第17話 似た者同士の友達(平野鏡side)
保健室に行くが、先生が居なかった。
なので勝手にガーゼやらティッシュやらを拝借した。
「血、完全に止まりましたね」
「はい。お陰様で」
「病気なん、ですか?」
あれだけの血の流れ方は尋常じゃない。
私の手が当たっただけで、あれだけの血が流れるとは思えない。
「血小板が少なくて、貧血も起こしやすいみたいなんですよ。でも、ヒールのお陰でかなり楽になりました。ありがとうございました」
「いえいえ。役に立てて良かったです!」
傷を癒して元に戻すスキル。
ヒール。
私が唯一使えるといっていいスキルだ。
あまり役に立たないとパーティでは散々な評価だったけど、ちゃんと発動して良かった。
みんなの前でヒールを使えば良かったけど、学校で人目が付く所ではスキルはあまり使うなというお達しだった。
探索者としては未熟だが、学生よりか私のスキルは強いらしい。
素性がそこでバレたり、目立つことを避けるために、スキルはあまり使わない方がいいとのことだったので、さっきは使えなかった。
だが、思ったよりも早く治癒できたので、授業には十分間に合いそうだ。
「私、もう大丈夫ですから、行っていいですよ」
「いいえ。もう少しいます」
「そう、ですか……」
ヒールで傷は癒せても、流した血を元に戻すことはできない。
貧血になりやすいと言っていたから心配だ。
せめて保健室の先生が帰ってくる前ではここにいたい。
「理先生ってどんな方なんですか?」
「え? エイジさん、ですか?」
先生なんて言うから誰かと思ったらエイジさんのことか。
学校で他の誰かに聞かれているか分からないから先生呼びをしているんだろう。
一瞬、誰のことか分からなかった。
「私も出会ってそんなに日が経っていないですけど……優しい人だと思います」
不器用過ぎて、誤解されやすそうだ。
だが私は、結果的に命を何度も助けてもらった。
だから彼が優しい人間であることは分かっているつもりだ。
「――私、あの人のこと好きになったかもしれないです」
「え、ええ? 止めておいた方がいいと思いますよ!?」
どこに惚れる要素があったんだろうか。
他の生徒達は、男性との触れる機会が少ないし、彼の本性を知らないから好きになる人もいるかも知れない。
だけど、エイジさんのことは知っているはずだ。
任務についての話し合いなんか、私なんかよりよっぽどしているはず。
だから彼が冷酷非道な人間だってこと分かっているはずなのに。
「でも、優しいですし、格好いいですし」
「あの人だけは止めましょう!! 他にもっといい人がいますよ!! あんな顔して裏では男女平等パンチしますから!!」
私をあれだけ見事に騙したのだ。
女を誑かす方法なんていくらでも知っていそうだ。
無垢な女の子を毒牙にかけられて欲しくない。
だから本気で言っているのに、何故かクスクスと桜さんは笑いだす。
「え? どうしました?」
「いいえ。そんなに理先生のことが好きなんだって思って」
「え? 私は、そんなこと……」
頬が熱くなるのを感じる。
そんな風に観られているんだろうか。
私は何も知らないクラスメイトとは違うと思いたい。
「好き、なんですよね?」
「好きとか、そういうのじゃないです」
そんな単純な関係じゃない。
私と、エイジさんは殺し、殺されそうになる関係なのだ。
「ただ、大切な人です。だって、あの人は私に生きる目的をくれましたから」
「生きる、目的……?」
私は生きることに絶望していた。
でも、私が生きる目的をエイジさんは強引にくれた。
自分が憎しみの対象となることで、私に生きる活力を与えたのだ。
私はそれに気が付いていない振りをしている。
なにせ、エイジさんがいなければ、そもそもダンジョンでスライムに襲われて私は死んでいたのだ。
命を助けてくれた相手を憎むことなんてできない。
ましてや、自分が悪者になってでも、私を生かそうとしてくれたその気持ちが嬉しかったのだ。
「やっぱりどこか私達似ている気がします」
「え?」
桜さんは私の様子を見ながら微苦笑する。
「雰囲気とか考え方とか、それから、同じ人を好きになってしまう所とか」
「いやいや、だから私達はそういう関係じゃないって!!」
誤解が解けずに狼狽していると、
「舞浜桜だな?」
横合いから低い声が囁かれる。
ピッチリとしたシャツとスウェットを着込んでいて、ランニングの途中にここに寄ったような恰好をしている中年の男がそこにはいた。
腕は細いのに、腹だけは出ているアンバランスな体格をしている男は、無造作に手を振る。
すると、窓ガラスが独りでに破砕される。
「きゃああああああああああああっ!!」
桜さんが悲鳴を上げるが、何のリアクションもなく男は割れた窓ガラスを靴で踏みながら入って来る。
彼が窓ガラスを何かしらの力で壊したとしか思えない。
そしてこの落ち着き用、最初から事件を起こすつもりのようだ。
「誰、ですか? 男の人がこんなところまで入って来れるはずないんですけど、警備の人は?」
桜さんが疑問の声を上げると、男は何かを投げる。
「ああ、警備? こいつのことか?」
「ひっ!!」
ボトリ、と桜さんの近くに落ちたのは、人間の腕だった。
血が傷口からまだ出ている。
ついさっき警備の腕を切断してわざわざ持ってきたようだ。
「死ぬ覚悟くらいは出来ていたと思ったが、切り刻まれる死に方は想像していなかったか? 舞浜桜」
襲われる可能性はあるとは思っていたが、まさか二人きりの時を狙われるなんてタイミングが悪すぎる。
いや、狙っていたのか。
強いエイジさんが護衛にいること情報が洩れていて、彼がいなくなった瞬間を狙われたんだろう。
「あなた、桜さんの母親に雇われた殺し屋か何かですか?」
「……何のことかさっぱりだな」
例え私が真実を当てられていたとしても、本当のことなんて言わないか。
しかし、このタイミングで桜さんに固執する殺人鬼なんて、母親に雇われた人間以外に考えられない。
金持ちに雇われた殺し屋。
きっと、私なんかよりもよっぽど戦闘経験豊富だ。
それに、スキルもずっと私より戦闘向きなようだ。
落ちている警備の人の腕を見やる。
男の人の太い腕。
筋肉で守られているはずなのに、傷口は綺麗だ。
相当切れ味のいいスキルで斬られている。
私なんかの腕なんかあっという間に斬られてしまうだろう。
だが、
「下がって下さい、桜さん。あなたは私が守りますから」
何もせずに護衛対象を死なせる訳にはいかない。
「鏡さん……」
この時間帯はまだ授業中だ。
他の先生達が巻き込まれることはないだろう。
だが、同時にエイジさんの加勢も期待できないということだ。
私一人でこの人を相手にできるんだろうか。
「誰だ? お前は? 舞浜桜のお友達か? 命が惜しければ縁を切った方が見の為だぞ? そいつは幸薄女なんだからな」
私の情報は入っていないようだ。
私が『アンダードック』の新人だからか。
それとも、戦力として数えられていないからか。
路傍の石のような扱いだが、私はそれでも怯まない。
桜さんが護衛対象だからという理由だけではない。
もっと大切な守る理由が私にはできたのだ。
「桜さんとはもう友達です!! だからこそ、命懸けで友達を助けます!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます