5. 魔道具ブランドの創業者

《数日後・カイン視点》


「先輩先輩、何か後を付けてきてますよあの人……?」

「何を考えてるんだろう……。それより今日の放課後は、デビルシードの工房に向かおうと思ってるんだ」


 昼休みにオリビアと話し合って思いついたアイディアは、眠らせておくには惜しいものだ。

 僕は土日を待たずに、新たな魔術式を試すつもりでいた。



「あ~……。なら私は入れませんね?」

「何言ってるのさ。オリビアは新商品の共同開発者だよ? もちろん入れるように手配してもらうって」

「先輩の工房を見せてもらえるんですか!?」


 めちゃくちゃ食いつかれた。


「別に僕専用の工房って訳じゃないよ?」

「分かってます。それでもデビルシードの工房に入れる日がくるなんて――まるで夢みたいです!」


 大げさに喜んでくれるオリビア。

 はにかむような笑みを浮かべられ、僕は恥ずかしくなり目を逸らす。

 この表情を僕だけが独り占めしている――少し前までは幼馴染以外と会話すらしたことがなかった僕が、だ。

 未だに夢かと疑ってしまうような現実であった。 


***


 数十分後。

 僕とオリビアは、デビルシードの開発室を訪れていた。


「お久しぶりです、カイン様」

「ご苦労さまです、セバス。留守中は変わりなかった?」

「はい。工房もいつでも利用可能です」

「いつもありがとね」


 うやうやしく執事に礼をされる。



「カイン様。来月発売予定の新商品についてなのですが――」

「任せておいて。この子のおかげで、今日にもプロトタイプに取りかかれると思う――凄い知識量なんだよ」

「きょ、恐縮です――」


 僕の紹介に、ぺこりとオリビアが頭を下げる。

 それにしてもデビルシードも気がつけば随分と大きくなったものだ。

 僕が慣れた足取りで建物の奥に進むと、オリビアがキョロキョロと興味深そうに辺りを見渡していた。


***


 建物内を歩き、僕たちはやがて一つの扉の前に行き当たる。

 僕は扉に手をかざし、中に入ることにした。


「どう、オリビア?」

「はい――あの憧れのデビルシードの開発室に入れるなんて、まるで夢みたいです!」


 オリビアは、まるで宝の山でも見たように目を輝かせていた。

 こうして笑っているとオリビアは年齢より幼く見える。



「それじゃあ早速始めようか」

「はい。先輩の神業――近くで見せて下さい」


 期待に満ちた目で、オリビアは僕を見てくる。




「普段は誰も誰も立ち入らせないんだけどね――でもオリビアは特別だよ」


 簡易的な作業場なら家にもある。

 それでも誰にも邪魔されずに開発に打ち込める――ここは聖域だ。

 



「感動です!」

「あー。退屈だったら先に帰っちゃっても良いからね」

「退屈なんてあり得ません!」


 オリビアはそう言っているけれど――僕は集中すると回りが見えなくなる人間だ。

 下手すれば徹夜で打ち込んでしまうこともあり得た。そんな無茶に、学園の聖女様を付き合わせるには行かないだろう。


(少し気をつけないと……)


 魔術式を刻むため、僕は機材を取り出した。

 魔道具を作るための環境は非常にデリケートだ。

 繊細な魔術式が織りなす総合芸術――魔道具作りは非常に繊細なのだ。

 

 少しのミスも許されない心地よい緊張感。

 適切な土台を選び取り、僕は手早く魔術式を刻んでいく。



「すごい――」


 遠くでオリビアが息を呑む声が聞こえた気がした。


 ここに誰が居るのかも気にならなくなる。

 ただ無心に作業に没頭する。

 何よりも辛く、だけども何よりも楽しい時間――それが僕にとっての魔道具作りだ。

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