第10話 更なる地獄へ

 地下監獄第1層—ミレイアの家・近郊—


 師匠ミレイアにまず最初に習ったこと、それは基本の動きだった。


「何事も基本なくして応用はあり得ないからね」


 とは師匠ミレイアの言葉だ。

 俺は教わった基本の型をなぞる。今までは感覚で振っていた我流とも言えない拙い剣技だったが、こうして正しい剣術を学ぶとその意義が見えて来る。

 先人が考え出した必要最小限の手足の動き、隙のない構え、型一つ取っても学ぶところは多かった。

 もちろん実戦では型と同じ動きなどできる局面は来ないだろう、だからその動きを部分的に使う。そうすることで一つ一つの動きから無駄を可能な限り削っていく。

 これだけでもかなり上達を実感できた。

 そして今日も俺は剣を振り、アーツを練り上げる。ひたすらこれを繰り返す日々だ。

 そして剣術の修行が始まって半年が経ったある日、基本的に見守るばかりだった師匠ミレイアから呼び出された。


「うん、基本もかなり体に染み付いたみたいだね。立ち振舞いが前とは別人みたいだよ。飲み込みが早くて助かるなぁ」

「ミレイアの指導が上手なのと、俺に合ってるからだよ、それで、今回はどうしたの?」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。っといけない、それについてなんだけどね。そろそろ次の内容に入ろうかなって」

「わかった、聞かせてくれ」

「うむ、よろしい。次に君に教えるのは剣術の極意だよ」

「極意? もうそんな凄いものを教えてくれるのか?」

「うん、まぁ極意と言っても特別な技とかじゃ無いんだ。今から教えるのは剣を振る上での心構えや大事な考え方みたいなものかな。すっごく大切なことだから、絶対に忘れないでね」

「わかった」


 俺は姿勢を正して師匠ミレイアの言葉を聞いた。


『1つ、一意いちいの技、絶つに当たりて即ち絶つ』

『2つ、二律にりつの剣、裁つに当たりて即ち裁つ』

『3つ、三光さんこうやいば、立つに当たりて即ち立つ』

『4つ、四分しぶんわざつに当たりて即ちつ』

『5つ、五裂ごれつの剣、断つに当たりて即ち断つ』

『6つ、六花ろっかの技、つに当たりて即ちつ』

『7つ、七天しちてんの剣、つに当たりて即ちつ』

「この7つだよ。『“斬る”というたった1つの動作に全ての意識を集中させ、理性とことわりをもって斬る。その刃の煌めきは希望の光となって仲間を照らし、その剣は立ち塞がる敵を撃ち破る。その技は白く咲き誇る雪の花のように美しく、やがて天を破る至高の剣となる。』それっぽくカッコよく言ってみたけど、簡単に言うとそんな意味かな」

「それが、剣の極意......ありがとう。忘れないようにするよ」


 語られた全7つの心構え。師匠ミレイアから教わった最も大切なことだ。胸に刻み込んで修行に戻る。

 基本の動きを今の極意を胸にもう一度なぞってみよう。

 まだまだ強くなれる予感に、正直ワクワクが止まらない。


 ————————————————————


 そこからさらに1年ほど。


 基本、極意に加え、応用や幾つかの技を習い、アーツも無事に覚醒クラスを修得し、招来クラスも見え始めてきた頃、ついにその時が来た。


「グロリア、そろそろ下層を目指してみないかな。今の君なら行っても大丈夫だと思うから」

「え、下層? 本当に?」


 突然のことに一瞬理解が追いつかなかったが、遅れて何を言われたか理解し、内心歓喜する。それは俺が少しとはいえ師匠ミレイアに認めてもらえたということに他ならない。


「うん、グロリアの実力も申し分なくなってきたし、私たちに残された時間も決して多くはないからね。そろそろ出発してもいい頃かなって思うんだ」

「わかった、そういうことなら準備を整えて明日早速出発しよう」

「そうだね。そしてそれに当たって、私から修行を頑張ったグロリアにご褒美です」


 ご褒美、と言われて思わず期待感を抱いてしまう。一体なんだろう。


「何かくれるの?」

「うん、まぁ見ててよ。『——我、万象にこいねがう。滅びの王たる者よ、どうかこの声を聞き届け給え。生あるものは滅びねばならない、滅び去ったものは生まれなければならない。ならば今こそ生誕と破滅の天秤を傾けよう。さぁ君よ、その記憶を呼び覚ませ!』」


 ミレイアが握った拳を胸に添えてゆっくりと、何かを練り上げるように詠唱する。やがてそれが終わったかと思うとこちらに手を伸ばす。まるで何かを送り込むかのように......。


『《創造ディミギア》——記憶想起きおくそうき命天めいてん!』


 次の瞬間、左腕の切断面に違和感が走る。その感覚はやがて熱を持って膨れ上がり、やがて無くしたはずの俺の左腕が少しずつ再生されていった。

 部分的に皮膚が樹皮化してこそいるが、申し分なく動かすことができて感動半分驚愕半分の変な気持ちになる。

 え、いや、え?? なにこれ嘘でしょ。こんなことできたの!?


「あはは、「こんなことできるの?」って顔だね。樹灰病ウイルスの特徴を逆手に取ったんだ。それに言ったでしょ、アーツは——」

「『願いや想像を具現化する力とそれを扱う技術の総称』......だっけ」

「大せいかーい。ちゃんと覚えててくれて嬉しいよ。久しぶりに“創造”使ってちょっと疲れちゃったけどね.......どうかな、ちゃんと動かせそうかな」

「それはもちろん、でもいいのか? 創造クラスは負担がすごいんじゃ......」

「言ったでしょ、ご褒美って。この先戦っていく上で片腕って言うのは大変だろうからね」

「ありがとうミレイア、すっごく嬉しいよ!」


 ここまでのことをしてもらったんだ。なんとしても最下層に辿り着いて脱獄を成功させなければ。


「それじゃ、早く準備しようか。もうすぐ暗くなっちゃうからね」


 そして2人で今後必要な物を話し合い、それらを揃えていく。

 持てる限りの食糧、武器、野営用の道具、その他便利な小道具など、大きめのバックパックに纏めて準備を整えた頃にはすっかり夜になっていた。

 明日に向けて寝る前に、俺はミレイアと少し話をしていた。


「これでこの家とお別れかぁ、もう戻ってくることはないって思うと......なんだか寂しいねぇ」


 言われてみれば確かに、1年半以上過ごしたこの家での最後の夜になる。そう考えるとなんだか少し寂しさがあるな。


「そうだなぁ、なんだかんだここの居心地も良かったし、外に出て仲間に会えたらどこかにこう言う家を建てるのも悪くないかもなぁ」

「......うん、そうだね。またこうやって暮らせたらいいね」


 何気ない俺の提案に、ミレイアは少し間を置いて、どこか寂しそうに答えた。


「ミレイア? どうかしたのか?」

「ううん、なんでもない。さ、明日からは大変なんだから休めるうちに休んじゃお!」

「そ、そうか? まぁそういうことならいいんだ。それじゃおやすみ、ミレイア」

「うん、おやすみ。また明日ね」


 次にゆっくり眠れるのはどれくらい先になるかもわからない。俺はベッドに入ってすぐに眠りにおちた。


 この日、ミレイアが浮かべた寂しげな表情、その理由を俺が知るのはまだ先のこと。


 ————————————————————


 翌朝—


「さて、出発だよ。一応もうここには戻ってこない予定だけど、忘れものとか、やり残したことはない?」

「忘れ物はさっきも確認したから大丈夫、やり残したことはないけど、あっても今からじゃ遅いでしょ」

「それもそうだね。それとここから先、私は幽体化を解いて君の身体に戻るけど、見えなくなってもいなくなるわけじゃないから安心してね」


 そう言うとミレイアの姿が光になって消え去る。

 俺の身体に戻るって一体どう言うことだ?


『こう言うことだよ』

「うわっ!?」


 頭に直接語りかけられるような感覚に驚いてしまう。

 しかも心の声に返答されたぞ......。


『それはそうでしょ、一心同体って言ったの忘れたの? 君の考えてることも今の状態ならわかるから、私と話すときは言いたいことを思ってさえくれれば、口に出す必要ないよ』


 そんな当たり前みたいに言われましても......。

 というかこっちはミレイアの考えてることわかんないぞ!


『それは当然だよ。女の子の思考読み取ろうだなんてエッチ!』


 そういうのじゃないんだけどな!!

 まぁそんな戯れはさておき、直接頭に語り掛けられる感覚にも早く慣れないとなぁ。


『うん、これからはこうやって話すことが主になるだろうし、早く慣れてくれると嬉しいかな』


 左様ですか......それはまぁともかく気を取り直して出発しよう。

 俺は1年半過ごした家を出ると向き直って、最後に一礼。


「ありがとうございました!」

『ありがとうございました。うん、いい心がけだね』


 ミレイアもお礼を言って2人で家を後にする。

 降りの階段はここからそう遠くはない、毎日修行に勤しみ汗を流した平原や何度も剣技やアーツの的に使った木々に別れを告げ、俺はそこに辿り着く。


『ここを降りたらもう安全じゃなくなる。地獄を生き抜く準備はいい?』


 俺が誰に鍛えられたと思ってるんだか、答えは決まってる、是非もない。


『いい返事だね。それじゃあしゅっぱーつ!』


 ミレイアの元気な掛け声と共に俺は階段を降り始める。

 1年半、決して短くない時間を過ごした景色を置き去りにして俺たちは進む。

 順調にいけばここに戻ることはもう2度とない。またいつかこんな穏やかな暮らしができる日が来ることを祈って、俺は地獄へ足を踏み入れた。


 ————————————————————


 —地下監獄第2層—



 階段を降りた先は広々とした天然の洞窟だった。先ほどまでの草木の緑とは打って変わり、ゴツゴツとした岩や鉱石が薄く輝き、辺りを照らしている光景に思わず見惚れそうになる。


『気を抜いちゃダメだよ、いつ襲われるかわかんないんだから。気をつけて』


 了解ラージャ

 気を引き締め直して周囲を警戒、物音や視線一つだって見落とさないようにする。

 その時、小さく石を蹴ったような音が聞こえた。

 何かがいる。


『どこかに隠れよう』


 ひとまず俺は近くにあった大岩に身を潜めて音の方向に意識を向ける。

 もちろんそれ以外への警戒も怠らない。もう死にたくないからな。


『次は助けてあげられないからねぇ』


 そういうことを言わないでくれ、まぁ事実だが。

 そんな緊張感のない会話をミレイアと交わしていると、音の主が姿を現した。

“それ”は四足歩行の獣.....のような姿を形取った岩塊だった。それが石を蹴りながら進んでいる。


『あれは......廃棄岩石兵ジャンクゴーレムだねぇ、1000年くらい前に産み出された魔法生物の失敗作。こんなところで会うとは』


 奴の特徴はどんなものがある?


『そうだね、あいつには目がない。代わりに音を感知して動くから、ひとまずはこのまま隠れていればいいよ。ちなみに見ての通り体は岩でできてるから剣は効かない。万が一見つかったらとにかく逃げることだ』


 了解ラージャ

 そのまま廃棄岩石兵ジャンクゴーレムが石を蹴る音が聞こえなくなるまで息を潜めた。

 声を出さずに意思疎通ができるって、慣れればかなり便利だな。


『でしょ〜、これからもこうやって私がサポートするから、遠慮なく頼ってね』


 本当に頼もしい限りだ。そして岩陰から出ると、俺は足音にも気を配りながら慎重に探索を再開した。

 そして少し進んだところで、嫌な予感がして即座に物陰に避難する。次の瞬間先ほどまで立っていた場所に、ガンッと何かが突き刺さるような音が響いた。


『気をつけて! 下級魔法岩石兵レッサーマジックゴーレムだ! 奴は魔力を探知して、遠距離から鉱石を生成して砲弾のように飛ばしてくる。当たったら一溜りもないよ!』


 ミレイアが詳細を教えてくれた。残念ながら所在が割れてしまっている上に魔力を探知する特性上倒さずに進むのは無理そうだ。

 先程から絶えず隠れ蓑に使っている大岩に鉱石が撃ち込まれる音が聞こえる。ここもいつまで保つか......。


『現状あいつを倒せる手段はアーツしかないよ。いけそう?』


 やらなきゃ死ぬんだ、やるしかないでしょ。

 俺は鉱石弾によって砕かれ、ちょうど近くに転がった鉱石を手に取って、この大岩が耐えてくれている間に小声で詠唱を始める。思い浮かべるのは、この手からありったけの力を手元の鉱石に流し込んで、投げつけて爆殺する情景。あの岩石兵を打ち砕けるほどの威力を持った攻撃。想像をもっと鮮明にっ......!


「『爆ぜろ岩塊! 眼前の敵を爆砕せよ!《刻印カラクティア》——鉱石爆弾クリスタルボムエクスプロージョン!!』」


 大岩が打ち砕かれると同時に、狙撃手の方向へ手にした鉱石を投げつける。敵の次弾が速いか、こちらが速いかの速攻戦だ。

 もちろん爆破までに2発ほど手のひら大の鉱石弾が撃ち込まれる。俺はそれを左右に小さく体を動かして回避する。剣術で学んだ基礎の動きがここで活きた。


『早速修行の成果が出てるね! その調子だよ愛弟子!』


 師匠ミレイア弟子おれの成長にテンションが上がっているのか「愛弟子」なんて普段使わない呼び方をしている。

 そして2発目を避けた時、正面の岩石兵にカツンッと投げつけた鉱石が当たる音がした直後、凄まじい轟音を上げて岩石兵が爆砕された。無事に戦闘終了だ。

 今の音で敵が寄ってこないといいんだが......。


『すぐに移動した方がいいだろうね。それよりも愛弟子! さっきの回避の動きや、その場にあるものを利用する柔軟さはとても良かった! 感心しちゃったよ! 私の教えをちゃんとものにしてくれてて師として嬉しい限りだ!』


 助言通り手早く移動しながら、師匠ミレイアの歓喜の声を聞く。ちょっと照れ臭いな。


『そう照れることもないよ、これも君の努力の結果の1つだからね』


 そういうことなら素直に喜んでおこう。


『あぁ、その方が私も嬉しい!』


 こうして俺たちは早速監獄の洗礼を受けながら先へ進む。


 ————————————————————


 その後も、麻痺の呪文を使ってくる狼の群れ、地面に潜って足元から襲ってくる岩鮫など厄介な魔物に遭遇し、そのたびにミレイアが特徴と対処法を教えてくれた。

 やり過ごせる時は積極的に身を潜め、戦わなければならない時は出来る限り速やかに対処した。

 時間感覚が失われ、もうどのくらいここを探索しているかわからない。体が疲れを訴えた頃に野営して、休息を取ったらまた進む。こんなことをもう5回ほど繰り返した。

 そして、ついに“それ”を発見する。


『あ、グロリア、あそこを見て!』


 ミレイアが突然そう言ったかと思うと、俺の右腕がビシッと右斜め前を指す。

 えっ今俺の右腕動かした!?


『うん、一心同体って言ったでしょ。これくらいのことで一々驚かないの。それよりもほら、あそこにあるの階段じゃない?』


 いやいやそんなことって......自分の体が勝手に動いたらびっくりするでしょ。

 ゴネても仕方ないのは知ってるので大人しくそちらに視線を向ける。

 どれどれ......あ、本当だ。こんなところにあったのか。

 俺は周辺に敵がいないことを確かめて階段の目の前まで近づく。


『さっき休憩も取って準備も万端、君が良ければ進もうか』


 あぁそうだな、それじゃあ一緒に行こう——


『『更なる地獄へ!』』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る