第12話 思い出のファーストデート

 —地下監獄第65層—


 ミレイア案内の元、俺はこの奇妙な街を歩いていた。

 ちなみに、ミレイアは今は幽体化している。


「えっとねぇ、あった! ここだよ! ここのケーキが美味しいんだ!」

「ケーキ? 知らない食べ物だな」

「いらっしゃい。なんだ兄ちゃん、ケーキは初めてか。今時珍しいな」

「あぁ、美味しいと聞いたからせっかくだし食べておきたくてな」

「そうかい、それならうちで1番人気のチョコケーキを食って行くと良い。美味いぞぉ? 今試食用のやつ切り分けてやるからな」


 とりあえず、店主やミレイアに勧められたケーキなる食べ物を味わうことにする。

 ひとまず渡されたフォークという奇妙な道具で切り分けて口へ......これはっっっ!!!!


「どう? 美味しい?」


 満面の笑みで覗き込んでくるミレイア。


「う......美味い......」


 少しサクサクした感触の後にとろけるような濃厚な苦味と甘味が広がる。

 初めてこんな美食に触れた、食はここまで人を幸福にするのか。

 製法を知りたい! 毎回65層ここまで買いに来るわけにもいかないからなぁ。


「えっ、泣いてる!? そんなに!?」

「おいおいどうしたんだよ兄ちゃん、泣くほどかよ。ただのチョコケーキだぞ」


 感動のあまり泣いていたらしい、気が付かなかった。

 それにしたって美味すぎる! 手が止まらない!


「あぁ、ごめん。感動しちゃって、こんなに美味いものがこの世にあったんだな」

「大袈裟だろ......ま、喜んでもらえたならこっちも作った甲斐があったってもんだ」

「作り方聞いてもいいか!?」

「おぉう、食い気味だな。だが生憎企業秘密だ。悪りぃな」


 くっ、やはりダメか! 


「いや、無理言ってすまない。いくらだ?」

「あぁ? 試食品に代金なんざいらねぇよ。あんなに喜んでくれたんだ。それだけで十分だろ」


 俺は店主に礼を言って、ミレイアに導かれるまま次の場所へ向かう。

 チョコケーキは後でミレイアが作り方を教えてくれるそうだ。


「次はここ! ボウリング場だよ!」

「球を転がしてあの棒に当てればいいのか?」

「うん、やってごらん」


 言われた通り球を持ち、少し重いな。前方に投げるように転がす。

 球はまっすぐ進む......と思いきや途中で左に大きく外れてしまった。


「あちゃー、ガーターだよ。あと少しだったねぇ」

「ガーター? ダメってことか?」

「うん、あの両端の溝に落ちると得点が入らないんだ」


 なるほどそういうことか。じゃあ次は少し投げ方を変えてもう一投!


「すごい! ストライクだよ!」


 すとらいく、とやらは解らないが、ミレイアの喜び様から好成績なのはわかった。


「ぼうりんぐ。わかってきたぞ!」


 その後もミレイアとワイワイ話しながらボウリングという未知の遊びを楽しんだ。

 最終的にはストライクが4回、スペアが2回、1本残しが4回というのが最高戦績で、ミレイアと2人で大盛り上がりした。

 ここが地獄なのを忘れてしまう程度には楽しい時間を過ごした。


「すごいねグロリア。あんなに早くコツを掴んじゃうなんて!」

「投げ方さえ解ればあとはなんとかなったよ」

「ほとんどの人がそう簡単に上達しなかったのに......相変わらず物覚えが良いね。っとと、危ない危ない、過ぎちゃうところだったよ」


 次にミレイアに案内されたのは......わからない、なんだここは。

 そして連れられるままに中へ。


「ここはカラオケって言って、歌を歌う場所なんだ」

「歌......? 吟遊詩人の芸のことか?」

「あぁ......歌う文化も廃れてしまったんだね......わかった、私がお手本見せたげる!」


 そう言ってミレイアはアーツを発動し、何かの板を操作すると短い棒状の未知の道具を手に取り口元に近づける。


「見ててね? これが歌だから!」


 すると正面の板が切り替わり、どこからか音が流れ始める。

 すると、ミレイアはその音に合わせて喋りはじめた。

 なるほど、これが“歌”というものなのか。

 それにしてもミレイアの歌声は耳心地がいいな。きっと上手と言われる部類なのだろう。

 彼女が歌い終わると、俺はパチパチと自然に拍手をしていた。


「すごいなミレイア、これが歌か。耳に心地いい歌声だったよ」

「えへへっ、なんか照れちゃうね......あ、ありがとう? ほら、教えてあげるからグロリアも歌ってみて!」


 照れ隠しだろうか、手に持った棒状の道具をグイッと押し付けられ、ミレイアが幽体化を解いた。


『ほら、これで画面の文字が読めるでしょ? あとは流れてくる音に合わせて思ったままに歌えばいいから! ほらやってみて!』


 確かに、先ほどまで理解できなかった言葉がスッと頭に入ってくる。

 ミレイアが先ほど同様手元の板を触る。硬いが少し暖かい......変な感じだな。


『さぁ、それじゃあいってみよー!』


 早速音が流れ始める。俺は促されるままにミレイアを真似て歌うことにした。

 くっ、見よう見まねで歌うというのはかなり難しいな、音が拾いにくい!


『諦めないで! その調子〜!』


 ミレイアはかなりノリノリだ。テンションが上がっているんだろう。

 そしてそのまま歌い終える。歌というのは難易度の高い技なんだな、ミレイアを尊敬する要素がまた一つ増えた。


『これくらいのことで尊敬されてもなぁ......』


 なにか言っているが無視だ。

 そのまま俺はミレイアと一緒に何時間か歌った。後半にはだいぶ慣れてきて、それっぽく歌えるようにもなっていた。

 歌は楽しいものなんだな。

 そして、カラオケを終えて出る。入る時にも思ったが、店員は居ないようだった。どうやって営業しているのだろう。


「はぁ......こんなに楽しく歌ったのは何百年ぶりだろう。ありがとうグロリア!」

「俺も楽しかったよ、ありがとうミレイア。知らないことがいっぱいで、ここは飽きないな」

「でしょ? 昔はこうやってみんな楽しんでたんだよ。あー日が傾いてきちゃったね。じゃあ最後にプリクラ撮ろっか!」

「プリクラ? なんだそれは」

「見ればわかるよ!」


 そして、また連れられるままにプリクラを目指す。

 入った先はたくさんの透明な大きな箱が並べられた施設だった。


「ここはゲームセンター。お金を払って遊ぶ場所だよ。プリクラは......あれだ!」


 ミレイアが指差す先を見ると、入口が布か何かで覆われた箱があった。


「あれがプリクラ? 不思議な箱だな」

「まぁ......そういう認識になっちゃうよねぇ。まぁ、とりあえず一緒に撮ろっ!」


 実体化したミレイアに手を引かれながら、俺はその箱の中へ。


「操作は私がやるから、グロリアは写真を撮る時にここを見ててね」


 ここ、と言われたのは小さな黒い丸。よくわからないが言われた通りにしよう。


「よし、おっけー。それじゃあ撮るよ〜? 笑ってー、ピース!」

「ぴ、ぴーす?」


 カシャッ! という音と共に光が目を襲う。

 しまった、閃光弾か!?


「あぁ、ごめん。フラッシュの説明してなかったね。これ攻撃でもなんでもないから安心していいよ。あと、笑顔がぎこちないよ? もっといつもみたいに笑って!」


 どうやらやり直しらしい。今度は言われた通りいつもの笑顔を心がける。


「はい、ピース!」


 再びあの光と共にカシャッと音がする。


「うんうん、いいね! じゃああとはこうして〜」


 ミレイアがご機嫌な様子で何かをしているがさっぱりわからない。

 どうやらプリクラとやらは終わったらしく、俺は箱の外へ。

 少しすると満足げにミレイアが小さな紙を持ってやってきた。


「できた! これがプリクラだよ!」


 見せられた紙には笑顔の俺と、その隣で満面の笑みで2本指を立てるミレイア、そしてよくわからないキラキラした装飾と文字が書かれていた。


「すごいな、俺とミレイアの絵が綺麗に描かれてる」

「えーっとこれは絵じゃなくて、写真って言って......あー説明難しいからいいや! とにかく、これが今日の思い出の証だよ!」


 そして小さな手のひらに収まるくらいの紙を渡される。


「それ、無くさないでね! ちなみにそこには『2人はズッ友!』って書かれてるんだ!」


 ずっとも......? ミレイアは時々意味のわからない言葉を使う。テンションが高い時は特に。


「えへへ、なんだかデートしてるみたいだね」

「でーと?」

「うん、仲のいい男の子と女の子が一緒にお出かけしたり、ご飯食べたり、遊んだりするの」

「なるほど、そういう意味なら確かに俺たちはデートをしているな」


 見事に全て当てはまる。もらったこのプリクラとやらも、無くさないように今日の思い出にしよう。


「まさか初めてのデートの相手がグロリアになるとは思わなかったなぁ」

「俺も、まさかこんな形で経験するとは思わなかったよ」


 顔を見合わせて笑い合う。どうしようもなくこの時間が楽しい。

 俺たちはその後も、アイスクリームなるものを一緒に作ったり、見たこともない服を見て回ったりと、疲れも忘れてデートを楽しんだ。


「あぁ、遊んだ遊んだ。もう暗くなってきたし、どこかで休もうか」

「あぁ、そうしよう。どこかに宿屋はないのか?」


 すると「案内するね」と言われ、見上げるほどの建物の前に連れてこられた。


「ここが......?」

「うん、ビジネスホテル......って言ったっけ。まぁここまでの施設同様、人はもう居なさそうだけど.......」

「食べ物関係には店員がいるところもあったのに不思議だな」

「うーん、多分それはここの人たちが今を生きてる人じゃないからだよ」

「というと、もう死んでる人ってことか?」

「まぁ半分正解......かな。正しくは過去に囚われてる人たち。多分彼らは死してなお、“世界が滅びる前の1日”っていう記憶の檻に閉じ込められてるんだよ。だからどこでもお金を取られなかった。そもそも店員がいないところが多かった。まぁケーキ屋のおじちゃんなんかは、多分あれが生き甲斐だったんだろうね。生涯を捧げたってやつだよ」

「そっか......地下監獄だったなここも。楽しすぎて忘れるところだった」

「まぁ、こんな光景の中にいたらねぇ。さ、楽しいデートももう終わり。今日はもう休もう? 明日からはまた忙しいよ!」


 その日はミレイアにも言われた通り、ゆっくり休むことにする。

 それにしても本当に楽しい1日だった。

 チョコケーキは絶品だったし、ボウリングは爽快で気持ちよかった。カラオケは難しかったけど、ミレイアと一緒に歌うのは楽しかった。アイスクリームは少し崩れてしまったけど、あのひんやりと冷たい舌触りはなんとも忘れられない。服だって少し組み合わせを変えるだけで印象もガラッと変わって新鮮だったし、プリクラは多分今日1番の思い出だ。

 側から見たら完全に惚れてるんじゃないかって内容だな。

 確かにミレイアの事は好きだが、それが恋愛感情かと言われるとわからない。

 ミレイアも、多分俺にそんな感情は抱いてないだろうしな。


 それにしても、世界が滅びる1日前......彼らの時代で一体何が起こったんだろう。


 そんな答えの出せない疑問を残して、俺は深い眠りに落ちた。


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