森の魔女の後継者

O.T.I

00 プロローグ

SIDE:ADMIN




 人里離れた深い森の中。


 鬱蒼と生い茂る木々に陽の光は阻まれ、昼なお薄暗いこの場所は、およそ人間が文明的な暮らしをするのには適さない。

 しかし…もっとも近い街からでも徒歩で数日はかかる魔境とも言われる地に、一人の少女が住んでいた。



 まるで切り取ったかのように拓けて、草原になっている場所に建った一軒家。

 そこだけは暖かな陽光が差し明るい雰囲気だ。

 赤茶けたレンガ造り、屋根には煙突が立ち……ちょうど火を使っているのであろうか、もくもくと煙が出ている。

 家の周りには色とりどりの花が植えられた、よく手入れされた花壇が囲む。

 こんな鬱蒼とした森の奥深くには似つかわしくないくらいにメルヘンな雰囲気。



 扉が開き少女が表に出てきた。


 すると、美しい色彩を持つ一羽の小鳥が彼女の肩にとまって、まるで彼女に話しかけるように囀る。


「おはよう、何かあったのかしら?」


 彼女は特に驚いた風もなく、それが当たり前であるかのように小鳥に問いかける。


 チチチッ…


 小鳥は更に彼女に対して、時折羽根をバタつかせながら鳴き声を上げる。

 それは、まるで身振り手振りで説明をしているようにも思えた。


「ふんふん………あ〜、また行き倒れ?最近多いね……。分かった、放っては置けないし行ってくるよ」


 やはり会話が成立していたようで、小鳥の話(?)を聞いた彼女は一旦家の中に入る。


 それほど時間もかからずに再び表に出てきた彼女は先程の普段着のワンピースとは異なり、しっかりと手足を覆う丈夫で柔軟な生地の服にリュックを背負っていた。

 腰にはショートソードを佩剣している。


 可憐とも言える少女がする格好としては些か物騒な感じではあるが、魔境と言われるこの森を探索するには物足りない気もする。



「レヴィ」


 少女が誰かの名を呼ぶ。

 すると、家の裏手から一匹の狼が現れた。


 少女の傍らに歩み寄ってきたその狼は、後ろ足で立てば少女の倍ほどにもなる巨躯である。

 だが、尻尾を振って少女に鼻を擦り寄せる様子から、すっかり彼女に懐いているようだ。


「よしよし、レヴィ。こんなに大きくなったのに…甘えん坊なのは変わらないのね」


「ウォンッ!」


 首筋を撫でながら言うと、レヴィはますます嬉しそうに尻尾を振って一声鳴いて応えた。



「また遭難者がいたみたいなの。念の為、あなたも一緒についてきてくれるかしら?」


「オンッ!」


 了解のようだ。

 任せておけ、と言わんばかりにどこか誇らしげですらある。


「ありがと。じゃあ…チルル、案内してくれる?」


 チチチ…


 少女が上を見上げながら言うと、先程の小鳥が木の枝から飛び立った。

 彼女は小鳥を見失わないように、足早に歩き始めた。


「さあ、行きましょう」


















 小鳥に案内されて、薄暗い森の中を行く少女と狼。

 巨大な木々の根が張り出して歩き難い地形だが、それを物ともせずに進んでいく。


「さて…魔物に襲われてなければ良いのだけど」


「ワゥ!」


 この地は魔境だ。

 人知の及ばない、魔物の支配領域。

 頻繁に遭遇するわけではないが、一度遭遇すれば命の保証はない。

 それでも、貴重な資源を求めて訪れる者はいる。

 今回の遭難者も、おそらくそのような者なのかもしれない。



 やがて、小一時間ほど進んだところで件の遭難者らしき人物がうつ伏せに倒れているのを発見した。

 少女は辺りを警戒しながら近付いていく。


「魔物に襲われたような形跡はなさそうだけど……生きてるのかしら?」


 倒れていたのは男性らしい。

 魔境を探索するにしては、随分と身形が整っているように思える。

 白銀の軽鎧に佩剣したその出で立ちは、騎士と言われても納得できそうだ。


「この人…荷物はどうしたのかしら」


 こんな人里離れた森の中に、水も食料も持たないのは自殺行為だ。

 何かしらのトラブルで紛失したと考えるのが妥当だろう。


 少女は男を仰向けにしてから、呼吸や外傷の有無を確認する。


「息は…してるわね。特に目立った外傷も無さそう。脱水症状でもなさそうだし……疲労と空腹ってところかしら」


 直ちに命の危険は無さそうな様子に、少女は少し安堵する。


 そして、改めて男の様子を確認すると、かなり整った容姿である事に今更ながら気がついた。

 目は閉じられてるので瞳の色は分からないが、淡い金髪と美しい相貌は、騎士よりは貴公子と言った方が相応しいように思える。


「……何か、厄介事じゃなければ良いんだけど」


 だが、彼女の感想はそのようなものだった。

 美男子にドキドキするよりも、見るからに貴族っぽい身形と容姿に厄介事の心配が真っ先に浮かぶ。



「う…うぅ……」


「あ、目が覚めそう……しっかりして。大丈夫?」


 男性の頭をそっと腕に抱き上げながら、彼女は声をかける。

 ふわり…と、埃と汗の匂いに混じって、柑橘のような爽やかな香りが彼女の鼻腔をくすぐった。

 どうやら香水のようだが、そのようなものを付けていると言う事は…ますます貴族のように思える。


 すると、薄っすらと男性が目を開けた。

 ぼんやりとしているが、視線が彼女を捉えると徐々に意識が戻っていく様子が見て取れた。


「良かった。気がついたのね」


「う…あ、あなたは……女神様…?」


「ふふ、まだ寝ぼけてるのかしらね?まあ、冗談でも嬉しいわ。わたしの名前はメリア。この森に住んでるのよ」


「メリア……この森に……では、あなたが……?」


(…なるほど。『森の魔女』に用事があったのね)


「とにかく、話は後で。そんな状態じゃまともに話はできないでしょう」


 そうメリアは言いながら、鞄から水筒を取り出す。

 さらに鞄から革袋を出して、その中から丸薬のようなものを一つ摘み、水筒の中に入れる。

 そして、彼女は何事かを呟いた後、シャカシャカと水筒を振ってから蓋を開けた。

 すると、モワッと水筒の口から湯気が立ち昇り、独特な香りが漂う。


「これを飲むといいわ。少し苦いけど、滋養強壮の薬湯よ。あ、熱いかもしれないから気を付けて」


 男の状態から極度の疲労と空腹によるものだろうと当たりをつけ、その症状に合わせた薬を手早く煎じたのである。


 彼女は彼の口元に水筒を差し出す。

 思いの外しっかりとそれを掴んだ男は、ゆっくりと身体に染み込ませるように薬湯を飲む。


「……苦い」


 男の呟きに彼女は苦笑する。


「だからそう言ったでしょう?毒じゃないから、安心して全部飲みなさい」


 優しげだが有無を言わさないメリアの口調に、少し情けないように顔を顰め、だが男は素直に水筒に残った薬湯を全て飲み干した。


「うん、よろしい。効き目が出るのはもう少し時間がかかるし、眠気も出てくるだろうから…取り敢えず私の家に案内するわ。レヴィ、お願いできるかしら?」


「ウォンっ!」


 メリアは男を抱えて巨狼レヴィの背に乗せる。

 一見して華奢な少女の細腕のどこにそんな力があるのか…男は驚きの表情を見せるが、薬の効果で眠気が襲ってきたのか再び意識が朦朧とし始めたようだ。


 そして彼女は男にタオルケットを掛けてから、彼が落ちないように帯のような長い布で括り付けた。


「ゆっくりお休みなさい。じゃあ行きましょうか。落とさないように気をつけてね」


「ウォウっ!」



 メリアと男を背負ったレヴィはその場を離れ、家路を急ぐ。

 一先ず応急処置は施したものの、ちゃんとしたベッドでしっかり休ませる必要があるだろう。















 森に住む少女メリア。

 この日の出会いが運命を大きく変えることになろうとは……彼女はまだ知る由もなかった。

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