第20話 桔梗と青葉

 

 

白銀しろがね

 

 

 そこへ、怪我人の手当てをあらかた終えた桔梗ききょうが訪ねてきた。

 

「お前も怪我をしていると聞いたんだが。大丈夫か?」

 

「ああ、ちょっと棒で殴られただけだ。今はもう何ともない」

 

「そうか……」

 

 ホッと安堵し彼女は「よかった」と小さく言いうつむいた。

 

 その仕草に、その場に居た男達は息を飲む。

 旅をしているようには見えない白い肌。切れ長の涼しげな目元を縁取る睫毛まつげは俯くとその長さがより分かる。

 夕べは暗くてよく分からなかったが、この村には居ない桔梗の凛とした雰囲気に、村の男達の目は釘付けだった。

 それを見た村の娘達はクスクスと笑う。あれではさすがの青葉も敵わないねえ。と誰かの囁く声が聞こえてきた。

 

 

 面白くないのは青葉だった。

 

 確かに彼女は美しい。が、よく見ればまだ小娘じゃないか。

 女としての色気がある自分の方が、男からしたら魅力的な筈だ。

 

 桔梗は、痛むようならすぐに言うようにと白銀に言うと、また怪我人を診る為に立ち上がる。その際、その横に座る女をチラリと見る。その女は桔梗に対して鼻で笑ったような気がした。

 

「?」

 

 その態度が少し気になったが、桔梗はその場に居る者達に軽く会釈えしゃくをするとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 夜盗の残党達を片付け、くろは村の入り口まで戻っていた。桔梗達の様子を見に行こうかと思っていると途中、白銀に会う。

 何でも、夕べ助けた女に付きまとわれるので逃げ回っていたとの事だった。

 

 

「白君、年上の女性にもてるんだねえ」

 

「そんなんじゃねえよ。……ん? あれ、あの女の子供じゃないか?」

 

 二人の向かおうとしている先に、子供がひとり立っていた。

 

「……ああ、皆に悪餓鬼わるがきって言われてる?」

 

 

 

 勇太の視線の先には木の枝でくつろいでいる一羽のつばめ

 その手に持っているのは石鉄砲といわれる玩具おもちゃだ。

 二股に枝分かれした先端に伸縮性のあるつたを結びつけ、その蔓を伸ばし放した反動で小石を飛ばす。玩具としては少々危険な代物だ。

 勇太は足元に落ちている手頃な小石を拾うと、石鉄砲を燕に向け狙いをつけた。

 ギリリと蔓を思いきり伸ばす。燕はそれに気づく様子も無い。

 勇太は楽しそうに笑みを浮かべると、手を放した。

 

 

 ────パシッ。

 

 

 石が放たれた瞬間。誰かの手が小石を受け止めた。

 

「この……ガキっ!!」

 

 驚いた勇太が見上げると、夕べ自分の母親を助けてくれた銀髪の男が右手に石を受け止めた体勢で睨んでいた。

 

「お前っ!!何してんだ? こんなのあんな小さい身体に当たったら死んじまうだろがっ!!」

 

 自分の楽しみを邪魔された勇太は、ムッとして「うるさいっ!!」と言って白銀の脚を蹴った。

 

「なっ!!お前──」

 

 

 

「噂通りの悪餓鬼だねえ」

 

 

 背後で声がしたので勇太が振り返る。

 いつの間にか、すぐ後ろで臙脂えんじ色の着物を着た黒髪の男が見下ろしていた。

 男は薄ら笑いを浮かべながら、木の上の燕を仰ぎ見る。

 

「あの子ねえ、僕らの大事な仲間なんだよ。もし、次あの子を傷つけるような事を君がしたら……」

 

 男はお辞儀をするように腰を曲げた。男の顔が勇太に近づいてくる。

 

「身体中の生皮剥がして、その木に吊るしちゃうよ」

 

 まるで地の底から響くような、ぞくりとする声。

 彼の真っ赤な目が更に恐怖心を煽った。この場から逃げたいのに足が地面に縫い付けられたように動けない。

 男はスッと体勢を戻すと、「行こうかチュイ君」と木の上の燕に声をかけた。燕は小さく鳴くと、二人の歩いていた方向へ飛んで行った。

 

 

「“僕らの大事な仲間”だって?」

 

「結構動物好きなんだよ、僕は。……手、怪我した? 血が出てるよ」

 

「ああ、石が尖ってたからな。平気だ」

 

 そんな会話をしながら歩いていく二人の背中を、勇太は身動きも出来ないまま見送った。

 

 

 

 

「これは一体どういう状況なんだ?」

 

 

 怪我人が治るまで暫く居て欲しいという庄屋の申し入れで、滞在中は庄屋の家に世話になることになった。

 桔梗が居るという客間に案内されると、白銀と玄は室内の光景に目を丸くした。

 部屋の真ん中には、村人が持ってきたのだろう野菜や果物、山菜などが置き場所に困るくらい置かれている。

 それを囲むように円になって男達が座っていた。

 桔梗はというと、その部屋の一番奥に居心地悪そうに座っている。

 

 

「白銀、玄」

 

 二人の姿に桔梗はほっとした顔をする。

 

「そろそろ夕飯だって、奥さんが言ってたよ」

 

 玄が言うと、「ああ、今行く」と桔梗は立ち上がった。すると、男達は彼女を引き止めるようにそれぞれ口を開いた。

 

「桔梗さん、俺の腰痛はどうすれば?」

 

「最近中々寝付けないんだよ。何かいい薬を」

 

「もう少し話を聞かせてもらえねえですか?」

 

 どうやら、薬師の桔梗に薬の処方を頼みに来たようだ。ただ、目的はそれだけではない者も居るようではあるが。

 

「ほらほら、お前さん達。桔梗さんは夕べからほとんど寝てなくてお疲れなんだ。今日のところは帰んなさいな」

 

 そこへ庄屋の奥方が入ってきて、村人達を部屋から出るように促した。

 皆、奥方には逆らえないらしくすごすごと帰っていく。

 

 奥方は客室に置いてある沢山の貢ぎ物を見回し鼻を鳴らした。

 

「これは、暫くおかずには困らないねえ。見た目がいいって得ねえ」

 

 桔梗を見て目尻に皺を作ると、彼女はほっほっほっと笑いながら部屋からでていった。

 げんなりとした顔で奥方の後を追う桔梗は。

 

「早くこの村から出よう」

 

 と小さく呟いた。

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