第3話 雷魔潜む魔術都市⑯

 メニシアに言われた通り、クオンに付いて行くようにその場から離れるモネとネロ。

 今の魔術学校の状況はというと、食堂入り口前を中心に混乱が広がっており、離れれば離れるほど、混乱度合いは低くなっていく。

 しかし、話が伝わっているのだろう。次第に混乱の渦が所々発生していき、結局は現場と似たような状況となっていく。

 ここまでの混乱だ、教師陣が出てきてもおかしくないのだが、それといった人たちが現れたという様子は今のところない。

 ある程度まで進んだ所で、先行していたクオンが急に止まりだした。


「クーちゃん?」

「どうしたの?」


 止まったと思いきや、今度は周りの匂いを嗅ぎ始めた。

 何かを探しているのだろうが、それをモネとネロが理解するほど冷静ではない。

 そう時間をかけることなく、何かを見つけたのか、とある方向に向かって走り出した。


「えぇ~どうしようモネ」

「クーを追いかけようよネロ。シアも行ってたし」

「……うん」


 正直、先日あったばかりのメニシアの言うことを信じることになるなど、当の双子本人たちは思いもしなかった。


(……いっしょに、来る?)


 零区で会った時にサクラにかけられた言葉。

 この言葉が、永久に溶けることがないであろう氷に閉ざされた心を溶かしていったのかもしれない。

 自分たちも驚いたのだが、サクラの言葉をきっかけに無意識にサクラに心を開いた後は、その後に出会ったメニシア、ビリン、クオンに対してすぐに受け入れていた。

 今までの経験から理解していなかっただけで、今のモネとネロは本来の自分をさらけ出している状態なのだろう。

 それだけサクラたちを信じている……それはまるで家族のような……そのような感じだ。

 大通りから外れて、校舎を挟んだ脇道を進んだ先には、校舎とは違う建物があった。

 校舎ほどではないにしろ、それでも十分な大きさを誇っている。

 クオンもその建物の入り口らしきところの目の前で止まる。


「にゃー」


 この建物に何かあるのだろうか、建物を指すようにクオンは鳴く。


「クーちゃん、ここに何かあるの?」

「にゃー」


 その鳴き声は、肯定しているかのようだった。


「どうしよう……モネ」

「い、いくしかないでしょ」


 少しの躊躇いが生まれていた。

 そもそもこの建物が安全であるという保障もない。

 でも、クオンの反応を見るに危険はなさそうな感じはするのだが……。


「ふぇ?」

「……光った?」


 件の建物の窓から光が漏れ出た。

 気になった双子は、入り口となりの窓から建物内の様子をのぞき込む。


「――あっ」

「サクちゃん……!」


 中にいたのは、サクラだった。

 わかるといなや、先程の警戒心はどこに行ったのやら、すぐに建物内に突撃した……。




「モネ、それにネロまで――」

「サクちゃん!」

「サクー!」


 二人は走り、そしてサクラにタックルをする。


「二人とも……痛い」

「サク、サク~」

「良かったサクちゃん」


 二人ともサクラの体に擦りつけるように抱き着く。

 その瞳には涙も溢れている。

 ただし、それは悲しいとは違い、嬉しいという感情にあふれている。


「……ごめんね、心配かけて。クオンもありがとね」

「にゃー」

「それにしても何でここにいるの? ビリンとメニシアはどうしたの」

「あっ」

「そうだよ、サク助けて」


 二人は現在の状況を言える範囲で説明する。

 それを聞いたサクラは驚きの表情を隠せずにいたが、同時にどこか納得がいっているかのような表情もしていた。


「……やっぱり、ただの悪魔ではないよね」


 推測の範囲を抜けないが、悪魔化した男子学生の一撃を受け続けて感じたことだった。

 そもそもの話、今回の一件は今までとは違う状況だ。

 というのも、サクラが今まで悪魔と戦ったのは二回(といってもイエユリの時は、あれが悪魔と言っていいのかサクラの中では常に疑問の種となっているが)。

 過程や状況を除けば、二つに共通しているのが人間体を宿して表に出てきたこと。

 そして、最終的にはどちらの人間体も死んだ。

 だが、この二件と違うのは、人間体に悪魔を宿したのではなく、部分的に悪魔化・・・・・・・したということ。

 悪魔を宿したとかならまだわかるのだが、今回は明らかにそうではない。

 そうなると何が原因で悪魔化したのか、そこが今回の最大の謎であり、手掛かりの一つもなく手詰まりだ。

 あの男子学生自身が悪魔であるというようにも見えなかったし、そのような魔力も感じなかった。

 ビリンが苦戦している理由も、今回の悪魔が特異な存在だからなのだろうか……いや、それだけが苦戦する理由になるとは思えなかった。

 双子の話から、ビリンの大楯エイジスの能力が十分に発動できていないようだが、一度戦ったからこそわかる。

 あの楯の能力が相手を選ぶとは到底思えない。


「あれの相手もそうだけどこっちもこっちだな……」


 そう言って双子に視線を落とす。

 いまだに抱き着いている双子の頭を撫でつつ、この後のことについて考える。

 ビリンたちのいる所に戻るのは最優先事項、話を聞いた感じメニシアが踏ん張っているのかもしれないが、そう長く持たないだろう。

 だが、双子をそのまま連れて行けるわけでもない。

 庇いながらの戦闘は集中力を大いに欠けてしまう。

 だからといってこのままここに置いておくのもそれはそれで心配になる。

 どうしたら良いか悩むのだが、その時間は本当に無駄でしかないとサクラ自身わかっていることだ。


「――ッ、また?」


 サクラの背後から光が輝き溢れ出す。

 振り返ると、案の定石像だった。しかも、先程よりも力強く発光している。

 それに呼応するように、背中の聖剣も光り輝く。

 さらにサクラを驚かせたのは、彼女の聖剣だけではなく、双子の両手首に身についている鎖も同様に輝きを放つ。

 

「……なにこれ?」

「ふぇ~?」


 当の本人たちも驚きを隠しきれていない。

 だが、このような状況をサクラは一度経験していた。

 エリアスの森でメニシアの得物である短剣とメニシア自身が光に包まれるように輝きだした。

 その後は、急遽戦力となったメニシアと共に魔鏡と戦い、勝利を収めた。

 今回は、双子たち自身が光に包まれているということはないのだが、状況が似ていることもあって、エリアスの森の時と同様なことが起こるのかと考えた。

 しかし、その光は長く続くことはなく、徐々に光の強さが弱まっていく。

 それぞれの光は、弱まりと共にある箇所に集まる。

 双子の鎖にだ。

 風前の灯のような光になったのと同時に互いの鎖に光が溶け込む。

 瞬間、鎖は今まで以上に強い光を放つ。

 その光にこの場にいた人たちの視界を一瞬奪い、その後治まる。


「何なの、一体……」


 石像の光に呼応するかのように、聖剣、そして鎖が光を放ち、最終的に鎖に集約された。

 ただでさえ目の前の謎の出来事で精一杯なのに、さらなる謎が現れたことでより混乱を極めてしまう。

 だが、急がねば彼らの命が危うい。


「ねぇ、サク」

「なに……て、それ――」

「何か綺麗になってる」


 光が集約された鎖が、先程と違いまるで新品そのもののように綺麗になっている。

 切れてはいるものの、その先端は千切れた後というより、綺麗にその部分で切れているような断面。


「ほんとうに何がどうなってるんだか……でもいい、モネ、ネロよく聞いて」


 サクラの真剣で真っ直ぐな瞳が双子に向けられる。


「本当はここで待っててって言おうと思ったけどやっぱりついて来て」

「「……」」

「二人を守りながらは正直に言って大変。だけど、もしここに置いてそして何かあったらって考えたら僕と一緒にいた方がいいと思った……良い?」

「うん」

「……サクちゃんといっしょの方がいいよ、怖いし」

「クオンもいい?」

「にゃー」

 

 一応方針は決まった。

 石像といい謎の光といい気になることはあるが、まずは男子学生の悪魔化を処理する方が先決だ。

 そうと決まればすぐに行動に移すのみ。


「僕は先に行くけど、二人はクオンの後に付いて来て」

「「(コク)」」


 サクラが一足先に、先程の戦闘場所に駆け、それより遅いが石像のある建物に来たとき同様に、クオンに付いて行くようにして双子も追いかけていく――。

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