第11話 俺達はきっと好き好き同士だと思う

 街灯一つない街は、夜になると死んだように息をひそめる。昼間はあれほど騒がしかった東の大通りも、今は人の気配が一切感じられない。


「誰もいないな」

「夜に出歩くやつなんて犯罪者か、酒場通いしてるアル中くらいよ」

「何処もそうなのか?」

「だと思うけど……あんたはさっきから何してるわけ?」


 東の関所近くの広場までやって来た俺は、ひょっとしたら村長がまだ待っていてくれているのではないかと思ったのだけど、そこには誰の姿もなかった。


「そりゃさすがに帰ったに決まってるわよ。仮に待っていてくれていたとしても、アタシと一緒だったら間違いなく馬車には乗せてくれなかったわよ」

「お前ってそんなに嫌われてるのか?」

「アタシじゃなくてハーフエルフよっ!」


 目尻を吊り上げたゆかなに怒鳴られた。


「あんたの家はコロネ村ってところだっけ?」

「歩いて行くには少し遠いぞ?」

「あんたって本当に何も知らないのね」

「というと?」

「街の北から北東方面にかけて大きな森林があるでしょ」

「ああ、うちの村の近くにもでかい森があるからな」

「あそこにはゴブリンやらワーウルフがわんさか居るらしいのよ。奴隷館でベルフェゴールが言ってたから間違いないわ」

「それが何なんだよ? 異世界なんだからモンスターくらい居るだろ」


 彼女は「そうね」と頷き、続けてモンスターがもっとも人を襲う時間帯は何時だと思う。異世界人ならではの質問を投げ掛けてきた。


「……ひょっとして夜か?」

「御名答。ならモンスターと動物の違いは?」


 モンスターと動物の違い?

 考えたこともない。


「この世界では猿は動物だけど、ゴブリンはモンスターと呼ばれる。馬やロバは動物、だけどユニコーンやペガサスはモンスター。あんたにこの違いが分かる?」

「うーん……」


 まったく分からない。

 言われてみればどれも大した差がないように思える。

 けれども、彼女の言い方からすると、そこに明確な違いがあるのだろう。


「何が違うんだ?」

「知能指数よ。モンスターは動物と呼ばれる生き物と違い、人の言葉を完璧に理解しているの」

「知性が高いとモンスターってことか」

「だからモンスターは夜に人を襲うことが多い。人が暗闇では目が見えないことを知っているから。したがって夜に外壁の外に出るのはあまりオススメしないわね」


 なるほどな。

 ウォール・マリアが築かれたのはオール阪神巨人から身を護るためではなく、モンスターから街の住人を守るためというわけか。


「でもそうなると、壁に守られていない村の連中は怖くないのか?」

「怖いに決まってるじゃない」


 ゆかなの声が感情の波に揺れる。けれどもすぐに気を取り直したように、声が低くなる。


「だからこの世界の人々は夜を恐れ、ハーフエルフを忌むべき存在と揶揄するの」

「夜を嫌がるのは分かるけどさ、なんでハーフエルフなんだよ?」

「モンスターはエルフの血と肉が好きなのよ」

「え……」

「でもエルフは強い上に群れで行動する。だから孤立してるハーフエルフはモンスターに取っては格好の的ってわけ」


 ハーフエルフが忌むべき存在と恐れられる理由は、ハーフエルフがモンスターを誘き寄せてしまうからだと、彼女は教えてくれた。

 しかし、それなら彼女もエルフ達と共に暮せば嫌な思いはしなくて済むのではないかと、俺は無神経にも聞いていた。


「……エルフは人族を好まない上、血を大切にする種族。穢れた血のハーフエルフを受け入れることはない」

「………」


 なら、こいつはずっと母親とふたりぼっちだったのか……?

 そこまで思案した俺の脳裏には、ある一つの可能性が過ぎっていた。


「お前の……その、今の母親は……本当に病気なのか?」


 ベルフェゴールのおっさんはリフルの母親が大病を患っており、その治療費を稼ぐために彼女が自ら奴隷になることを望んだと言ったけど、本当なのだろうか。


「……アタシのママね、すっごく美人なのよ」

「うん、見たことないけど何となく分かるよ」


 ゆかなは前世でも美人だったけど、リフルとして生まれ変わった今世でもめちゃくちゃ美人だった。彼女の両親が美男美女だったことは容易に想像がつく。


「アタシ、ずっとママと山の中で暮らしてたの」


 ゆかなは物心ついた時から母親と二人森の小屋に住んでいたという。

 食糧は基本自給自足で、幼い頃から狩りをしていた。たまに母親が一人で近くの村に赴き、猪の肉と引き換えに衣服などを手に入れる。


 そんなある日、母親がいつものように村に行くと、タイミングを見計らったかのように男が訪ねてきた。

 小綺麗な恰好をした小太りの中年だった。


 彼はゆかなを見るなり頭を下げた。

 自分よりも二回り以上年が離れているであろう男に頭を下げられた彼女は、大層驚いたという。


 男は彼女に言った。


「私は君の母親が好きだ! 一緒になりたいと思っている」


 しかし、娘の君が居ると村人達に反対される。男は村の領主だったのだ。

 男は何度も、何度も懇願した。

 やがて彼女はホッと安心したように微笑んだ。


 良かった。

 これでママも幸せになれるのかと。

 彼女はずっと気にかけていた。自分を生んでしまったばかりに、母が不幸になっているのではないかと。

 けれど、自分が母の前から消えることで、母は普通の人間の生活に戻れる。

 ようやく幸せになれるのだ。


 母の幸せを考えると、彼女は嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。


「大丈夫、寂しくなんかない。泣いちゃダメよ」


 母の元を去った彼女は、死に場所を求めるように彷徨い歩いた。

 そしてとある森の中で、彼女が蔦を縄に見立てて自殺を図ろうとしたその時、どこからともなく怪しげな男が現れた。


「おや、ちっぱいを苦に自殺でございますか?」

「違うわよ!! たしかに前世でも今世でもコンプレックスだけど、そんなので死なないわよ! つーか邪魔だからあっち行ってよ」

「世界は広うございます。ちっぱい趣味の殿方も……たぶん」

「違うつってんじゃない!! つーかなんでそこで言い淀むのよ! いるって断言しなさいよ! 言っとくけど小さい方が好きって男はいるからっ!」

「しかし、自ら命を断つのでございましょ?」

「胸が小さいことが理由じゃないけど、まぁそうね」

「さようでございますか。では一つ提案なのですが」

「なによ?」

「どうせ死ぬならわたくしにあなたの命と体を譲っては頂けませんでしょうか?」

「は? ……命と体を……譲る?」

「さようでございます。わたくしはベルフェゴール。しがない奴隷商人にございます」


 こうして彼女はもうどうでもいいやと、ベルフェゴールの元で奴隷になったのだ。


「でもそれなら、俺から逃げても追われなかったんじゃないのか?」

「それは無理。実際に10%はママに支払われているのよ? あいつなら何するか分かったもんじゃないわよ」


 俺はあの胡散臭いベルフェゴールの笑顔を思い出し、妙に納得してしまった。


「とりあえず移動するわよ。こんな真夜中に出歩いていたらまた変なのに襲われるかもしれないし」

「でも何処に行くんだよ?」

「あんたいくらか持ってる?」

「一応白金貨一枚、大金貨一枚、金貨三枚、大銀貨一枚、銀貨三枚ならあるぞ」

「あんた昨日異世界こっちに来たばかりなのよね? なんでそんなにお金持ってんのよ」

「ああ、それはだな……」


 俺は砂糖1kgとコピー用紙を商業ギルドで売っぱらったと説明。


「あんた悪どいわね」

「ニートから脱出しようと必死だったんだ」

「はぁ……」


 死んでないあんたがなんでそんなハードな人生を歩んでいるのよと、ゆかなが呆れ果てている。俺は少しだけ恥ずかしかった。


「とりあえず何処か宿に入って、日が昇るのを待つしかないわね」

「宿っ!?」

「言っとくけどヤらないわよ!」

「でもっ、白金貨100枚だぞ! 日本円にしたら2億近い額なんだぞ!」

「知らないわよそんなことっ!」


 俺は髪を掻きむしり、跪いて慈悲を乞う。


「お願いします! 先っぽだけでもいいので!」

「あんた虚しくないわけ? てかそんなあんた見たくなかったわ」


 ゴミを見るような目で一瞥する彼女に、俺はやるせなさから口調に怒気が混じる。


「仕方ないだろ! 俺はもう31歳なんだよ! けど俺には恋人もいなけりゃ女友達の一人もいない! あの頃生まれたばかりだった妹は高1になって彼氏ができたと母と話していた。お前に俺の気持ちが分かるか?」

「なっ、泣くことないじゃない!?」

「親からは腫れ物を触るように扱われ、妹からはゴキのように扱われる俺の気持ちがっ! だから異世界に通じる階段が現れたとき、俺は少し期待したんだ。これは俺が変わるチャンスなのかもしれないと!」

「わ、分かったから、落ち着きなさい。近いのよ」

「お前を見たとき2億借金してでも良いと思った! なんでか分かるかっ!」

「し、知らないわよ」

「夢にまで見たハーフエルフと初体験できると思ったからだ! 俺は憧れのハーフエルフでDTを捨てる! そんでおらさハーフエルフの嫁さんを連れて帰って馬鹿にした妹を見返してやるんだぁっ!!」

「………嫁ってなによ」

「やらせてください! 責任とってヤらせてくださいお願いします!!」


 渾身の五体投地を繰り出す俺を、彼女は哀れなものを見る目で見下ろしていた。


「でゅふふ」


 チラッと彼女の方をうかがえば、ジャージからスラッと伸びた太腿がキラリと闇夜に輝いた。そこから目線をさらに上へ上へと持ち上げれば、魔のバミューダトライアングルが見えてきた!


 うひょぉおお!?

 思えば彼女は俺の初恋の相手――逢坂ゆかななのだ。想像しただけでガッテム! 

 俺の股間がマンハッタン・ドロップ!

 パンツと呼ぶにはあまりに頼りない布切れ、目を凝らせば生○ピーが拝めるかもしれない。



 ――ガンッ!!



「………ゔぐぅぅ……」


 思いっきり頭を踏まれて顔面が地面にめり込んでしまった。控えめに言ってめっちゃ痛い。


「見てんじゃないわよ! つーかやっぱ無理っ! 昔のあんたならともかく今のあんたは嫌っ!!」


 そんな……殺生な。


「後生を、後生をっ……」


 闇に溶けていく彼女の背に、俺は腕を伸ばし続けた。


「置いてくわよ」




 ◆◆◆◆◆




「へぇー、中々いい部屋じゃない」


 宿屋に移動した俺は、店主にゆかながハーフエルフだということを知られぬよう、細心の注意を払いながら部屋を借りる。


 実際には腫れ上がった俺のバケモンみたいな顔面を見たくなかった店主が、ずっと足下を見ていたので気付かれなかった。


「アタシこっちのベッド使わせてもらうから」


 ゆかなは部屋に入ると窓際のベッドに背中から倒れ込んだ。余程疲れていたのだろう。


「……なによ?」

「いや、別に」


 改めてゆかな――リフルを見るとめちゃくちゃ可愛い。しかもその正体は何度もセックス(妄想)した相手、逢坂ゆかななのだ。

 彼女は今、俺の性奴隷。

 これで興奮しない日本男児はいないだろう。


「よいしょっと」

「は……?」


 ギィーギィー……。


「……なにしてんのよ?」

「なにって、見たらわかるだろ?」


 俺はもう一台のベッドをゆかなのベッドにくっつけようと、力いっぱい押していた。


「やめなさいよ」

「くっつけるくらい問題ないって」

「大ありよ! アタシは15歳の少女であんたは31歳のおっさん! いくらなんでも犯罪だと思わないわけぇ!?」

「思わん!」

「は? あんた頭大丈夫?」

「お前は俺の幼馴染みだ」

「それは前世の話でしょ!」

「俺にとっては今世だ」

「やめろって言ってんのよ!」

「嫌だっ!」


 俺達はベッドを押し合いながら、互いに一歩も譲らなかった。


「少し考えてみろよ、ゆかなっ!」

「なにがよ!」

「もしも俺達が死別していなかったら、俺達は絶対に付き合っていたと思うんだ!」

「はぁああああ!? 何言ってんのあんた!」

「照れなくてもいい! お前は本当は幼稚園の頃に俺に助けられて以来、俺のことが好きだったんだよ!」

「あんた15年間引きこもり続けて頭がおかしくなったんじゃないの!?」

「なんで照れるんだよ!」

「照れてないわよ、バカッ!」


 俺は15年間いつも考えていた。

 もしも幼馴染みの逢坂ゆかなが生きていたら、俺達は付き合い、そして結婚していたんじゃないかと。


「ない! 絶対にないからっ!」

「根拠だってあるんだ!」

「は……根拠?」


 根拠その一、幼少期にいじめっ子から助けられた幼馴染みは大体主人公に惚れる。これはどんな漫画やラノベでも定番の展開、異論は認めない。

 その手の物語を読むたび、俺は自然とヒロインにゆかなの面影を重ねていた。


「人間関係を遮断して、アホみたいに漫画やアニメばかり観てるから、そうやってリアルと二次元の境界線が無茶苦茶になんのよ!」

「まだある!」


 根拠その二、あの日最後に彼女が助けを求め、名前を呼んだのは俺だった。

 これは言うまでもなく、好きな人だったからに違いない。


「思い出しなさいよ! あの時あんた以外みんなぶっ倒れてたか死んでたじゃない! それに助けてくれるって約束してたから頼っただけよ!」

「嘘だッ!!」

「嘘じゃないわよ!」

「毎年欠かさずバレンタインのチョコだってくれてたろ!」

「ママがあんたに渡してあげなって、買って来てたのよ! 言っとくけどアタシ自分であんたのチョコ買ったことないから!」

「信じない!」

「いや、そこは本人が言ってんだから信じなさいよ」

「ちゅーの時めっちゃ気持ちよさそうだった!」

「あ……あれは………っ」

「やっぱり気持ち良かったんだァッ!」

「喜ぶんじゃないわよ!」

「ちゅーだけ! せめてもう一回ちゅーだけさせたくれ!」

「いい加減にしてよッ!!」

「――――ゔぎゃぅッ……」


 風魔法を叩き込まれた俺は、背中から壁に叩きつけられてしまった。

 背中に激痛が走る。

 背骨がへし折れてしまったかもしれない。


「とにかくもう寝るから! あんたももう寝なさい。いいわね!」

「や、やりた……い」


 そこで俺の意識は途切れてしまった。

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