03 出発
SIDE:ADMIN
森に朝が訪れる。
昼なお暗いとは言え、完全な闇に閉ざされる夜よりは当然に明るい。
そんな森の奥深くで、燦々朝日が照らす一軒家。
そこだけ切り取ったかのように木々が無く草原となっている。
日が出てからそれほど時間は経っていないが、煙突から煙が出ているところを見ると、既にその家の住人は起きて活動しているようだった。
SIDE:メリア
普段よりもかなり早い時間に起床して、身支度を整えて朝食の準備をする。
旅の支度は昨夜の内に終わっているので、朝食を取れば直ぐに出られる。
あぁ、グレンを起こさないとね。
ゆっくり休めたかな?
コンコン…
遠慮がちなノックの音がリビングの方から聞こえた。
あ、もう起きてきたか。
いま私が料理を作っているキッチンと、リビング、ダイニングは一続きの部屋になってる。
いわゆるLDKだ。
キッチンからだと、ちょっと扉は遠いので少し大きな声で返事をする。
「は〜い、どうぞ〜」
「おはようございます…すみません、勝手に……」
「もう、起こしに行こうと思ってたところだから大丈夫よ。よく眠れたかしら?」
「あ、はい。それはもう……お陰様で体調もすっかり元通りです」
「そう、良かった。流石は騎士様ね、回復が速いわ」
薬が効いたとは言え、本人の体力が無ければここまで速くは回復しない。
騎士は体が資本だろうからね。
「それで、その…私の服と鎧は……」
「ああ…服は洗濯して、もう乾いてると思うから後で渡すわ。剣と鎧も」
「何から何まで、ありがとうございます」
流石にね、倒れていた時の状態のまま寝かせるわけにもいかなかったから。
服を脱がせて身体を拭くくらいはしましたとも。
…流石にパンツはそのままだけど。
ちなみに、彼が今着ているのは婆ちゃんの寝間着だ。
流石に私のだとサイズが違いすぎるから…
婆ちゃんは女性にしては背が高かった。
それでもやっぱり彼にはちょっと小さかったけど、何とか着せることはできた。
「その前に朝食がもうすぐ出来るから…そこに座って待ってて」
「はい。昨日のお粥も美味しかったですし、楽しみです」
本当に楽しみだという顔をしている。
ふふ…何だか餌付けした気分だ。
あ、そうだ!
レヴィにもご飯やらなくちゃ!
キッチンの勝手口を開けて、レヴィを呼ぶ。
「レヴィ!朝ごはんだよ〜!」
「ウォウ!!」
直ぐ近くで待っていたらしく、直ぐに返事をして姿を見せた。
「はい、どうぞ」
「アオンッ!!」
私が朝食の器を差し出すと、尻尾をブンブン振って食べ始めた。
その様子を見ていたグレンが問いかけてくる。
「メリア、その狼は……」
「この子はレヴィ。私の友達よ」
「…そうですか。その……私の見間違いでなければ、ルナ・ウルフ…に見えるのですが」
「ええ、そうよ」
「……」
彼が絶句するのも無理はない。
ルナ・ウルフとは、この森の中でも最上位クラスに位置する魔物だ。
冒険者ギルドが認定する脅威度で言えば、Aランク相当となる。
だけど、生まれたばかりの頃に親を亡くしたこの子を育てた私にはよく懐いているし、とても賢いので人の言葉をちゃんと理解する。
性格も穏やかで、狼の癖に肉が嫌いだったりする。
あまり知られてないみたいだけど、普通の狼と違って雑食なんだよね。
今食べているのも私達の朝食に用意したものと同じものだ。
そんなようなことを説明すると、ようやくグレンは緊張を解いた。
「いや、驚きました……」
「昨日あなたを運んでくれたのも、この子なのよ」
「そうでしたか。レヴィ…と言いましたね。どうもありがとう」
「ウォンッ!!」
ふ〜ん……
これまで接してきた様子からも分かってたけど、彼は結構人が良いよね。
魔物にお礼を言うくらいだもの。
騎士って事だけど……立ち居振る舞いからして育ちの良さが滲み出てる。
多分、貴族家の出身。
それもかなり高位っぽい気がするんだけど、貴族にありがちな傲慢さは微塵も感じられない。
まぁ、そうでなければ彼の事情を聞くことも無かった。
レヴィが頭を差し出して、グレンは恐る恐るといった感じで撫でている。
どうやらレヴィも彼の事を気に入ったみたいだし、信用できる人物と考えても良いだろう。
思いのほか手触りが良かったようで、グレンは緊張を解いて何度も撫でている。
ふふ…私が念入りにブラッシングしてるからね。
やみつきになるでしょう。
さて、そうこうしてるうちに朝食の準備が出来た。
「さ、出来たわよ。食べましょう」
うん、我ながら美味しそうに出来たよ。
彼はすっかり回復したと言ってるが、念の為消化の良いものを……だけど、これから森を抜けるために長時間歩くことを考えると、エネルギーになるものじゃないと体力がもたない。
そんな事も考えてのメニューだ。
「ああ…やはり美味しそうだ。料理、上手なんですね」
「一人暮らしだからこれくらいはね。さ、冷めないうちに食べちゃって」
彼に勧めながら自分も食べ始める。
最初はお互い遠慮がちだったが、食が進んでくれば自然に会話が弾む。
久しぶりに誰かと一緒に採る食事は、普段よりも美味しく感じるのだった。
SIDE:グレン
メリアの口調はどこかそっけない感じがするが、言葉の端々に気遣いと優しさが滲む。
そもそも、見知らぬ行き倒れの男を介抱し、あれこれ世話を焼いてくれたのだ。
美しいだけでなく心根も優しい……女神と見間違えたのも仕方のないことだと思う。
食事しながら、彼女は自身の身の上を語ってくれた。
『森の魔女』とは血は繋がっていないが、森に捨てられた赤子だったメリアを拾い自分の孫として育てたのだと言う。
拾われた時点で1歳になるかどうか…だったらしい。
拾われた日を1歳の誕生日として、今は13歳との事。
俺の見立てより少し若かったが……随分年齢よりも大人びてる感じがする。
多少は幼さも見て取れるが、その美貌は十分に大人の女性として異性を魅了するだろう。
……俺が殊更少女趣味と言う訳ではないはずだ。
俺自身のことも少し話をした。
まぁ、少しぼかしたりしてはいるが……
別に隠さなくても良いのだが、折角こうやって気安く話しかけてくれると思うと躊躇ってしまったのだ。
だから話したのは、近衛騎士に所属していることと、年齢が18であることくらいだ。
俺の年齢を聞いた彼女は大層驚いていたのだが……どうやら20代半ばくらいに思われてたらしい。
それは……どうなんだろう?
大人っぽいと思われてた事を喜ぶべきか、老けてると思われたことを嘆くべきか。
だけど、歳がそこまで離れていないと知った彼女は、更に口調も砕けた感じになったので、まぁ良かったのだろう。
SIDE:メリア
「さて……そろそろ出発しましょうか」
食べ終わった食器を下げて洗うなど、後片付けをするが、グレンも手伝いを申し出てくれた。
最初は遠慮したのだけど、彼も何もしないのは心苦しいのだろうと察してお願いすることにした。
そしてそれも終わって、洗濯しておいたグレンの服や鎧、剣を彼に返して支度を整えてもらう。
「はい、コレ。あなたの荷物ね。食料とか水とか」
「すみません、何から何まで……」
「気にしなくても大丈夫よ。ちゃんと経費として請求させてもらいますから」
冗談ぽくそう言うが、その辺はキッチリしておいた方がむしろ後で拗れない。
…別に私がガメツイわけではない。
「ふふ、そうして下さい。……もし仮に、救うことができなかったとしても、受けたご恩は必ずお返しいたします」
「だめよ、そんな事言っちゃ。後ろ向きな気持ちじゃ、助けられるものも助けられないわ」
「…そうですね。どうか、彼女をお救いください」
「私にできる事は、全力を尽くします」
絶対に助けるなんて断言することなど出来ないけど、私はグレンの目を真っ直ぐ見つめて、そう約束する。
こんな森の中に引き籠もっているけど、私の力で誰かを助けることが出来るなら……それほど嬉しいことはない。
「じゃあ、出発よ!」
「ウォウッ!」
「はい、お願いします」
そして、私達は森の外に向かって歩き出すのだった。
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