第15話 収穫-2

 収穫作業が始まる前にひかりに農が早生の部屋を開けた事件の正しい状況を説明した。脚色されすぎている状況を正すためとはいえ、自分で自分の恥ずかしい失態を何度も説明するのは堪えると農は感じていた。完全な潔白ではないのだから。


「えー、ホントですか?着替え中の早生さんを見たのは本当なんですね。やはり変態には違いありませんね。それに何かあったら責任取ってくださいね」


「そう、やぎは変態。ひかりちゃんも気をつけてね」


「はい、気をつけます。これからは、早生さんは私が守ります」


 何に気をつけるんだ?何から守るんだ?責任を取るって何だ?この短いやりとりの中に農がひかりと早生に突っ込みたいことがいくつもあった。とりあえず間違いは多少訂正できたということで、この場は良しとすることにした。


 気温もあまり高くない晴天で、作業日和といえる気候の中、『Sugar』チームは収穫作業を開始した。


 当たり前だが、農場工場での収穫作業とは異なり、今回の土に生えている収穫対象物は動かないため収穫者が移動しなければならない。これが、農がイメージしていた収穫作業のはずである。


 収穫してかごに入れて、かごを持って移動する。この繰り返し。


 今回の作業の指導者は洞爺さんだった。何度もやっているからか、ベテランの動きだった。同じ位置から開始しているはずだが、農とその他メンバーでは短時間で作業進行に差が出てしまった。


「やぎ、遅いねー」


「やぎさん、遅いですねー」


「やぎ、要領が悪いんじゃない?」


「やぎさん、要領が悪いんじゃないですか?」


 早生とひかりが楽しそうに農の悪口を言いながらどんどん作業を進めていく。

「うるさい。そのうち追いつくんだよ」


 農は必死だった。初体験なんだから初めからうまくできるわけないだろう。と思うことしかできなかった。


「急いで適当にやって、茎を切る位置が間違ってたら収穫後の作業が大変だから丁寧に作業するように」


『早生うるさい』『わかっている』と思いながら農は洞爺に教えてもらったように茎の切る位置などに注意して慎重に作業を進めた。


 早生とひかりの農への口撃は終始続き、時間はあっという間に過ぎて午前の収穫作業は終了した。


 農は早生やひかりに追いつくどころか最後は二人に手伝ってもらう有様だった。


「私たちに追いつくなんて十年早いのよ」


「ですねー」


「初めてだからしょうがないけどね。まあ、次回に期待」


 早生とひかりは作業終了後、上から目線で農を労った。二人とも大学の授業で農業を経験しているらしい。早生は農学部に通う大学生だったことを農は思い出した。馴れているわけだ。素人相手に大人げない。いや容赦ない。


 午前の収穫作業終了後、事務所に戻ると昼食の準備がされていた。バーベキューコンロが三台設置されており、肉や魚、野菜が焼かれていた。『Sugar』チームの到着が最後らしく、すでにバーベキューは開始されていた。


『Sugar』チームのように午前中で終了する人と午後も作業を続行する人がいた。ところが、周りを見るとお酒を飲みながら肉や野菜を頬張る人たちが散見された。


「お疲れさま、食べてるかい?」


 農は労いにきた味来に対して当然の質問を投げかけた。


「午後も仕事するんですよね?」


「もちろんするよ。みんなお酒飲んでるから?」


「はい、しかも肉体労働だし。酔った状態で作業して倒れたりしたら大変では?」


「大丈夫な人しか飲んでないし、作業中に水分補給もしっかりするから大丈夫。やぎくんも飲んだら?洞爺や早生ちゃんも飲んでるし」


 農は恐る恐る洞爺たちを見ると、確かに酒を飲んでいた。早生は酔っているようにすら見えた。


「洞爺さん、夜は営業するんですよね?」


「するよ。やぎくんも飲んだら?」


「俺は、飲まないです。お酒強くないので」


「もしかして、早生ちゃんを心配してるの?」


 早生の心配?嫌な予感がしたが、それが的中していることに気づくのに時間はかからなかった。


「やぎ、飲んでる?」


「やぎさん、飲んでますか?」


 酔っ払いの二人組が絡んできた。未成年のひかりは酔っているように見えただけで、酔っているのは早生だけだった。これは大丈夫といえるのだろうか?


「やぎは飲まないの?つまんない。まあ、いいや。ちゃんとおいしいもの作って洞爺さんの役に立ちなさいよ。しょうがないから、私が試食してあげるから。ありがたいと思いなさいよ」


 お酒を飲むことにより、上から目線と厳しい言い方に磨きがかかっている。農に対しての。すると、なぜか突然『私ね』と早生は自分の話をし始めた。


 早生の両親は早生が幼少の頃に事故で亡くなった。その後、親戚の元を転々としたが、どの親戚からも邪魔者扱いをされていた。


 十歳の時に施設に預けられたが、高校生の時に施設を抜け出した。明確なきっかけは今でもわからないが、糸が切れたように何もかもが嫌になった。それまで溜まっていた我慢と思春期が重なった結果なのだろう。


 学校でも友人と呼べる人はいなかった。そして、空腹の状態で『Sugar』に辿り着いた。


 店の前に座り込んでいたところ、洞爺に声を掛けられた。早生が空腹であることを知った洞爺は笑顔で早生に里芋コロッケを振る舞った。早生はそのコロッケの泣きながら頬張り、その味は今でも忘れられない。


 コロッケを食べ終えしばらくの沈黙の後、早生は自分の生立ちを洞爺に話し始めた。そして、早生は声を絞り出すように最後に付け加えた。


「戻りたくない・・・・・・」


「店に隣接しているシェアハウスに空き部屋があるんだけど、よければそこに住んでみるかい?」


 早生の事情を知った洞爺の突然の提案だった。その提案を早生はまた泣きながらすぐに受け入れた。


その後、早々と洞爺は施設に連絡と手続きを済ませて、早生のシェアハウスでの生活が開始した。早生がきちんと洞爺に感謝を伝えられたのはそれから数日後だった。


 洞爺は『シェアハウスに住むことになった記念』として早生にデジタルの目覚まし時計をプレゼントした。


「ありがとうございます。一生大切にします」


 早生は涙ながらにお礼を言った。『一生』とは大袈裟だと洞爺は思ったが、喜んでくれているようなので嬉しく思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る