立学園に入るには、難関な入学試験が必要だったため、アメリアは約一年ブレイクリー伯爵家でお世話になることになった。
そこで同じ年の男の子と出逢った。伯爵家の嫡男レオン・ブレイクリーだ。
銀髪に碧眼の美少年レオンは、社交的で異国からやってきたアメリアにも興味津々のようだったが、人見知りなうえ試験勉強に追われていたアメリアは、必要以上にブレイクリー家の人たちと関わらず、部屋に籠もって勉強を続けた。
早く学園生になって寮生活を送りたい。
ブレイクリー家の人々は皆良い人たちだったけれど、アメリアにとっては居心地が悪かった。ここは自分の居場所ではない、そんな気がして……。
◇◇◇
ブレイクリー伯爵家にお世話になって早数カ月。
ガーディナー男爵が亡くなって以降、屋根裏部屋で硬いパンと具のない薄いスープしか与えられない生活から一変、何不自由ない生活を送らせてもらい感謝している。
けれど、自分は余所者だ。ブレイクリー家の家族の輪の中に入ることは気が引ける。
だからアメリアは、一定の距離をとりながら、勉強を口実に部屋に籠もる日々を過ごしていた。
そんなアメリアの気持ちを察してか、伯爵たちもアメリアを、そっとしておいてくれる。ただ一人を除いて。
「なあ、ずっと部屋に一人でいて暇じゃねーの?」
社交的なレオンは、好きで引きこもっているアメリアの気持ちが理解できないようだった。
「……暇じゃない」
質問してきたレオンの方を向くことなく、アメリアは家庭教師に与えられた問題を解きながら答える。
「たまには身体を動かさないと体力なくなるぜ」
「……平気。運動きらい」
「へー、運動は嫌いなのか。じゃあさっ」
「レオン坊っちゃま、今は勉強の時間ですよ。アメリアお嬢様を見習って、問題を解いてください」
「ちぇっ、分かってるよ。ていうか、その坊っちゃまって呼び方は、いい加減やめてくれ」
家庭教師にピシャリと指摘され、レオンは唇を尖らせながらも諦めて机に向かった。
アメリアはもちろんだが、レオンもジェドル国立学園への入学を目指しているらしい。
全然勉強が好きそうにはみえないが、伯爵家の跡取り息子としては、大陸一の最難関校を出ることで泊を付けたいという両親の意向なのだろうとアメリアは勝手に思っていた。
興味ないし話をするのも億劫なので、彼に直接志望動機を聞いたことはないけれど、そういった理由で通う貴族や王族のご子息ご令嬢も多いと聞くから。
「二人とも素晴らしい! さあさあ、次のページを開いてください」
「げーっ、まだやるのかよ!」
レオンは頭を抱え文句を言っているが、解いた問題は全問正解していた。
ヤンチャでケガの絶えない少年だが、勉強が苦手なわけではないらしい。
「オマエ、休日まで勉強に費やして飽きねーの?」
とある休日の昼下り。
その日もアメリアは朝食を部屋に届けてもらい、こもって勉強し続けていたのだが、そんな静寂を破るようにレオンがひょっこり顔を出す。
いつものことだ。いつものことなのだが、本当にしつこいとアメリアは思っていた。
「……飽きない。これしかすることないし」
なにかに集中していれば、不安や寂しさで思考が埋め尽くされることはない。
そんな理由から時間潰しに勉強するのは、アメリアにとって最適だった。
けれど、そんなことレオンには理解不能なのだろう。
「することないなら、勉強じゃなくて下に降りてくればいいだろ。今ならみんな集まってるし」
「……いかない」
レオンの家族はとても仲が良い。
休日ともなれば皆で集まり、ホームパーティーなど開いたり、いつも笑顔が絶えないのだ。
家族とはこういうものなのだろうか。
血の繋がった家族を知らないアメリアには分からないが、温かなその空気感に自分が混ざることに抵抗を感じ、輪の中に入りたいとは思えなかった。
「なんでだよ。暇なら少しぐらい、いいだろ」
「暇じゃない……」
「さっきすることないって言ったじゃん」
「……言ってないわ」
「言ってた!」
アメリアはレオンに手を引かれ、家族の団欒に連れて行かれそうになった。
だが、強引な彼の態度に反発するように、その手を払う。
「いやっ、離して!!」
「っ!」
普段モゴモゴと俯き、小さな声しか出さないアメリアの大きな声に、レオンは驚いたようで目を丸くした。
だが我慢の糸が切れたようにアメリアは続けた。
「わたしは一人でいいの! もう、わたしのことはほっといて!!」
幸せそうな家族を見せつけられると胸の奥がジクジクと痛む。目を逸らして出来るだけ見たくない。
それはどうせレオンには一生わからない感情だと思った。
その時、アメリアは自分がレオンを妬んでいるのだと自覚した。
優しい両親とかわいい弟に妹、仲の良い家族に恵まれ裕福で、幸せそうに笑い好き勝手が許されているレオン。
自分と同じ年なのに、彼がいる居場所は、自分とは全然違う恵まれた環境だったから。
「……ごめん」
レオンは一言そう呟くと、肩を落とし部屋を出ていってしまった。
これで、きっと彼はもう自分に声を掛けてこなくなる。少しの罪悪感を覚えつつ、これでいいとアメリアは思った。
こんな卑屈な自分なんかといたって、楽しいわけないもの、と。
そして思った通り、その日からレオンが今までのように、話しかけてくることはなくなった。
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