第45話  次から次に 7

 対峙している男たちのその境界を大柄おおへいな態度で横切るのは見るからに「俺はヤクザだ」いかにも「どうだ」といわんばかりの白の上下のスーツに真っ赤なシャツの装いにパンチパーマ頭のヤサグレ顔した大葉史郎だ。


「いい女とうまい酒とうまいもんだらけのこの場所でアホなガキどもがタイマン張って、なにやってんだ。馬鹿じゃねえのか、やるなら外でやってこい、お前ら鬱陶うっとおしいんだよ。邪魔や、どけ!」


 手を大きく振って威嚇するけれど「どけ」と言われて避けるような男たちではない。


 大葉のいちばん子分の神楽かぐらが龍也の肩を突き飛ばした。


「大葉さんがどけって!言ってんだろうが!邪魔なんだよ。どけ!


 神楽は名前に拍子をつけ、龍也を喰らう般若のお面のような凄まじき形相で睨みつけた。龍也も負けじと歯を剥き出しにして詰め寄った。


「喧嘩もできねえガキンチョが、なに如何いきがってんだ!」


 胸ぐらを掴まれ顔を近づける。すると安藤裕介が龍也の胸ぐらを掴む神楽の手首を強く掴んだ。


 痛みに怯んだ神楽を押し返しながら、


「調子こいてんじゃねえ。このボケが、俺が相手になってやるよ。表に出ろ!」


 この一静組、神楽優也かぐらゆうやの存在はいつも冷静で控えめな総本部組の安藤裕介の心に闘志を抱かせる。


 それは中学三年の夏、ゲームセンターで遊んでいた友人のひとりが、当時、清水学園三年の神楽優也にカツアゲをされたことによる。


 泣きついてきた友のために決闘する意を示し神楽かぐらに伝えたがその事が極獄組総本部登板大介の耳に入り決闘は無期延期を約束させられた。


 神楽と顔を合わせる度にあの日、ぐっとこらえ鎮火さんせた猛炎もうえんが再びめらめらと胸の中にたぎる。


 その時のリベンジをいつかしか果たしたいと心の中では常に目論んでいたのだ。


「今日は決着つけてやる。表に出ろ」


「おぉ!望むところだ!」


「おい、神楽かぐら


「大葉さん、大葉さんの言いたいことはわかります。でも俺、コイツやっちまわねえと気が済まねえんです。やってきていいっすか」


「好きにすればいいけど……よ。別に止めやしねえし、だけどよ。その前に舎弟頭様にやられても知らねえぞ、お前の好きなせんべいが食えんようになっても知らんで、その歯が全部抜けるの覚悟してやれよ。組内のいざこざに巻き込まれるのは勘弁してくれってな。めんどくせぇ、俺は、しょんべん、しょんべん。漏れてしまうやろが!おぉ、よっ子、お前、一緒にしょんべんすっか!」


 にやけた顔してよっ子の腕を掴もうとしたが素早く大葉の手を交わして真由子の背中に隠れた。


「そんなに恥ずかしがらんでもええやんか、やっぱ、オメェかわいいわ、ちいせぇし」


 いやらしく笑う大葉は舌をべろっと出してよっ子を舐めまわしそうな勢いだ。いきなり股間を押さえて、


「よっ子、しょんべんする時、ちんちん持ってくれっか!」


 顔をしかめて俯くよっ子を舐めるよに見て下卑げびた笑いを振りまきながら部屋を出て行った。


「なに あれ 下品」


 真由子は眉間に皺を寄せて「おえっ」と胸をむかつかせる。


 その時、真由子は背中に衝撃を感じて振り返った。よっ子が足下にひれ伏している。


「よっ子!なにやってんの!」


「うっっ……重たい……」


「小暮さん、大丈夫ですか!」


 哲也はすぐによっ子の上にのしかかる女性に駆けよった。


「マッサン!どうした」


 一輝もすぐに駆け寄り床に膝をついた。その膝がよっ子目の前にある。


『小暮マッサン……』よっ子は女性の名前を呟く、哲也はよっ子に覆い被さる女性を抱きかかえようとし肩に触れた瞬間に、


「触らないで……」


 と小さな頼りない声がよっ子の耳の中に入り込んできた。


「マッサン!俺、一輝、大丈夫か、一輝だ。わかるか」


「わかる……」


 とても辛そうに搾り出す微かな声だ。よっ子の耳にかかる息が過呼吸のように聞き取れた。


「先輩……先輩、息遣いが変です」


「お前も苦しそうだな」


 よっ子の顔を覗き込む一輝の顔がにやけている『冗談言ってる場合じゃないんですよ』

胸を圧迫され苦しいのはよっ子も同じだ。息がしにくい。


「まゆゆ、その背中借りれるか」


「へっ……背中?」


 真由子は一輝の思いを察してすぐに背中を向け膝をついた。


「マッス、まゆゆって知ってるか、でかいけど、一応女だから安心しろ、肩触るぞ」


 抱えてそのまま真由子の背中にのせた。


「でかいけど……一応女って……失礼ね。確かに……でかい女だけど」


 自虐しながらマッスを背中におぶった。


「お前、立てるか?」


 一輝の心配を他所に真由子はすんなりと立ち上がった。


「さすがだな」


「はい!先輩」


「だから、お前の先輩じゃねえって」


 哲也は潰れたよっ子を抱き起こした。


「大丈夫か……よっ子」


「はぁぁ……死ぬかと思った。哲也さん……やばかったです」


 よっ子は思いっきり空気を吸い込んだ。


「お前は小柄だからな」


 子供をなだめる時のように優しく頭を撫でた。撫でられたよっ子は少女のようにはにかんで肩をすくめた。


「よっ子ちゃんどこ」


「ここにいます。小暮マッサンさん大丈夫ですか」


 よっ子は小暮マッサンの背中にそっと触れた。


「金さん!こいつらのこと頼むで!」


 一輝は窓側のソファの金太郎の耳に届くように叫ぶと会場のドアを開けた。哲也に促され真由子は先を歩く一輝の背中を見つめながら、


「ねえ、よっ子、意外に先輩、かっこいいじゃん」


 その真由子の言葉に思わず、


「そうかな。どこかですか」


 と心にもない事を真由子にだけ届く声で囁いた。よっ子は心拍数を上げるその背中に抱きついた夜のことを思い出していた。






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