第34話 力の差

 

「すぐに返事とは言わん、心の準備も必要だろうからな。今日は我が屋敷に泊めてやる、一晩考える時間をやろう」 

 

 

 変わらず不遜に笑う鷹呀おうがを見ながら、白銀しろがねは動けずにいた。

 

 ────桔梗ききょうの寿命を延ばす方法……と言ったか? 今。

 

 白銀はあまりに突飛な鷹呀の言葉に、少し混乱する。

 もしそれが本当なら、こんな好機チャンスは無い。ここで聞けなければ二度とそんな機会に恵まれる事は無いかもしれない。

 

 が。

 

 その対価に桔梗の身体を抱かせろと、この男は言う。

 

 情報は喉から手が出る程欲しい。何なら自分の寿命と引き換えても構わない。

 だが、それは桔梗の身体をあの男の好きにさせるという事だ。冗談じゃない、そんな事許せる筈がない。

 

 

 くろも白銀と同じことを思っていた。

 本当にそんな方法があるのか?

 あったとしても……そんな条件呑める筈がない。

 

 ────ここは力ずくで……。

 

 居合いの構えからグッと更に腰を落とす。

 

 そんな玄の様子に、鷹呀は鼻を鳴らし馬鹿にしたように笑った。

 

「やる気か? 御影みかげの小僧。まあいい、力の差をここで判らせてやるのもいいかもしれん」

 

 鷹呀は周りに手を出すなと言い、引かせた。そして片手を前に伸ばすと、挑発するように玄に向け、人差し指で手招きをした。

 直後、瞬時に差を詰めた玄の刀身が横に凪ぎ払われる。

 鷹呀はそれをいとも簡単にかわすと、素早く玄の頭を掴んだ。

 

「──っ!?」

 

 そのまま近くの岩肌へ投げつけると、玄の身体は背中から固い岩盤に叩きつけられる。

 

「がっ!!」

 

 ずるりと地面に落ちる玄目掛けて、鷹呀は跳躍しながら拳を振り上げた。

 

 ────まずいっ!!

 

 咄嗟に体勢を立て直し横に跳ぶと、ドゴッと音がし先程まで玄がいた場所に土煙が立っていた。

 

「ほう、避けたか」

 

 ゆったりと立ち上がる鷹呀の足元に、大きな穴がぽっかりと開いている。

 とんでもない力だ。

 しかも素早い。

 

 鬼の身体能力は、普通の人間より優れていると聞いたが……。

 

 ────鬼の王ともなれば、その比じゃないみたいだ。

 

 暑さのせいでは無い嫌な汗が、玄の首筋を伝う。

 先程、岩にしたたかに打ち付けた背中がズキズキと痛んだ。

 

「玄っ!!駄目だ、よせっ!!」

 

 桔梗の悲痛な声が聞こえる。

 彼女は、玄と白銀が傷つく事を嫌う。というより、恐れているようにも見える。

 玄はフッと口元を緩めた。

 

 ────君がそんなだから、逆に身体張っちゃうんだよね。

 

 玄は息を整えながら、鷹呀を見据える。

 先刻、白銀と玄は自分の足元にも及ばないと言ったのは、虚勢でもなんでもない。それは今の鷹呀の動きでわかった。力の差は歴然だ。

 だが。

 だからといって、引く訳にもいかない。

 

 玄は再び低い姿勢になり、刀を後ろ手に構えると地面を蹴る。鷹呀の目の前で高く飛び上がると、懐から苦無くないを取りだし鷹呀に向かって鋭く投げた。

 彼はそれをひと凪ぎで振り払う。その間、地面に着地した玄は、背後から鷹呀に向かい刀を振る。

 

 ポタポタと、刀身を伝い血が滴る。

 鷹呀おうがは素手で刃を握っていた。

 

「くっ!!」

 

 刀を握られ動けなくなった玄は、間髪入れずその顔めがけ拳を打ち込むが。

 その手首を掴まれ、そのまま玄は地面に叩きつけられた。

 

「ぐっ……ぅ!!」

 

 鷹呀は地面に倒れた玄の頭を踏みつけた。そのままギリリと力を込める。

 

「俺を負かして口を割らせようとしたのか? 残念だったな、」

 

「ぐぁっ!!」

 

 頭を踏みつけていた足で玄の腹を蹴り上げた時だった。

 

「やめろおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 白銀が鷹呀の背中目掛け、飛び蹴りで攻撃を仕掛けた。

 しかし、鷹呀は飛んできた足首を掴む。

 

「──っ!!」

 

 瞬間、白銀の目がとらえたのは憎らしいほど愉しそうに笑う鷹呀の顔。それが反転して青い空が見えたと思ったら、背中に激痛が走った。

 玄の脇に叩きつけられたのだと気づき、身体を起こしながら横に転がる玄を見る。

 

「いってぇ……。おい玄、大丈夫か?」

 

「くっ……はは、余計な事しないでよ」

 

 思ったより平気そうな玄に、安堵した白銀は鷹呀を見上げた。自分を見下ろすその禍々しい瞳に肌が泡立つ。

 鷹呀は、腰に差していた美しい装飾が施された日本刀を抜いた。

 

「お前達がそんな態度では仕方が無い。この場で殺して霊薬師を連れていくとしよう。……さあ、どちらから先に地獄へ送ってやろうか?」

 

「やめてくれっ!!」

 

 走り寄る足音がしたかと思うと、ザッとふたりの前に桔梗が立ちはだかる。

 真っ黒な澄んだ瞳が鷹呀を見上げた。

 

「どうした? 霊薬師。お前の従者達が阻害するんでな、今から始末するところだ。邪魔するな……それとも」

 

 鷹呀は刀の柄の先を、桔梗の顎にあてがいグッと上を向かせたまま自身の顔を寄せる。

 

「俺に抱かれる気になったか?」

 

 息がかかるくらい至近距離で囁かれ、桔梗の顔が強ばった。

 

「……ああ、好きにするといい。その代わり、これ以上こいつらを傷つけないでくれ」

 

 苦しそうな表情で懇願する。

 

「お願いだ……」

 

 鷹呀はそんな桔梗の頼みに、今までに無いくらい口の端をつり上げた。

 

「中々そそるな、その顔は。俺の腕の中で泣かせるのが楽しみだ」

 

「待てよ」

 

 ふたりのやり取りに、異を唱えたのは白銀だった。

 

「俺は納得してねえぞっ!!何で桔梗が……」

 

「白銀」

 

 名を呼び、言葉を遮ったのは桔梗だった。

 

「もう決めたんだ。だから、余計な事はするな」

 

 そう言われ、白銀は愕然とした表情を浮かべる。

 彼女の為にした言動を、その本人に止められた事が衝撃だったようだ。

 

 そんなやり取りを見ていた鷹呀は、くくっと喉で笑うと「ついて来い」と歩きだす。そして、まだ立ち上がれないでいるふたりを一瞥いちべつする。

 

あるじかばって貰うなんざ、とんだ従者だな」

 

 通り過ぎ様そう言って鼻で笑った。

 蘇芳すおうはその一部始終を、何も言えず立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 険しい山道を、鬼達に引率されて歩く。

 足を引きずる玄に薬を飲ませようとしたが、無言で手で押し返された。

 白銀が付き添い、後ろを歩く玄を気にかけ、たまに振り向くが、玄はずっと無表情で目を伏せたままだ。

 いつもの飄々ひょうひょうとしている彼の、初めて見せる様子が桔梗は気掛かりだった。

 

 途中大きな吊り橋を渡り、暫く歩くと開けた場所に出た。

 飾り気の無い木造の家が、平地だけではなく、岩場の地形を利用して高い箇所にまで建っている。

 周りの鬼達は、鷹呀を見ると深く頭を下げた。が、桔梗達を見て眉をひそめた。

 

 集落に入り、真っ直ぐ歩くとそこそこ幅の広い階段があった。

 それを上ると、やがて赤と黒の大きな屋敷が目の前に現れる。

 

 

「ようこそ、我が屋敷へ」

 

 前を歩いていた鷹呀は、肩越しに桔梗を見て言った。

 

 

 

 ※

 

 

 

「こちらへどうぞ」

 

 鬼の少女に案内され、扉を開いた。

 

 部屋に通された桔梗は、周りを見渡す。

 布団とは違い、腰かける事の出来る寝床と横に設置された卓以外何も無い簡素な部屋だ。

 ただ、寝床のすぐ横の壁には大きな窓があり外を見渡せる。

 

「白銀と玄の部屋は?」

 

 少女に訪ねるが、彼女は首を振る。

 

「それぞれ、離れた場所に用意してあります。鷹呀様の許可なく部屋から出るのは禁じられておりますのでご了承ください。それを破られますと、ほかのお二方の安全は保証できない……とも申しておりました」

 

「わかった」

 

 玄の怪我の容態が気になるが、仕方が無い。

 では後で食事をお持ちします。と言い残し少女が立ち去った後寝床に腰を下ろした。

 

 

 

 ※

 

 

 

 足がズキズキ痛む。

 玄は案内された部屋の寝床の上で、膝を抱えうずくまっていた。

 

 まるで歯が立たなかった。

 どう頭の中で再現しても、鷹呀に勝てる想像ができない。

 こんなに、自分の無力さを目の当たりに感じたのは初めてだった。

 

 コンコンと扉が叩かれると、ゆっくり開いく。

 そこには、ここに案内してくれた子鬼が盆に何かを乗せて立っていた。

 

「桔梗様からです」

 

 よく見るとそれは薬瓶だった。

 玄は伏せていた顔を少し持ち上げ確認するが、また興味無さそうに顔を伏せた。

 

言伝ことづてです“何かあった時いつでも動けるようにしておけ”」

 

 ハッと顔を上げる。

 膝を抱えていた右手をゆっくりと伸ばすと、盆の上の薬を大事そうに握りしめた。

 

「それでは」

 

 と、子鬼は出て行くと。玄は、片手で顔を覆い笑いだす。

 ひとしきり笑うと、拳を振り上げ背後の壁に思いきり打ち付けた。

 

 壁にひびが入りぱらぱらと小さな破片が落ちる。

 玄の深紅の目は、くうを睨んでいた。

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