第42話  次から次に 4

 天然木一枚板のローテーブルのに置かれている盛り盛りに盛られた皿の料理をあれもこれもと口に詰め込むやすしを横目で見ている時貞は、


「おい!やす


 と声をかけた。泰は慌てて振りむき、「うぐぐ」と唸りながら苦しそうに胸をぽんぽん叩した。


「おめぇ、ゆっくり食えよ」


 返事が出来なくて何度も何度も頭を縦に振り、


「マイク持ってきてくれねえか」


 と言われてこくりと頷き、胸を叩きながら舞台横のスタンドマイクに向かって忍者のように素早く走ってスタンドからマイクを抜き取ると素早くソファにまで戻り膝をついてマイクを渡した。


 時貞はマイクのスイッチを入れて先をコンコンと指で弾いた。


「おい……お前らな。喧嘩をするのは構わねえが、祥子ちゃんが吟味して買い揃えた食器やグラスを割るんじゃねえぞ。下手すりゃあニ度と手に入らねえものもあるし高価なもんだ。割ったら、最期……俺は知らねえぞ。なあ、大介、祥子ちゃんが怒ったらとんでもねえくらいおっかねえからな」


 カウンターの一角に取り皿として置かれている三川内焼みかわちやきの白磁器や料理が盛られているロイヤルコペンハーゲン、能作すず製の大皿、きらきらと輝いているグラスを見やり、全員、ごくっりと唾を呑み込んだ。


「誰が!大事な食器を割ったって!」


 ドアが開き音吐朗朗おんとろうろうの声が耳に飛び込んできた。


 皆が扉に注目すると時貞の妻、清水祥子が見目麗みめうるわしく迫力満点の身姿で登場し、感嘆の息を漏らすはよっ子。


 見事に着こなす上品な着物は絹の生地に直接筆で絵を描くように色付けした友禅仕立て上半身は無地濃紺で下半身に一竹辻が花がオーロラぼかしに描かれている。


「綺麗……あっ……」


 想像していたよりもかなりの美人で驚いて肩にかけていたトートバッグが床に落ちた。

慌ててバッグを肩にかけ直す『これ邪魔だわ』よっ子はバッグの置き場がないか辺りを見回す。その時


「「おっす!」」


 と皆が一斉に「おっす」と言ったものだからよっ子も思わずつられて「押っす」と言った。


「お疲れ様です。姐さん」


 四静組ししずぐみ春日部兵吾かすかべひょうごが駆け寄りバッグをさりげなく受け取った。


「遅刻しなかったでしょうね。寝坊助ねぼすけなんだから」


 と歪んだ前髪を直してやった。


「すいません」


 と言いつつ自分の前髪に触れる。


「当たり前です。今日は遅刻できないですよ。舎弟頭がいらっしゃるんで、ちゃんと時間通りに来ました」


「大介がいなくてもちゃんとしなさい」


「はい」


 春日部兵吾は大介を畏敬いけいし神と崇め、みまがう事なく服従ふくじゅうし大介から深い信頼を得て、若干35歳にして不動産部部長を任されている。


 寝坊癖がたまに傷ではあるが、すっきりとした面持ちと物腰の柔らかさが熟女に定評で祥子はホストクラブの経営をさせたらどうかと提案、


 しかし、軽妙けいみょうなお喋りやでまかせが言えないなど、言葉巧みに接客する仕事はできないと拒絶、その時はいさぎよく『自分には無理です』と時貞に土下座し断った。


 兵吾は時折、祥子の手となり足となり、調査業務に従事している事から他の若衆よりも特に可愛がられている。


「祥子ちゃん、お疲れさん、その着物似合ってるぜ」


「ありがとう。だって、これ、貞ちゃんからのプレゼント」


 と時貞の前でくるりと回ってポージングを決めた。客人や若衆がいようとも委細いさい構わず仲睦まじさを見せ付ける。この事は全員周知している事であり皆は見て見ぬ振りでやり過ごす。


「仕事、長引いたんだな」


「そうなのよ。着付けに時間かかっちゃってね」


「着付け……」


 時貞はぽかんとして祥子の姿を上から下、下から上と眺めるように見た。


「似合ってるかしら、むねくん」


「祥子ちゃんはなに着ても似合うでしょ」


 聡明で味わい深く大人の女性らしく美麗である。

 

「そうよね。むねくん、よくわかってるじゃない。それより。香子かこさんはどこ……」


 祥子は会場のリビングを見渡した。香子とは京我谷宗俊の妻である。


「風邪をひいちゃってね。とっても来たがってたんだけどね……でも軽井沢からひきあげてきたから、いつでも遊びに来て」


「えっ、いつこっちに帰ってきたの?貞ちゃん知ってた」


 時貞は眉尻をぽりぽりかきながら、


「ああ、そうだった。祥子ちゃんに話すの忘れてた。すまんな」


 と祥子の手を掴み自分の横に座らせた。


「この頃、貞ちゃん忘れっぽいんだから、大介!貴方がちゃんと教えてくれないと」


 大介は「……はい」と返事をしつつ眉間を寄せて首を傾げた。


「それで、軽井沢の家はどうするの?」


「別荘にしようと思ってるんだよ。もしよかったら使ってくれて構わないから」


「そぉぉ、貞ちゃん、今度二人で行って来ようか」


 時貞の腰に腕を回しぴたりと身体を寄せ満面の笑みで肩に頬をのせて前を向いた。


「あら……確か、貴方は、大介を助けてくれた先生じゃないの、えっと……」


 身体を起こし座り直しておくみを少し引っ張った。


「蓮池です。奥様、お久しぶりです」


 蓮池学はすいけがくは礼儀正しく丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、ご無沙汰していて、その節は大介を助けて頂いてありがとうございました。今回、来ていただけたんですね」


「はい、お招きいただきありがとうございます。あっこれ、うちの社長からです」


 と小さな和紙の手提げ袋を差し出した。


 それを受け取った祥子は和紙袋の中から桐の箱を取り出し、


「何かしら、開けても構わない」


「はい」


 蓋を開け、中の和紙を避けると、飴色をした本鼈甲ほんべっこう唐草模様の透かしを施した二本挿しのかんざしが入っていた。



 


 




 


 

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