第3話 雷魔潜む魔術都市㉕

 出会う前の双子がいったいどのように生き抜いてきたのかはわからない。

 グランの実験台にかつ目的の対象者でもあるので殺しはしないだろうが、それでも必要最低限しか生きるための支援をされていないだろう。

 出会った当初も弱々しく、とても戦闘のような激しい動きが出来る状態ではなく、先の戦闘においても別段強者という雰囲気も感じられなかった。

 むしろメニシアの初戦闘時と比較してもメニシアの方が強いと感じられる程度だ。

 しかし、今の双子は悪魔化しているにしても――。


「――!」

「おっと」


 何本にも枝分かれしている鎖による猛攻を聖剣で防ぎつつ、避けられるものは避けていく。

 攻撃自体は、戦闘に不慣れということもあってか荒々しい。

 だが、それを手数の多さで補っている。

 それに一本一本がまるで自立しているかのようで、かつ速い。

 避けるので精いっぱいだが、全く隙が無い訳ではなかった。


「ハアッ!」


 無数に枝分かれしている鎖はまるで双子を守っているかのような動きにも見えるが、瞬間だけ双子へと繋がる隙間が生じることがある。

 それを見逃すことなく、その瞬間に生じた隙間を縫うように近づき聖剣を切り上げる。

 反応は無いが、確かに一撃は入った――が、同時に胸が痛む。

 一つの存在かつ悪魔と化してしまったとはいえ、愛くるしい表情を見せていた子たちだ。

 公開したところで、この未来は少なからずやって来たはずだ。

 それを受け入れたうえでもう一撃を与えようとするが、それを鎖が許すはずない。

 無数の鎖が勢いよくサクラに襲い掛かる。

 これ以上の攻撃は危険と判断したサクラはすぐに回避行動に移る。

 間一髪のところで避けきれたところで再び鎖が猛追し、サクラはそれを避けつつさらに双子から距離を取るようにその場を離れる。


「鎖も厄介だし、それにメニシアやクオンも――」


 双子がここにいる以上メニシアやクオンも無事ではないはず。

 だが、仮に無事だとわかっても彼らを守りながらの戦闘は少し厳しい。

 鎖の数がある程度少なければ対処は出来るのだが――いや、強引にでも減らすか使用不能にすればよいだけのことだ。

 早速行動に移すべく、サクラは急停止し再び双子の方を向く。


「清らかな空を汚す風雲かざくもよ、その力を持ってすべてのものを破滅へと導け――」


 聖剣を構えながらの詠唱、次第に空の雷雲を取り込み、それを異なる性質に変換し、不気味な黒雲となり、そこを中心に風が吹き出し、次第に威力を強めていく。


「――我が名はサクラ、荒れ狂え、獄風ごくふう!」


 限界の威力に到達したその風は、竜巻のような形へと成り、双子に襲い掛かる。


「――ッ!?」


 今まで同様に鎖で防ごうとしたが、自然現象じみていてかつ、鎖と違い圧倒的な範囲を持つ攻撃を防ぐことが出来なかった。

 風に飲まれ、空中に高く舞い上がり、その間も風による無差別な攻撃が次々と双子を襲う。


「……やり過ぎたかな」


 完全詠唱による魔法の威力は最高状態であり、無詠唱と比べ物にならない。

 サクラのような無詠唱でも完全詠唱並みの威力で放つことが出来る魔法使いも存在するが、それはサクラの無尽蔵ともいえる魔力量による芸当だ。珍しいことこの上ない。

 そんなサクラでもこの魔法によって生み出された風を止めることは出来ない。

 自然消滅を待つしかない。

 魔法の発動者の実力や魔力が高ければその時間は長い……つまり今回は長い。


「――ごめんね」


 竜巻状の風を背にメニシアのいる方へと駆ける――。




「――いた」


 大きく距離は離れておらず、メニシアとクオンは見つかった。

 共に地面に横たわって気を失っている。

 外傷らしきものもない。

 心臓も動いているので命に別状はない。

 安堵の表情になるサクラだが、まず間違いなく悪魔化した双子によるものだろうが、ではなぜ気を失うにとどまっているのか。

 あの感じから間違いなく殺すもしくは重症とも言える傷を負っていてもおかしくはなかった。

 それに――。


「――みんな気を失ってる・・・・・・・・・・?」


 眼下に広がるのは、メニシアやクオン同様に地面に横たわる多くの人々。

 制服を着ている者が多いからこの場のほとんどが学生と見て間違いないだろう。

 メニシアたちと同様なら命に別状はないのだろうが……。


「――ッ!」


 気付くと腹部には見覚えのある鎖が絡まっており、そこから手首足首に鎖が絡まり最後は首にも鎖が絡まり、完全に拘束された状態になった。

 このまま続くはずもなく、十秒も経たないうちに勢いよく宙に引きずれ、ある瞬間に拘束は解ける。

 ただ、勢いが完全に衰えるということはなく、そのまま樹木に衝突し、力なく地面に倒れる。


「――ァ……」


 声をまともに発することが出来ない。

 今の一撃は大きい。

 そして早すぎる・・・・


 少なく見積もって十分前後と予測していたサクラだったが、甘かった。

 木々の間からゆっくりとその姿を見せる。

 全身、そして鎖もボロボロだが間違いなくモネとネロだ。

 宙に浮いている鎖と、死んだかのようにピクリとも動かず地に引きずられる鎖とがある。

 後者の方は使い物にならないのだろうか。

 だとしたらサクラの目論見通りとなった訳だ。

 ゆっくりと立ち上がり、聖剣を中段に構える。


(このままで本当にいいのかな――)


 昔のサクラだったら迷わず斬るだろう。

 だが、今のサクラにはそのような気など無い。

 故に葛藤する。

 このまま斬ることで楽にしてあげることしかないのか。

 元に戻す方法はないのか。

 そのような葛藤が生じている間にも鎖による攻撃が襲い掛かる。

 先程と違い本数も圧倒的に減少したので聖剣で捌ききれている。

 だが、それだけに止まり、攻撃に切り替えることが出来ない。

 捌ききれずに漏れ出た鎖の一撃を少しずつ蓄積していく。

 このままだとこちらが先に限界を迎えてしまう。

 やはり、斬る殺すしかないのか――。


 ――もう一度聖剣を解放してごらん、サクラ。


「――!? 誰!」


 鎖を大きく振り払い、そのまま距離を取り再度中段に構える。


(メニシアじゃない。でもビリンでもエルドラルでもない……でも――)


 聞き覚えのある声だった。

 それは優しく温かく、そして懐かしくもあった。


「……あれ?」


 一滴の雫が頬を伝い落ちた。

 それから止めどなく雫は流れる。

 拭うことで、目に溜まってはいるが流れる涙を止めることが出来た。


「――聖剣を解放って」


 既に解放状態にある聖剣をもう一度解放と言われた所でこれ以上何を解放するんだ? という話なのだが、その瞬間、まるで謎の声に呼応するかのように聖剣が光り輝く。


「――これって……そういうことか・・・・・・・


 聖剣が光り輝くのと同時に、サクラの脳裏にも様々な光景が映し出される――メニシアたちと同様に・・・・・・・・・・


 そこには、サクラが知らない・・・・・・・・聖剣の真の使い方が、その使用者と共に映し出されており、それが次第にサクラの身体に浸透していく。

 次第に光が納まる――いや、光自体が薄くサクラの全身を覆うように広がり、そして吸収されたような感じだ。

 同時に、謎の声が言っていた聖剣の開放の意味を理解した。

 これだったら、二人を助けられる・・・・・・・・

 目を閉じ一息入れて、集中力を高める。

 そのようなことはお構いなしに双子は鎖で攻撃を仕掛ける。

 見えていなくてもそれは伝わる。

 明らかに殺意が乗った攻撃が来るというのを。

 野生の勘とも言えるような直感が、今のサクラは危険だと伝えた。

 故の殺意――だからこそ、経験の差が出るのだろう。


「……」


 鎖が目前まで接近してもなお動こうとしない。

 だが、突如地面から出現した壁により攻撃は防がれた。

 その正体はサクラの魔法によるもの。

 足をトンと軽く地面をたたくことでそこから土の壁が出現し攻撃を防いだ。

 対象を見失った鎖は、まるで迷子と言わんばかりな動きを見せる。

 それは双子同様だった。

 一瞬の動揺が生じたが、その時間はサクラにとって十分すぎた。


「――!」


 上を向くと聖剣を振り降ろそうとするサクラがいた。

 壁を出現させたのと同時に地を蹴り跳躍――。

 聖剣を振り上げる直前に、再度聖剣を解放――先程と違い今度は真なる解放。

 剣全体が光を放ち、さらにサクラの魔力を上乗せる。


「エンチャント、重力――」


 自身に重力を掛けたことにより、地の吸引力は上がり、サクラが落下する速度は最高潮に達した。

 同時に一撃の重みも増す。

 過去最高の重さを誇るであろう一撃が双子を襲う。


「――ッ」


 ただではやられるわけにはいかないと言わんばかりに、動かせるだけの鎖をすべて、防御へと回す。

 最強の矛となった聖剣と、盾へと役割を変えた鎖がぶつかる――。

 凄まじい衝撃は、広範囲を津波のように飲み込んだ。

 互いに一歩も譲らない――無限かと思えてくる数秒の膠着状態。

 緊張が緩んだのは一筋の涙だった――。


「――」


 双子だった悪魔の頬に涙が零れる。

 一滴流れると、そこから止めどなく涙が溢れ落ちる。

 そして、至近距離でも気付くかどうかの小ささで口が開き、何かを述べる。

 発せられる声もこの距離でやっと聞こえるほどだ。


「――」

「……やっぱり、君たちだったんだ、あの声」


 初めてイリナ魔術学校の図書館を訪れた日の帰りの時、ふと何か聞こえたような気がしたサクラ。


 ――たすけて。


 最初は幻聴かと考えたが、零区でモネとネロに出会い、その声を聞き、今この瞬間再びをその言葉を聞いたことで、確信に変わった。

 二人の「助けて」の意味合いは、多分「殺してくれ」という意味なのだろう。

 だが、今のサクラがそれを聞き受け入れる理由など何もない。


「――わかった・・・・


 覚悟を決めたサクラ、再度エンチャントにより聖剣とそれを振り降ろす腕にブーストを掛け、勢いを増幅させる。

 涙を流したことによってなのか、それと同時に少しの緩みを見せた鎖はすでに盾としての役割を終えていた。

 聖剣の勢いを抑えきれず、無抵抗に斬られていき、遂に鎖に隠れる悪魔を捉えた――。




 たった一撃、されど一撃。

 その一撃を貰った悪魔は身体の力が一気に抜け、そのまま崩れ落ちた。


「……フゥ、成功した」 


 サクラの表情は安堵に染まった。

 それもそのはず。殺さずの目標を達することが出来たのだから。

 聖剣による一閃が入った瞬間に、悪しき粒子状の光が漏れ出していき、浄化されるようにそれは聖なる光へと変わり、流れるように聖剣に吸収されていく。

 聖剣の能力は魔を斬る。それが進化し、魔を含めた邪悪なものに絶大な効果を発揮する――だけに止まらず、任意で対象の邪悪な力を取り除くことが出来、それを聖なる光へと変換し、吸収する――これが聖剣の真なる能力だ。

 双子のそれも聖剣の真なる能力によるもの。

 悪魔の力をすべて吸収した後は、傷口が瞬時に塞がり、顔色も人間らしい顔色に戻った。

 角も尻尾もない。

 だが一人のままだ――と、思っていた瞬間に双子の身体は光に包まれる。

 そして、一人から再び二つの身体に分離し、元の二人に姿を戻した。

 しかし、最後に見た時の服装ではなく、何も身に纏っていない生まれた時の姿となっていた。


「――ハァ、しょうがないか」


 自身の懐に手を入れ、巻いていた晒を取り出し、魔法で二人を覆える程の大きさにしてある程度の長さで二つに切り、その一枚を双子にかける。

 もう一枚を元のサイズに戻して、懐にしまう。


「う~ん、やっぱり晒もいらないような」


 懐にしまう際に改めて自身の胸を見て思ったこと――まあ、とにかく動くサクラにとってはありがたい体ではあるのだが――。

 それはさておき、気を失っている二人に近づき、頭上にしゃがみ込む。


「――本当に痛かったんだから……これで許してあげる」


 二人のおでこに軽くデコピンをする。


「――ビリンたちのところに行こうか」


 立ち上がり、聖剣を手に取りもう片方の戦闘に加わりに行こうとするが――。


「――サクラさん」


 背後から聞き覚えのある声。

 振り返ると、意識が戻ったメニシアが立っていた。

 そして、共に気を失っていたクオンも、走ってサクラの胸に飛び込む。


「メニシア、クオンも……よかった」

「にゃ~」


 人の気も知らず、サクラにここぞとばかりに甘えてくる。

 メニシアは、ただ気を失っていただけなのか特に辛そうというのも感じなかった。


「申し訳ないです、モネとネロを苦しめただけでなく――」

「驚いて動けなかったんでしょ、無理もないよ。驚くなってほうがまず無理だし、僕も一瞬動けなかったから」


 サクラなりに励ましており、メニシアもそれはわかっていた。


「ありがとうございます。……行くのですよね」

「うん。まだ戦いも終わってないようだし、今のグランの状態は二人だと少し厳しいと思うから」


 パワーアップしたグランは、直前のグランとは別人と言っていいくらいに魔力が段違いに強く変化していた。

 その場を任せたとはいえ、正直苦戦は必須だろうと考えていたし、ビリンもそれを理解した上で任されて戦いの臨んでいる。


「メニシアは――」

「この子たちの見てますよ。さすがにこのまま置いていくのはどうかと思うので」

「でも……ううん、大丈夫か、さすがに全部取り除いた・・・・・・・し」

「聖剣の力ですよね、途中で気が付いたので、一応見ていたのですが――」


 突如、二人に悪寒が走る。

 直後に具現化した魔力のオーラのようなものが、二人を一瞬で通過し広がっていった。


「何ですか、今の」

「……まずいかもしれない」


 サクラの予感は的中する――。

 地面から粒子状の光が昇天する。

 その光は、悪魔と化し、一人の存在となっていたモネとネロの聖剣によってできた傷口から溢れ出た光のそれと同一ものだった。

 粒子状の光は、時間の経過とともに量を増やし、学校全体を飲み込むのではないかという勢いだ。

 しかし、この後に衝撃が待っていた。

 出現した粒子状の光は、人一人分ほどにまとまり、そのまま気を失っている人たち一人一人を侵食。

 瞬間、一人一人が苦しみだし、まるで悍ましい合唱を聞いているかのようだ。


「これって、彼と同じ――」

「――悪魔化、最悪だね」

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