第17話 事件-1
次の日の朝、いつものようにシェアハウス1階で洞爺が作った朝食を皆で食べていた。ただ、今日はいつもの風景と違うことがあった。食卓に味来と菜々の姿がなかった。味来と菜々の食器が用意されていなかったため、洞爺には事前に二人から連絡があったことが推測された。
「味来さんと菜々さんは今日は来ないんですか?」
農の洞爺への質問に対して早生も気になっていたのだろう。農と早生の視線が洞爺に向けられる。
「今日は味来さんと菜々ちゃんの朝食はいらないと連絡が来ただけだよ。急用ができてこの時間にはすでに会社にいるらしい。僕も詳しい事情は聞いてないんだよ」
必要な情報は後から聞くことができるだろうと思いながら、それぞれのいつもの日常が再会した。農は朝食の片付け、洞爺はランチの仕込み、源助は仕入れ、早生は大学へ。
それから数時間後、味来と菜々の急用の内容は、テレビのニュースで知ることになった。
『Sugar』と『株式会社さとう』周辺のほとんどの農場で農作物が枯れるという事件が発生したのだった。『株式会社さとう』が所有する農場も多いため、味来たちは聴取などの対応に追われていることが予測された。
そのニュースで発表された内容は、『農作物が枯れた理由は、自然に起こったものではなく人為的に除草剤が散布された可能性がある。今後捜査が進められることになるだろう』というものだった。
その日の閉店後に味来と菜々が『Sugar』に訪れた。二人はとても疲弊した表情だった。
「いやー、今日は大変だったね」
「大変なのは今日じゃなくて今日からですよ」
味来と菜々はいつものように振る舞っているように農は見えた。
「お疲れさま。お腹空いてませんか?」
「今日は何も食べてないからものすごく空腹」
洞爺は味来と菜々にオムライスとコーンポタージュを用意した。『いただきます』と『ごちそうさま』の間隔がとても短かった。味来と菜々がいかに空腹であったかがよくわかった。
「久しぶりに食べたよ。洞爺のオムライス。いつ食べてもおいしいね。あと、僕の好物のコーンポタージュ。今日の最後にいいことあったよ」
「それは、どうも」
その後、食後の紅茶を飲みながら今日の急用の詳細が味来から語られた。
農作物が枯れた原因は除草剤の散布であること。
除草剤散布の予想時刻は深夜であり監視カメラ映像などによる目撃情報がないこと。
農場に足跡がないこと。
『株式会社さとう』含め被害に遭った農場の警察による聴取があったこと。
そして、使用された除草剤が『株式会社さとう』から盗まれていたこと。
今日の味来たちへの聴取で多く時間を要したのは、この『除草剤』についてだった。つまり、『株式会社さとう』の従業員は被害者であると同時に容疑者の可能性が疑われていたことになる。
除草剤の管理状況や除草剤を持ち出せる可能性のある人物のアリバイ調査が行われたが、今日の時点では問題解決には至らなかった。『株式会社さとう』から盗まれた除草剤と周辺地域で使用された除草剤の量がほぼ合致していた。
「まるで容疑者扱いだよね」
「そうですね。ただ、私たちは引続き被害状況の把握と復旧作業が急務ですからね」
味来と菜々はとても前向きだった。事件の状況も聞けたところで解散となった。
次の日からは、味来と菜々も含めたいつも通りの朝食風景となった。ただし、この事件のニュースはその日だけに留まらず数日続くことになった。
被害の規模が大きく、収穫前に被害にあった農場が多かった。よって、需要と供給に大きな影響を与えることとなり農作物の価格が急上昇した。
後日、追加されたニュースの情報として、『除草剤の散布にドローンが使用されていたこと』『使用された除草剤の名称』があった。この報道後に、これを模倣としたであろう事件が各地で頻発した。
このことにより、農作物の価格の急上昇に拍車がかかることとなった。これは自然災害によるものではない。
『株式会社さとう』で盗まれた除草剤は販売元が限られていた。入手はさほど困難ではない。そのため、今回の事件を模倣とした犯人はあまり時間がかからず捕まることとなった。
ただし、初めにこの事件を起こした容疑者は特定できずに日々が過ぎていった。
そもそもこの犯人はなぜこんなことをしたのだろうか。こんな事件になることを想定していたのだろうか。犯人が捕まればわかるだろう。ただ、どんな理由があろうとも許される行為ではない。
ある日、テレビのニュースでまた事件関係の報道をしていた。
今回の事件による被害範囲と被害損失が甚大であったことにより、以前から騒がれていた農場工場を普及させるプロジェクトが加速するというニュースだった。
数年かけて建設や運用をしていく計画が見直しされるという内容だった。建設期間の短縮や新たな建設計画の前倒しなども含まれていた。
必要な設備であるという認識はありつつも国レベルとしての動きは鈍かった。 初期費用や運営費用が多大にかかる農場工場を普及させることは民間の企業努力だけでは困難だった。
ドローンに関する法整備についても加速度的に進んでいくことになりそうだった。
「守口さん張り切ってるね」
洞爺がニュースでも挙げられていたある国会議員の名前を口にした。まるで知人がテレビで話題にでもなっているかのようだった。
「守口さん?知り合いですか?」
「
「え、ええーーーっ!?」
「あれ、知らなかった?」
『知るわけがない』農はそう思いながらまた驚くしかなかった。
農業、特に農場工業の普及に尽力している人物だという。甚大な被害が発生した今回の事件がその普及を加速させるきっかけになったというのだから皮肉なものだ。
親子で農業に携わる仕事をしているのだと農は漠然と思った。
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