05 夜の森


SIDE:メリア



 深い森の中では太陽の光は直接差し込まないが、空が茜色に染まっているのが上空の木々の葉を透かして見える。


 もうすぐ日が落ちるだろう。


 そうなれば、昼でも暗い森の中は完全な闇に閉ざされる。

 …普通であれば。




「メリア、もうすぐ日が落ちそうですが…どうするのです?」


「もう少し進んでおきたいわ。休憩するにしても場所を選ばないと…目星はついてるから、取り敢えずはそこまで行きましょう」


「ですが、もうすぐにでも日が落ちて…そうなれば足元も覚束なくなりそうですが?荷物にランタンはありましたっけ?」


「大丈夫。なんとかするから」


 確かに明かりがないままでは、夜の森は歩くのさえ困難になるだろう。

 だが、彼に言った通り私にはそれを何とかするだけの方策があるのだ。





 やがて日は落ち、辺りは暗闇に包まれる。

 月の光も届かない森の中は一寸先も見えない闇、闇、闇…だ。

 流石にこの状態で歩くのは危険なので、私達は一旦足を止める。



「……これで進むのは危険なのでは?」


「分かってる。ちょっと待ってて」


 私は体内の魔力の流れを意識しながら集中させ、心の中で木々にお願いをする。


(…みんなお願い。私達の行く先を照らして…)


 そして私の身体から魔力が拡散していく。

 私の願いを乗せ淡い緑色の光を伴ったそれは、森の木々に吸い込まれて次々と伝播していった。


 すると…


「これは……」


 私の魔力を吸収した森の木々、そこに咲く花々が色とりどりの光を放ち始める。


 そして瞬く間に、暗闇に閉ざされた不気味な森は一転して幻想的で美しい光の溢れる世界へと変貌を遂げるのだった。



「おお……何と美しい……まるで妖精が住まう森に迷い込んだかのようだ…」


「あら、結構ロマンチストなのね。でも、これなら問題なく進めるでしょう?」


「ええ。しかし、こんなことまで出来るとは……驚きです」


「色々制約もあるし、使い所が限定的だけど…森の中ならうってつけのスキルかもね」


 自画自賛にはなるけど、ここでなら例えAランクの魔物が襲ってきても遅れを取ることはないと言う自負がある。



「さぁ、今日はもう少し進んでおきましょう」


「ええ、行きましょう」


「ワウッ!!」


 昼よりは流石にペースは落ちるが、これでもう少し距離は稼げるはずだ。


 幻想的な森の中を、私達は更に進んでいく。










SIDE:グレン



 美しく彩られた森の中を俺たちは進んでいく。


 改めて…凄いスキルだと思う。

 しかし、植物を意のままに操るなど……聞いたことがない。

 恐らくは彼女だけの固有ユニークスキルなのだろう。


 私のような初対面の人間にあっさり教えるのは…短い間のやり取りでも信頼に値する人間だと思ってくれたのか、あるいは世間知らずなのか。

 前者だと嬉しいのだが…こんな人里離れた深い森の中に住んでいるのだから後者のような気もする。

 何れにしても釘は刺しておいたほうが良いかもしれない。


「メリア、その…スキルのことはあまり人には言わない方が良いと思いますよ?」


「ええ、分かってるわ。自分で言うのも何だけど、私人を見る目はあると思うの」


「そうですか。信頼してくれてありがとう、と言うべきですかね」


「フフ…あなた真面目そうだし、口も堅いでしょ?」


「…そうですね。下手に言いふらすような真似はしませんよ」


 どうやら俺のことを信頼してくれたと言うことのようだが…

 人を見る目があると言っても、初対面の人間に秘密を話すというのは随分危なっかしいな…と思った。

 …まぁ、素直に嬉しいとも思ったのだけど。



 何れにせよ、これでもう少しは進むことが出来る。


 メリアには落ち着けと言われたものの…やはり急がなければと言う気持ちは消すことができない。

 それでも…判断を誤らないようにしなければならない。

 無理を通して彼女を案内できなくなることだけは避けなければ。








SIDE:メリア



 ……この痕跡。

 ちょっとマズいかも。


「ねえ、グレン」


「何でしょう?」


「あなた達は確か…強力な魔物と遭遇したって言ってたわよね?」


「ええ、そうです。事前にギルドで確認したリストには載っていなかった魔物で……獅子のような姿をしていたと思うのですが、薄暗かったのでハッキリとは確認できませんでした。ただ、普通の獣の姿とは違って、どこか異形だったような……」


 やっぱり……深部の魔物がこんなところまで来てるんだ。


「それは多分キマイラよ。いまこの辺りにもいるかも知れない」


「え!?……そうか、あれがキマイラなのか……確かに伝え聞く姿に似ていたかも知れません」


 キマイラはギルドのランクで言えばA+に相当する。

 流石に、まともに相手はしたくない。



「ちょっと遠回りになるけど、迂回した方が……いえ、ダメね。見つかったみたい」


「!…逃げられませんかね?」


「レヴィだけならね。私達は後ろから襲われてしまうわ。迎え撃ったほうが良さそう。難敵だけど…不意打ちさえされなければ対処は可能だと思うわ」


「分かりました」



 そうして私達は戦闘態勢をとる。


「基本はさっきと同じ。前衛はグレンとレヴィでお願いね」


 さっきの戦い振りなら、多分キマイラ相手でも何とかなるだろう。


「はい、お任せください」


「ウォンッ!!」








 そして、光に彩られた森の外、闇の向こうから悠然とすら言える足取りで姿を現したのは、予想に違わない異形の魔物。


 獅子の頭と胴体、肩口から山羊の頭が生え、尻尾は蛇。

 体長はレヴィの倍は優にある巨体だ。


 キマイラ……本来であれば、魔境とも言われるこの森の中でも特に奥深い場所に棲息するはずなのだが、どういうわけかこんなところまで出張ってきたらしい。



 こちらを獲物と定めたのは間違いないと思うが、直ぐに襲いかかることはせずに、まるで値踏みするかのように慎重にこちらの様子を伺っている。

 

 レヴィが唸り声を上げて威嚇し、グレンが隙無く剣を向けても泰然としている。

 それだけで先程のモス・エイプなどとは格が違う事が分かる。



 だが、睨み合いは長く続かなかった。


 キマイラは突然、頭を振りかぶり大きく息を吸い込む…!



「!!避けてっ!!ブレスが来るわよっ!!」


 私の警告を受けてグレンとレヴィは即座にその場を退避する。


 そして、その直後……!



 ブォーーーーーーッッッ!!!



 キマイラの炎のブレスが、ほんの一瞬前まで二人が居た場所を薙ぎ払った!!



「危なかった……助かりました、メリア!」


「ウォン!!」


「まだよ!!」


 ブレスが躱されたと見るや、即座にキマイラは次の攻撃態勢に入った。


 次の狙いは……私か!!



 身体を弛めてから、次の瞬間には一気に距離を詰めて私に襲いかかってきた!!


「メリアっ!!」



 鋭い爪が振り下ろされるのを、私は剣で受け止める!


 だが、パワーではまるで勝負にならないので、まともに対抗するのではなく力の方向を反らしつつ攻撃をいなし、身体を反転させてキマイラの背後に回り込んだ。


雷撃ライ・ボルト!!」


 そしてすかさず無詠唱で放った雷撃の魔法がキマイラの身体に突き刺さる!!



『グルゥアッッ!!』



 キマイラは悲鳴を上げるが、おそらくそれほど効いてはいないだろう。

 魔法耐性もかなりあったはずだ。


 それでも一瞬だけ動きが止まり、僅かにでも隙が生まれる。


 そこにグレンとレヴィの攻撃が加わる!!


「でやぁーーーっっ!!」


「ぐるぅっ!!」


 左右から挟み込むようにして、剣と爪の斬撃がキマイラに叩き込まれる!!



 だが、もう少しで攻撃が当たるというその瞬間、キマイラはその場を跳び退って回避してしまった。




 ……やはり一筋縄では行かない。

 


 一先ずあちらの先制攻撃は凌ぐことができたが、戦いはまだ始まったばかりだ。

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