第17話 手土産

 

 翌日の昼頃には、桔梗ききょうの体力もすっかり回復していた。

 荷物の整理をしている部屋の隅で、白銀しろがねはだらしない格好で寝ている。

 

 

 桔梗が目を覚まさない間、彼はほとんど寝ずに桔梗のそばに居たらしい。まるで飼い主を守る忠犬のようだったと女将は笑っていた。

 その様子を想像すると、なんだか可笑しくて自然と笑みがこぼれた。

 

 

 その時、女将が客人が訪ねて来たと伝えに来た。

 

 

 

 

 

「やあ。そろそろ目覚める頃かなって思ってさ」

 

 

 間もなく部屋に訪れたのはくろだった。

 その気配で起きた白銀は眠そうな目を擦っている。

 

 

 部屋に備え付けのちゃぶ台を挟んで座ると、女将が人数分の茶を持ってきてくれ「ごゆっくり」と言って部屋を出て行った。

 

「見舞いはいらねえって言った筈だけど?」

 

 寝ているところを起こされ、不機嫌な白銀はムスっとした顔で言うと、玄は持ってきた手土産をちゃぶ台の上に広げた。

 

泰平堂たいへいどう羊羹ようかんと豆大福は絶品でね、朝から並ばないと手に入らないんだ。ぜひ桔梗ちゃんに食べて……」

 

「なるほど、確かに美味いな」

 

 

 玄の台詞が終わる前に、二人とも大福を頬張っていた。

 白銀はもう二つ目に手を伸ばしている。

 

「わざわざ朝から並んでくれたのか? 済まなかった」

 

「君達さ……」

 

 口の周りに大福の粉をつけ、口をもぐもぐさせながら言う桔梗に、玄は呆れた顔で言った。

 

「僕がそれに毒を入れたかもとか疑わないの? 僕の生業なりわいが殺し屋だって知ってるよね?」

 

 それを聞いて、二人ははたと動きを止めた。そして顔を見合わせ再び玄を見る。

 

「白銀はこれでも役に立つ奴でな。長い山暮らしと山犬に育てられたおかげで鼻が利く。毒入りかどうかくらいはわかるんだ」

 

「うん、でも全部わかる訳じゃないぞ」

 

「……なに?」

 

「臭いも味も無い毒だったらわかる訳無いだろう?」

 

「…………役立たずめ」

 

「うわ、ひでえ……」

 

 そんな二人のやり取りを楽しそうに見ている玄に気がついて、桔梗はコホンと咳をした。

 

「まあ、あれだ。お前が食い物に毒を入れるような、まどろっこしいやり方はしないと思ったからな」

 

「…………」

 

 しれっと茶をすする桔梗とそんな彼女を恨めしそうに見る白銀の様子を、玄はクスクスと笑いながら見ていた。

 

「まあ、そうだね。そんな面倒臭いやり方はあまり好きじゃない。ふふ、毒は入ってないから安心してよ」

 

 ああそうだ、と玄はもうひとつの包みを差し出す。

 

「忘れ物。この町の仕立て屋は優秀でね、ほとんど買った時と同じになったと思うよ」

 

 包みを広げると桔梗の荷物の他に、破れて血だらけだったはずの白銀の上着が綺麗になって畳んであった。

 そして、玄は一枚の紙をちゃぶ台の上に置く。

 

「城での契約の請求書。仕立て代もちゃんと上乗せしてあるよ」

 

 そう言って玄はにんまりと笑った。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 桔梗と白銀は、その翌日には町を出た。

 玄に支払った金額の分、本音を言えばもうしばらくは金を稼ぐために残りたかった。だが、玄のような殺し屋の居る町にいつまでも居ると、また何か面倒ごとに巻き込まれてしまうかも知れない。それは避けたいと思った。

 

 

 それなのに……。

 

 

「何でついて来るんだ?」

 

 桔梗は後ろを振り返り冷ややかな声で言う。その先には、二人の後ろをニコニコしながら歩く玄の姿があった。

 

「君達と一緒に居ると楽しそうだから」

 

 張り付けた笑顔の裏の真意が全く読めない。何を考えているのか分からない者に後をつけられるのは、何とも気持ちが悪いものである。

 

「追い払おうか?」

 

 横を歩く白銀が小さな声で言う。

 確かに何をされるか分からないから気が抜けない。道中、白銀がずっと警戒しっぱなしだ。彼の神経が疲弊ひへいする前に退散願いたいところではある……が。

 

 

「放っておけ」

 

 

 追い払って何処かに行ってくれるとは思えない。だからといって、殺し屋とまともにやりあって白銀の命の保証も無い。

 飽きるか、諦めるか。どのみち玄が自ら消えてくれるのを待とう。

 チラリと玄を見た後、桔梗は白銀に目で「行こう」と促し歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 ────霊薬師と白鬼。

 稀少な者同士の二人組。

 

 彼らがなぜ旅をしているのかは知らないが、なぜか二人を見ていると気分が高揚する。この二人と一緒に居れば面白いものと遭遇できそうな予感がした。

 玄が真っ青な空を見上げると、一羽の燕が二人の上を旋回しながら飛んでいる。

 

 

 ────おっと、燕もいたか。

 

 

 中々遭遇しない組み合わせだ。

 玄はなんだか可笑しくなりクスクスと笑った。

 

 

 

 

 

 ひたすら山道を歩き、日も傾き始めた頃。

 二人と一羽は道を外れ、水辺のある河原へと逸れていった。そろそろ寝床の準備をするのだろう。

 

 玄もその近くに背もたれになりそうな手頃な石があったので、そこに腰を下ろした。

 火を囲む二人を眺めていると、肺の辺りに違和感を感じ咳き込む。

  口を押さえていた手を見ると血で赤く染まっていた。再び咳が出て、苦しさにたまらず前屈みになる。

  息が思うようにできない。

 

 

「くそっ……」

 

 

 これから楽しくなりそうだというのに、もうこの身体は長く持ちそうにない。

 生業なりわいが生業だ。自分が死ぬのはきっと誰かと刺し違える時だろうと思っていたが……。

 

 

 ────まさか、病で死んじゃうなんてね……。

 

 

 

 

「おいっ!!」

 

 

 突然声をかけられ、目を薄く開く。

 いつの間にか桔梗が駆け寄り玄の背中に手を添えていた。

 

 

「咳の仕方がおかしい。白銀、火の側まで連れていってくれ」

 

 言われた白銀は玄の肩を抱くと、焚き火の側まで彼を移動させ横にならせた。

 

「放っといてくれていいのに……」

 

「そこで死なれても寝覚めが悪いからな。……お前、肺に病巣があるな? 吐血も随分前からあった筈だ。このままだともってふた月ほどだぞ」

 

 何か薬の準備をし始めた桔梗に、玄はまだ整わない息で「やめてくれ」と言った。

 

「霊薬はいらないよ。人に借りをつくるなんて冗談じゃない」

 

「安心しろただの薬湯だ」

 

 桔梗は玄の頭を自分の膝に乗せ、湯飲みに入れた薬湯をゆっくり口に流し込んだ。

 

「これで、じき息苦しさも治まる」

 

 何かが立てた膝の上に飛んで来たので、玄がそちらに目を向ける。

 

「君……確かチュイ君?」

 

「あんたの事心配してる」

 

「僕を?」

 

 

 白銀の言葉にもう一度燕を見ると、小さな黒い目がこちらをじっと見つめていた。

 

 自分がこんな小さな生き物に心配されている?

 そう思うと急に笑いが込み上げてきた。

 

 片手で顔を押さえ、肩で笑う玄に桔梗と白銀は顔を見合わせる。

 

「済まなかったね。だいぶよくなったよ」

 

「おい、まだ寝ていた方が……」

 

 起き上がろうとした玄に桔梗が手を伸ばすと、彼はそれを軽く払いのけた。

 

 

「あまり僕に触れるとけがれるよ、霊薬師様」

 

「穢れる?」

 

 

 玄の言葉に怪訝けげんな顔をすると、彼はその場に立て膝をついて座る。

  チュイは桔梗の肩に移動した。

 

「殺し屋と霊薬師じゃ、あまりに立場が違いすぎるじゃないか」

 

 自嘲じちょうの笑みを口元に浮かべ、腕を組むと玄は肩をすくめた。

 それに対して桔梗は少し考えた後、口を開いた。

 

「お前は少し勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「別に、霊薬師は神聖なものでは無いしお前も別に穢れている訳でもない」

 

 今度は玄が眉を潜めた。

 

「それが生きるすべなら、殺しも仕方の無い事だと私は思う。血なんて、洗えば落ちるものだし、お前が汚いとは思わない」

 

「…………」

 

「盗みも然りだ。……そういえば」

 

 

 桔梗は白銀を見て続けた。

 

「私が初めて白銀に会った時、こいつは里から盗んだ女物の着物を着ていたな」

 

「えっ!!」

 

 驚いて声をあげたのは白銀だった。

 

「あれ、女物だったのかっ!?」

 

「知らずに着ていたのか? 明らかにたけも短かっただろう? 他にも男物の着物もあったろうに」

 

「だってさ……」

 

 白銀は赤面しながらひざにほおづえをつくと、ばつが悪そうに言った。

 

「干してある着物の中で、あれが一番ぼろかったんだ……」

 

 桔梗も玄も目を丸くする。

 

「なんか君って……ちょっと可愛いね」

 

 珍しく真顔で言う玄の隣で、そうだろと桔梗が頷いた。

 

「こいつはなんと言うか……世話を焼きたくなる奴なんだ」

 

「成る程。母性本能を無意識に刺激してしまう感じなんだねえ」

 

「ぼ……せい……? 何だそれ?」

 

 きょとんとする白銀に桔梗は。

 

「年下の男というのは、そう思わせるものなのかもな……」

 

 そう言って苦笑いすると、ふふっと玄が笑う。

 

「年上のお姉さんにモテそうだね、白君は」

 

「“白君”? ……って、まさか俺の事か?」

 

「呼びやすいでしょ? わんこみたいで可愛いし」

 

 からかうように言うと、桔梗が大きな欠伸あくびをした。

 

「明日も早いしそろそろ休もう。玄もここで休むといい、夏とはいえ夜は冷える」

 

「それじゃあ、甘えさせてもらうよ」

 

 横になる玄に、何か言いたげだった白銀も諦めたのか、小さく舌打ちをすると背中にある大きな流木に寄りかかり目を閉じた。

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