第五話 そのための権利

 コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「私だ。モーガンだ」

「…どうぞ」


 レイの部屋のドアを開け、デズモンド元帥が入ってきた。

 頭と手には包帯が巻かれているが、元気そうではあった。

 あれだけの爆破だったが、元帥やその他数人の要職は後ろの建物の中に控えていたため、重傷者は出なかったそうだ。


 レイの場合は直接爆破に巻き込まれたにも関わらず、ほぼ無傷に近かった。

 恐らくこれはチート級の生体感応値のおかげだろう。大概の物理的ダメージは大幅に軽減される。

 診察した医者が信じられないといった表情をしたのをレイは未だに覚えていた。


「ほう、偉いな。勉強していたのか」

「え、ええ。まあ…やることもないですし」


 レイの手には元帥から譲り受けた聖書があった。


「一応、天変地異が起こって神さまがいなくなったところまでは読み進めましたよ」

「そうか…」

「ところで、何か用があるんじゃないですか?」

「おお、そうだったな」


 元帥の表情が微妙に堅くなった。


「君の出兵時期が早まった。3日後には新兵訓練所にて兵士としての戦闘訓練が始まる」

「は?」

「先程、正式に閣議決定された。

 あそこまで大規模なテロを起こされて、もはや悠長にはしていられない、というのが行政府の意向だ」

「…マジかよ」


 レイは驚きを隠せなかった。

 未だにこの世界の事をよく知らない状態で、尚且つあんな悲惨な事件の後で、兵役に就く。展開の早さについていけなかった。


「急な話で悪いとは思うが、明日は準備に当ててくれ。出発パーティはしてやるからな」

「は、はぁ…」









 次の日の朝、レイは生活用品や娯楽品などを買い揃えるため、一人で街に出ていた。

 訓練所では2ヶ月半外界からほぼ隔離に近い状態で訓練を受けるため、ある程度の買い溜めが必要だった。

 特に読書などの娯楽品に関していえば、上から支給などされるわけがない。

 であるならば、今のうちに買い揃えておかねばならないわけである。


(えっと、本屋は…)


 頭の中に術式を浮かべる。

 すると衛星からの映像のように、リアルな地図と現在位置が、目の前に表示された。

 店名と業種まで表示されるので、地図アプリと同等の使い勝手だ。


(こっちの道か)


 本屋への道を進んでしばらくすると、小さな路地に出た。





 そこで胸に悪心が走るような、嫌な光景に出くわした。



「おら、さっさと自爆してみろよ‼︎ 家畜みてぇな耳しやがってよ」

「や、やめ…痛…」

「そんなに俺らが憎いかよ、この非人種が!」



 2人の柄の悪い輩が、少女に殴る蹴るの暴行を加えていた。

 暴行を受けている少女は、肌の色が幾ばくか黄色人種に近く、赤毛の頭に獣のような耳が生えていた。

 目に涙を浮かべながら、されるがままになっている。

 不意に、レイの胸が痛んだ。よく見覚えのある風景だからだ。

 殴る蹴る侮蔑されるのは、元いた世界での日常茶飯事だったからだ。


「おい、何見てんだよ?」

「あ、いや…その…」

「見せもんじゃねぇぞコラ、消えろ!」


 不意にたじろいだレイは、そのまま立ち去ろうかと思った。

 すると彼女の顔が視界に入った。レイに向かって哀願するような眼をしている。

 そこまできて、レイはふと思い出した。



(そうだ、俺…いま強いんだ)



 大規模な爆破に巻き込まれても、軽傷で済む身体なのである。

 多少素手で暴行されても痛くも痒くもないはず。

 そう思った瞬間、レイは暴漢達を睨み返した。


「お、女の子相手になにやってんだよ。そっちこそ消えろ!」


 少し吃ってしまったものの、レイは出来うる限り勇ましく啖呵を切った。

 前世ではこうして誰かに歯向かう事など、ほとんど無かった。



「あぁ? 何イキがってんだ」


 言うが早いか、チンピラがボディブローをレイの腹に打ち込んだ。

 レイの身体がくの字に曲がる…と思いきや。


(…痛くない!)

「っ痛ぅ‼︎」


 逆にチンピラの方が拳を抱えてうずくまった。


「や、野郎!」

「上等だ、マジで殺してやるよ!」


 他の連中がナイフを取り出した。刃渡りは短いものの、人間1人に致命傷を負わすには充分だ。


「えええ⁉︎ ちょ、おま…」


 心底レイは慄いた。人生で光り物を向けられるなど、初めての事だからだ。


「オラァ‼︎」

「うわっ!」


 ナイフはレイの胸に突き刺さるかと思いきや、違った。


 皮膚の浅いところで止まり、致命傷には至っていない。


 それどころか、血さえほとんど出ていない。痛みさえほぼ無いに等しかった。



(すげえ!)



「お、おい、どうだよ! 蚊に刺されほどにも効かねーよ‼︎」

「ば、化け物だ!」

「ひぃぃっ!」


 蜘蛛の子を散らすように、チンピラ達は逃げていった。

 その場にはレイと獣耳の少女だけが残された。


「あ、あの…ありがとうございます」

「え、あ、いや…」


 軽く頭を下げて、少女は駆け足で去っていった。

 女の子を助けて感謝されるのは、レイにとって初めての経験だった。







 夕食の席で、レイは今日見た事を元帥に話した。彼は悩ましげに頭を抱えて、溜め息をついた。


「呆れたな…未だそんな輩がいるのか」

「ああいう奴らって、結構多いんですか?」

「そうだ。昔からいる上、最近更に増え始めてきている。先の爆破事件や、それに対する措置の影響だな」


 あの時自爆した少女も亜人だった事を、レイは思い出した。確か羽が生えていたはずだ。


「人種差別など王国民として恥ずべきことなのだが…。

 残念ながら、そこまで道徳として浸透していないのだろう」

「あなたは決して、肌の色や耳の形で人を差別しては駄目よ」


 フランソワ夫人が言った。

 この夫婦は人種差別をせず、人権は平等だと考えているようだ。

 教育水準や人間性によっては、ああいった差別主義者が出て来るらしい。

 ああいった本物の差別を見るのも、レイにとっては初めてだった。










 夜更け。

 レイは寝付けなかった。


(明後日から兵役か…)


 緊張しないわけがなかった。

 人生の中で兵士としての訓練など、受けたことなどない。

 何より人と戦うことさえ避けてきたのだ。


(まあでも、チート能力はあるみたいだし、死にはしないだろ)


 その能力は二度に渡って証明された。一度目は大規模な爆破、二度目は刃物相手である。

 本当なら二回死んでいる所を、レイは生き延びた。


(よくあるハーレム無双も夢じゃないな…それに)


 彼は思った。

 フィクションの世界でしか有り得なかったチート能力がある以上、ハーレム無双も十二分に起こり得る。

 何より彼の中に、ある感情が浮かび上がっていた。


(女の子にあんな事させる奴らが、いい奴なワケない)


 今でもハッキリ覚えていた。

 焼け焦げ、バラバラになった少女の死体。まだ幼かった子供が、自らを犠牲にした。

 自爆する前に、彼女は確かに泣いていた。その心中は察するに余りあるというものだ。


(でもだからって、あの女の子みたいな奴らを殴る権利が、俺たちにあるのか?)


 先のチンピラの様に、憎しみを理由に人と戦うのが、果たして正しいのか。

 答えは出なかった。





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