第二話 強くなった体、弱いままの心
案内された場所は、どうやら研究施設のようだった。
何やらレイは首元や腕に聴診器の様なものを張り付けられ、ベッドの上に寝かされる羽目になった。
聴診器は全てコードで計測機の様な機械につながっており、何やらレイの能力を測定する様子だ。
デズモンド元帥以下、白衣を着た数人が固唾を飲んで見守る中、1人が術式を発現させた。
計測機を作動させたとレイにもわかる。
その瞬間、計測機の針が大きく揺れ、全員の間に動揺が走った。
「こ、これは……生体感応値500以上です!」
「総魔力値2000を超えています! 魔力係数に至っては計測不能です……元帥、これは」
「ああ、やはり間違いは無いようだな」
何が起こっているのか、レイにはさっぱり理解出来なかった。
(コイツらは一体何に驚いているんだ? 俺は何もしていないぞ?)
レイの頭は酷く混乱した。
「とりあえず、起き上がってくれて大丈夫だ。その器具も取っ払ってくれて構わない」
元帥の言葉通り、すぐにレイは体に取り付けられた器具を外した。
彼らの驚き様と会話内容の前後から、とんでもない計測結果が出たのは彼にも解った。
「一体、どんな結果が出たんですか?」
「うむ……一つずつ説明しよう。まずは生体感応値についてだ」
最初に計測結果が出た数値である。確か500オーバーとのことだ。
「簡単に言えば、生命力の強さを数値化したものだ。
スタミナや筋力などにも左右されるが、結局のところ極限状態でどこまで生き延びれるかと言う事だ」
恐らくゲームのステータスで表すなら、HPや物理攻撃・防御力、素早さなどの総合値に近いものだろう。
そう解釈するのが、レイにとっては一番理解しやすかった。
「総魔力値と言うのは、身体の中にある魔法を使うための体力だ。
これが尽きると魔法は使えなくなるし、少ないと使える術式が限られてくる」
これはMPに置き換えられるだろう。ネットに投稿されている小説には、こうしたゲーム的ステータス説明があるものも珍しくはない。
「最後に魔力係数だが、これは魔法を使う時の強さの基準値だ。
これが低いと魔法の規模も小さくなるし、魔法で攻撃を受けた時のダメージも大きい」
恐らくは魔法攻撃・防御力に相当するものだ。
また魔力係数×魔力値で魔法の規模が決まるというのが、この世界の法則らしい。
つまり発火魔法でも、魔力係数が高ければ火炎放射器になるし、低ければライター程度にしかならない。
「それが、そんなにすごい数値なんですか?」
「ああ。通常の成人男性は生体感応値100、魔力値300、魔力係数1000がどんなに頑張っても限界だ。
だが君はその何倍もの数字を叩き出している。常人には不可能な領域だ」
思わず口が開いてしまった。
(まさか……これがチート転生ってやつか?)
レイには目の前の現実が信じられなかった。
(さっきまで俺はただの、ほぼニートに近いコンビニバイトだったはずだ)
それが今や、とんでもない力を身につけ、救国の勇者とならんとしている。
喜ぶよりも前に、レイは大いに戸惑った。望んでいたこととは言え、目の前の現実があまりに早く記憶と変わりすぎた。
「確認は取れた。早速、リチャード王に会いに行こう」
「え、ええ?」
半ば強引に引っ張られるような形で、彼は謁見の間に通された。
「陛下は直にやってくる。しばらく待っていよう」
「はあ…」
広々とした謁見の間に、元帥とレイの二人だけになった。
あまりにも突然すぎるため、レイには目の前の物事に現実感が伴わなかった。
(現実にこんな日が来るなんて思いもよらなかったからな…)
小説の中の出来事でしかなかったチート転生。それがまさか我が身に起こるとは、レイは想像もしていなかった。
そう考えていると、部屋にコツコツとブーツの足音が響いた。
(来たぞ! 頭を下げろ!)
(え、ええ? はい…)
デズモンド元帥はすぐさま片膝をつき、跪いた。レイもそれを傚う形で頭を下げた。
「面を上げよ」
その時、レイははっきりとリチャード王の顔を見た。黒髪黒目、髭に覆われた口元、そして恐ろしいほど濁り、ギラついた双眸を。
瞬時に沸き起こった寒気と、奇妙な既視感をレイは感じた。
(なんだ…?)
どうしようもなくおぞましい、しかしどこか見知った雰囲気を感じる王である。
そう考えていると、リチャード王が二人に呼びかけた。
「その男が、異世界より来た勇者か」
「仰る通りにございます、陛下。先程全ての能力を計測したところ、相違ございません」
「なるほど…名前はなんだ? 異世界人よ」
得体の知れない恐怖感を抑えながら、レイは答えた。
「か、加藤玲…です」
「ククク、そうか…わがアズリエル王国のため、戦ってはくれぬか、勇者よ」
この瞬間、彼は勇者の称号を得た。
その後、レイはデズモンド邸に案内され、豪奢な食卓についていた。
「機密上、君はこれよりデズモンド家の養子となる。これからはレイ・デズモンドを名乗るといい」
「はあ…」
「これは妻のフランソワだ」
元帥の隣にいた貴婦人が、レイに向かって頭を下げた。
年齢を感じはするが、小綺麗にしている分、若い印象を受ける。まさしく貴族階級の婦人といった雰囲気だ。
「これからは実の家族だと思って、何でも言ってちょうだいね」
「あ、はい…」
「我々は子宝に恵まれなくてな、こうして養子を迎える事が出来て嬉しい限りだ」
レイはどうにも照れ臭いような感覚を覚えた。
赤の他人であるにも関わらず、ここまで篤い待遇を受けた上、家族になるというのである。
少し前までいた世界では考えられない話だった。
「正式な兵役に就くのは、まだ少し先になるだろう。君にはまだこの世界を知る必要がある」
「そうですね…」
当然の話ではあった。現代科学に満ち溢れた日常から、剣と魔法の世界に放り込まれたのだ。
まだまだ常識にも疎い状態では、兵として以前に社会人として役立たずだろう。
「まあ、今日はめでたい日だ。遠慮せず食べてくれ!」
「我が家に息子ができた日ですものね」
「あ、はい…いただきます」
試しに一口、スープを口に含んでみた。
(…美味い!)
「すげー美味いです、これ!」
「ははは、そうか。遠慮せず食べてくれ」
レイは目の前の食事に迷わず手を伸ばした。
メニューはパンやスープや肉類など、元の世界とあまり変わらず、尚且つ非常に美味だった。
久方ぶりの豪勢な食事を、レイは心置きなく満喫した。
(あー、食った食った)
食事も終わり夜も更けた頃、天蓋付きベッドに寝転がりレイはふと考えた。
(俺、これからどーなんだろ?)
突然死んだと思ったら異世界に召喚され、魔王などというゲームじみた存在を倒せと言われ。
おまけにチート能力まで与えられ、勇者という称号のおまけ付きだ。まだ喜びや安堵よりかは、不安や戸惑いの方が大きかった。
(まあ、何とかなるだろ)
大抵のラノベでは、チート能力を持つ異世界転生勇者が敵を無双し、ハーレムを作り上げる。
苦労らしい苦労もせずに、自分にとっての理想の世界を作り上げるのだ。
試しにレイは起き上がり、部屋に備え付けられている鏡を見た。どう見ても二十歳前後にしか見えない。
年齢を考えると、明らかにレイの顔も身体は若返っていた。
(若い顔だな〜…少なくとも三十路じゃないな)
何か事件が起こっても、全てチート能力で何とかなるとレイは考えていた。
(これからは俺の無双だぜ…へへへ…)
下卑た考えを浮かべながら、レイは眠りについた。
彼は人間以上に強く生まれ変わった。
その心は、弱く優しい人間のままで。
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