05

一曲踊り終えると、私たちはフロアの端へと移動した。


「公爵様」

見知らぬ壮年の男性が歩み寄ってきた。

「久しぶりだな、伯爵」

「先日の夜会ではご挨拶できずに申し訳ございません」

「なに、あの時は私も忙しかったからな。サラ、こちらはアレンビー伯爵夫妻だ」

「初めまして。サラと申します」

「初めてお目にかかります。いやあ、先程のダンスは素晴らしかったですな」

挨拶をするとアレンビー伯爵は穏やかそうな目を細めた。

「皆で噂していましたの。先日のドレスも素敵でしたが、今日のドレスも素敵ですわね」

後ろにいた夫人が口を開いた。

「ありがとうございます。これはハンゲイド領をイメージしたドレスなんです」

「まあ、そうなんですの」

「ええ。雪が積もった白い山と、この青い花はブルー・メコノプシスという領地でしか咲かない花なんです」

胸元を示しながらそう答えた。

「まあ。領地をイメージしたドレスなんて、本当に素晴らしいですわ」

感心したように夫人はため息をついた。


アレンビー伯爵家は王家とは親しい関係だ。

伯爵が去った後も、次々と貴族たちがやってきては挨拶をしていく。

建国祭初日の夜会は、ほとんどエレンたちと一緒にいたため他の者たちとの交流はなかった。

そのため今日は皆、一言でもフィンと言葉を交わそうと待ち構えていたのだろう。


巫女だった時の記憶もあるし、王宮に来る前、今の貴族の名前や関係を一通り覚えてきたけれど……写真のないこの国だ。顔までは分からなかったので、頭の中で必死に名前と一致させながら、フィンの隣で笑顔を作っていた。


「疲れたか?」

一通り挨拶が終わると、フィンが私を見た。

「……ええ」

「移動しよう」

促されて会場の外に出ると、二階へと移動した。




「お疲れさまです」

二階にある王族用の控室に入ると、中にいたブルーノとオリバー、そしてもう一人、ローブ姿の男性が待っていた。


「警備の状況は」

「予定通りに配置済みです」

フィンの問いにブルーノが答えた。

「エレンたちは」

「テラスへ移動しています」

「そうか。――既に紛れ込んでいるのか?」

「魔術師なら二人いる」

オリバーが口を開いた。

「宮殿の外にもいるな。一人把握しているが、他にもいるかもしれない」

「――なぜそんなに王宮へ他国の魔術師が入り込めるんだ」


「申し訳ございません」

男性が頭を下げた。

彼はテレンス・アシュビー。王宮魔術師でエレンの師匠だ。

「魔術師の方でも警備はしておりますが、魔力を隠した状態では把握するのも難しく……」

「招待状を持っていれば誰でも入ってこられますからね。明らかに怪しいものは止められますが、そのあたりは向こうも対策済みでしょうし」

ブルーノが言った。

「できれば事前に侵入を食い止めて、計画を中止させられれば良かったのですが」


イザベラと一緒にいた魔術師への尋問で、この夜会でも女王暗殺の計画があることが分かった。

魔術師があの日イザベラと一緒にいたのは、媚薬の効果を確かめるためと、今日の下見のためだったらしい。

その魔術師から詳細を聞き出すと、オリバーはその記憶を改ざんし、尋問の記憶を消しイザベラだけが捕まったと思い込ませて魔術師を解放したのだという。

そうして、その暗殺計画にはアーべライン侯爵も関与しているという。


こちらに計画が筒抜けだということを彼らは知らないはずだが、計画の内容が変更になった可能性もあるからと、万全の体制を敷くことになつた。

王宮の外ではルナも警備に参加してくれている。


「仕方ない。引き続き頼んだ、我々は会場に戻ろう」

フィンが私を見た。

「ええ」

「サラ、これを」

オリバーが私のそばに来ると、手を伸ばして私の手首に触れた。

「……これは」

それはムーンストーンを連ねたブレスレットだった。

「お前の魔力が込められている」

小声でオリバーが言った。

「私の?」

「塔で見つけた。防御魔法の代わりになるだろう」

身体を離すと、他の者にも聞こえるようにオリバーはそう言った。

「つけていてくれ」

「……ありがとう」


「お前にはこれを」

オリバーはフィンを見上げると、手のひらに収まるほどの小さな剣を手渡した。

「これに魔力を注げば普通の剣と同じ大きさになる」

「……すごいな」

「魔道具の研究に凝った時期があってな。その時作ったものだ」

オリバーは小さく笑みを浮かべた。

「私は会場には入れないからな。サラを頼む」

成人のみ参加を許される舞踏会には、まだ十二歳のオリバーは入れないのだ。


「ああ」

オリバーを見つめ返してフィンは頷いた。




会場に戻りテラスを見上げると、エレンとブレイクが何か談笑しているのが見えた。

命が狙われていると分かっているのに、ああして下から丸見えの――無防備な場所で笑顔でいられるエレンは強いと思う。

「サラ、もう一曲踊るか」

「ええ」

私たちも気づかないふりをしないとならない。

フィンが差し出した手を取ると、私たちはフロアの中へと入っていった。


舞踏会で演奏される曲は何種類もある。

初心者にも踊りやすいものから、腕に自信がある上級者しか踊れないようなものまで様々だ。

そういう難しい曲はほとんど演奏されず、半分以上はワルツが演奏され、初心者もまずはワルツから覚える。

私もまだワルツしか習っていないが、その代わり姿勢や指先の動きまで徹底的に教えこまれたため、『初心者には見えないレベル』だと言ってもらえる程度にまで上達することができた。


ワルツを踊り終わり、聞いたことのない曲が流れ始めたので私たちは踊りの中から出てきた。

「……随分早い曲ね」

「ああ、クイックステップだな。これは見ていると面白いぞ」

「面白い?」

「跳ねたり走ったり、フロア中を縦横無尽に踊るんだ」

「走る?」

そんな踊りがあるの?

フィンの言ったとおり、男女が手を組みながら素早くステップを踏み、時に跳ねたり滑るように走りながら踊っている。

(あ……でも見たことがあるかも)

前に向こうの世界で、社交ダンスの競技会の映像を見たことがある。

その時にこんな感じに踊っていたのを思い出した。

「パートナーとの息が合わないと上手くいかないからな、相当練習を重ねないとならない」

「かっこいいわ、私も踊ってみたい」

あんな風に踊れたら楽しそう。


「そうか、では領地に戻ったら練習するか」

「ええ」

「サラはワルツもすぐに覚えたからな、他のダンスもすぐに……」

ガシャン! と何かが割れるような激しい音が鳴り響いた。

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