第十話 邂逅
そこには、何も無かった。
ただ大きな木が生えていた。
そこはズーロパと呼ばれる地。
聖者ジョシュアは故郷ベインを追われ、最後にこの地にたどり着いた。
そして彼は神託を受けた。
1.我の上に立つ物を作るなかれ
2.神を模すなかれ
3.殺すべからず
4.奪うべからず
5.姦淫するべからず
6.偽るべからず
7.盗むべからず
8.神を名乗るべからず
9.神に背くべからず
10.闘うべからず
その後彼は洗礼者となり、この教えを各地に広めた。
最後には国家の争いを収めるにまで至った。
これらが現代の立憲社会の礎となっている。
————————————————
そこはズーロパの地と呼ばれていた。
赤茶けた大地に砂塵を大量に含んだ風が吹き、そしてそこには動植物の類はほとんど存在しなかった。
レイを含めた新兵全員が、この地に集められた。
宗教上、ここは聖地と崇められた場所であるらしく、アズリエル内でも特に神聖にして強大なアズリエル王立騎士団は、ここで洗礼の儀を受けてから一人前の騎士となるらしい。
全員がその大木の前に行進し、捧げ
その大木の前にはアズリエル王国軍の中枢たちが一列に並んでおり、デズモンド元帥の姿もそこにあった。
「これより貴君らは、王国最強の騎士となる。
世界の悪全てを討ち亡ぼす、この世で最も神聖なる兵である!
その魂は不変にして不死である。何故か? それは我々が常に聖なるアドナイの教えと共にあるからだ!
例えその身体が死しても、その魂は消えない。唯一無二たる聖典の教義が生き続ける限り、我々も死なん。
つまり諸君らは、この世で最も犯し難い者たちである!
常にそのことを忘れるな‼︎」
バリー・コンドレン将軍のスピーチの後にも、何人かの要職の話が続いた。
正直な所、レイは全く興味を持てなかった。
確かに達成感や自信はあったものの、必要以上に形式張った任命式にあまり興味が持てなかった。
それには恐らく場所も関係していた。
これが豪奢な教会であるなら、まだ心を動かされるものもあったかもしれない。
だが聖地と呼ばれるこのズーロパは、荒れ果て乾ききった、ただ大きな木があるだけの場所だった。
(こんな場所が本当に聖地…?)
そこに整列している兵以外は、生き物の影すら殆どない。
民家など一軒もなく、ただ荒涼とした大地が地平まで広がっているだけだった。
レイは寂寞とした感情を抱いた。
そして、訓練所最後の夜。
任地と階級が発表され、次の日には戦地に派兵される。
ジャマールは上等兵、レイはなんと異例の伍長の階級を得た。
「誰であろうと平等に助け、そして殺せるならば、それは良い兵士だ。ジャマールと共に、北で活躍してこい!」
2人とも、同じ北方戦線に赴任する事になった。
ヴィクトル・リー軍曹が最後にかけた言葉に、微かに優しさがあった。
「これからも、よろしく頼むぜ」
「ああ!」
しっかりとお互いの手を取った。
そして、次の朝。
彼ら2人は、北の前線地帯に向かう飛空挺の中にいた。
甲板は多くの兵士たちでごった返していた。
「こんな大人数が導入されるのか…」
「そりゃそうだろ。今1番の激戦区は北方戦線だからな。補充人員も多くなるだろ」
レイにっては、その情報は初耳だった。
元帥からは、アズリエルは国の北と南で日々激戦が繰り広げられているとは聞いていたが、まさかそこまでとは聞いていなかった。
補充人員が多いということはつまり、犠牲者が多い事も一因になり得るはず。
そう考えると、いかにチート能力を持っているレイとはいえ、身体に緊張が走るのを抑えられなかった。
ふと、見慣れない人物を見かけた。
(女…?)
ワインレッドの腰まである長い髪をなびかせた長身の女性がいた。
どちらかといえば切れ長の目をしており、少し気の強そうな顔立ちをしていた。
アニメやラノベのキャラだったら、もしかしたらあまり好感度は高くないかもしれない、とレイは不意に思った。
「女の兵士なんているんだな…」
「最近は増えてきてるらしいぜ。ここも結構多い方だ、見てみな」
確かに注意深くみてみると、女性の影もちらほらと見える。
それも皆、訓練でフィジカル・メンタル共に鍛え上げられた印象はあるものの、顔立ちや体型や雰囲気に充分な女性らしさを残していた。
「あの赤毛は士官みたいだな。胸の胸章を見りゃわかる」
確かに先程の赤毛の女は、左胸に鮮やかなバッジをいくつか着けていた。それに加えて、彼女は他の兵にはない赤い腕章を着けていた。
「あれが噂の魔戦兵か」
「魔戦兵?」
「魔法主体で戦う兵士の事だよ。あの腕章は、魔戦兵しかつけられねぇ」
ふと彼女がこちらの方を見た。
レイたちが彼女のことを話しているのに気が付いたのだろうか。
コツコツと軍靴の音を鳴らしながら、こちらに近付いてきた。
「何? この腕章が珍しいの?」
涼しげな口調で彼女は言った。
ジャマールが突如姿勢を正し、敬礼した。
(そういえば、士官っていってたっけ)
ジャマールの言っていたことを思い出し、レイもすぐさま敬礼した。
「申し訳ありません、少尉殿! デズモンド伍長が軍の階級章に不慣れな為、教えていたのであります」
クスリと彼女は笑った。
「気にしてないわよ。ただ、あんまり見かけない亜人の兵士とデズモンド元帥の養子がいたから、声をかけて見ただけ」
そう言って、レイの方を見つめた。
「あなたがデズモンド元帥の養子の、レイ・デズモンド伍長ね」
「はい、少尉殿!」
可能な限り溌剌とした口調で答えた。
やはり元帥のコネで入隊したという噂は広まっているのだろうか。
実際のところは、皆と同じく辛く厳しい訓練を受けてきたのだが、それについて誤解を解いて回るのも些か面倒だった。
そう答えると、彼女はレイに向かって微笑みかけた。
「私はライリー・デュボワ。必要な時以外は敬語でなくても大丈夫よ。一緒に生き残りましょ!」
そう言って彼女は手を差し出してきた。
「あ、はい…」
おずおずとレイはその手を握った。女性の手を握るというのも不慣れなので、挙動がおかしくなってしまう。
ジャマールもその手を取った。社会経験と女性経験の差なのか、彼は堂々とライリーの手を握り握手した。
そしてライリーは手を軽く振って去っていった。きつめの第一印象に反して、意外にもとっつきやすそうな人間である。
「いい人そうだったな…」
「まあ、な。元貴族ともなれば、まあまあ教育とかもしっかりしてんだろ」
「貴族?」
「デュボワってのは、もともと貴族の家の苗字だぜ。今は身分制度がないから貴族特権はないけど、未だに金は持ってるはずだろ」
言われてみれば、ライリーの立ち居振る舞いには、何処か上流階級じみた気品が感じられた。
彼女のような人間が仲間という事実が、レイを幾ばくか安堵させた。
「わっ!」
「うぉっ!」
突如として飛空挺が揺れた。
時折発生する乱気流により、挺身が揺さぶられる事は珍しくはない。
「きゃあっ!」
レイの方に、突然背の低めの女性がぶつかってきた。
髪は栗色で、先ほどのライリーに比べると体は凹凸に富んで入るものの、俊敏さや力強さの類は感じられなかった。
「あ、ご、ごめんなさい…」
「へ? ああ、いや…」
軽く謝ると、彼女は駆け足でその場から遠ざかっていった。
「ありゃ衛生兵か伝令か? 生き残れんのかよ、ありゃあ…ってレイ? どうした」
「…めっちゃ可愛かった」
どことなく幼気で少女の面影を残す、まさしく戦場に咲く一輪の花。レイは一気に夢中になってしまった。
「はぁ…呑気な野郎だ」
ジャマールもこれには呆れてしまったようである。
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