第35話 主従の絆

 その後、私が目を覚ましたのは自室のベッドの上だった。

 嗅がされたお香の薬がまだ残っていたらしく、私が起きたのは真夜中を過ぎた頃で。

 その間ずっと看病してくれていたウィスに、私が捕まってからの詳しい話を聞いた。


 私と伯爵が地下から出た後、レイヴンはアニスによって助けられたらしい。気付け薬のようなものを投与されたらしく、それでなんとか動けるようになったとのことだった。


 そして牢の中から錠前をピッキングし、アニスに教えられた隠し扉から外に出たところ、ウィスと合流。

 ウィスはファルコンを呼びに、レイヴンは飛竜を呼んで、美術館の最上階、塔の窓に突っ込んだのだ。


 そこから私に薬を投与しようとしていた伯爵を取り押さえ、乗り込んで来たファルコンとウィスに伯爵を任せた。

 その後は私の意識が戻るまでずっと、私に呼びかけていてくれたらしい。


 私が再び意識を失った後、レイヴンも薬のせいで倒れたとのことだった。

 病院に運ばれたが、命に別状はなく、私と同じように眠っているだけみたい。

 そこまで聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。


「良かった……無事なのね」

「ええ、ご安心ください、姫様」

「ウィスも大丈夫? 痛いところはない?」


 自力で脱出したとはいえ、ウィスも一時は捕まっていたのだ。酷いことをされてやしないかと心配になったが、ウィスは笑って首を振った。


「平気です。私がただの警備兵にやられるわけがありません」

「ふふ、そうね」


 私も笑って頷く。だがウィスは笑顔を引っ込めると目を伏せた。


「……姫様、もし私が邪魔になったら、その時はいつでも私をクビに――」

「ウィス、それ以上言ったら怒るわよ」

「姫様……」

「私にはウィスが必要よ。貴方も私の大事な人なんだから」


 ウィスは出会ってから今まで、ずっと私の傍に居てくれた。共に笑ったり、泣いたり怒ったり、色んな感情を一緒に共有してきた。

 そんな大事な人を邪魔になんて思うはずがない。


「それとも、ウィスに私は必要ない?」

「まさか! そんな事、あるはずがありませんっ……」

「じゃあいいじゃない」


 即座に否定するウィスに笑って、私は手を差し出した。


「ずっと一緒にいなさい。これは命令よ」


 ウィスは胸が詰まったような、零れそうな感情を抑えるような顔をして、私の前に膝をついた。

 そして恭しく私の手をとる。


「――仰せのままに、姫様」


 手の甲にキスを贈られて、私は満足気に笑った。


「よろしい」


 そして顔を上げたウィスを見て、今度は違う意味で笑ってしまう。


「もう、また泣いてるの?」

「だって……ひめさまっ……」


 ウィスが大粒の涙を流していたのだ。私の事となると本当に涙腺が緩い。


「ウィスは本当、泣き虫なんだから」


 ウィスの涙を拭ってやっていると、バタバタと廊下を走る音が聞こえてきて、私の部屋の前で止まった。そして慌てた兵士が飛び込んでくる。


「失礼致します! 夜分遅く申し訳ありません!」

「一体何事ですか! 急に入るなど無礼で――」

「いいわ、何があったの?」


 怒るウィスを手で制し、私は兵士に続きを促す。

 兵士は息を切らしながら叫ぶように報告した。


「レイヴン・バッキンガムが、逃走しました!」

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