トレース9590

負け犬アベンジャー

プロローグ

 私は非凡である。


 常人にはない美的センスの持ち主で、控えめに言っても100年に一人の天才である。


 だが不幸にも私の左手小指は変な形をしていて、絵を描く技術を阻害していた。


 この小指さえまともならば傑作を次々と産み出せるというのに、これは人類にとって大きな損失だ。


 しかし人類の英知は私の才能を生かせるまで発達していた。


 字を書く代わりにタイプライターがあるように、絵を描くための技術、プログラムがある。


 トレース、コラージュ、オマージュ、現存する他人が描いた有象無象のイラストの中から『題材』として有益なものを選び出し、足りない部分に手を加えることでオリジナルの『作品』へと仕上げる至高の作業、私のためにあるような表現方法だ。


 見る目のない凡人どもは恥知らずにも『パクリ』と呼ぶがそれは違う。


 放っておいたら埋没してしまうイラストを救い出し、再構築、再解釈、再評価を行うことで感動を生み出す完全オリジナルな芸術作品となるのだ。


 ……だが忌々しい検索エンジンに違いはわからない。


 少なくとも個人的な感覚として『同調率』題材と作品とどれだけ同じかが『95%』以上一致なら同じと判断しやがる。


 一方で同調率が『90%』よりも低い場合は題材の持ち味を活かせず、駄作となってしまう。


 95〜90%の間を如何に責めるかが腕の見せ所なのだ。


 この調整は題材が難しいほど作品に対する『評価点』が高くなる。


 難しい題材の95%を描くこと、これが現代アートなのだ。


 さぁ、有名になろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る