STAGE 3

 わたしが犯行現場に選んだのは浴室だ。

 カタログから選んだアイテムは、水、釣り糸、釣り針、パインアメ、アーミーナイフ、の五種。


 早速、被害者アバターを浴室に連れて来て、ナイフで心臓を一突きする。傷口から瞬く間に血が流れ出てきて、被害者アバターは苦悶の表情を浮かべたまま死亡する。ゲームの中とはいえ、無抵抗の人間を刺し殺しすのはあまり気分のいいものではなかった。


 次に浴槽の中に水を溜めていく。ある程度溜まったら水を止め、糸に結び付けたパインアメを浴槽の中に入れる。

 数多の飴の中からパインアメを選んだのは、中心の穴に糸を結び付け易い為である。

 糸のもう一方の先端には釣り針が付いており、それをドアカギのつまみに引っ掛けておく。あとは浴槽の栓を抜き、素早くドアから浴室を出ればいい。

 排水溝に水が流れていく勢いに引っ張られて、パインアメも排水溝に吸い込まれる。すると釣り針が引っ掛けられていたつまみが反時計回りに回転し、浴室は密室状態となる。

 最終的には釣り糸も釣り針も排水溝に吸い込まれて証拠は何も残らないという寸法だ。


 単純なトリックだが、時間があまりかからないのと証拠が残らない点で優れている。あとは先に馬場ばばの作った密室トリックを解いてしまえばわたしの勝ちだ。


 わたしはA館を出ると、アイテムのコンパスで方角を確認する。まずは南に1km進み、次に東に1km進む。

 運の要素に頼らずともわたしが勝つに決まっているのだから、地雷原は避けて移動することにする。

 最後に北に1km進むと、A館と同じような建物が見えてきた。


 B館の玄関のドアには、血で濡れた斧が突き立てられていた。ホラー映画好きの馬場の仕業だろうが、悪趣味なことだ。

 中に入ると、玄関から真っすぐ書斎まで血の足跡が続いている。足跡は書斎の前でぷつりと途切れていた。どうやらここが犯行現場らしい。


 わたしはドアノブを握ってみる。ドアノブはしっかり固定されていて、少しも動かない。これはドアの向こうに物を置いたりしたのではなく、内側からつまみを回して施錠されているということだ。ドアの下には隙間はなく、針や糸が通りそうなところはない。


 このままドアを破壊してもいいところだが…………。


 わたしはそれを思い止まる。一階にある書斎なら、外から窓越しに中の様子を観察することが出来る。ドアを破る前に中の状況を確認する方が賢明だろうと判断したのだ。


 一度玄関を出て庭に入ると、まずは窓の施錠を確認する。窓はクレセント錠でしっかり施錠されている。

 そもそも窓の外側には鉄の格子がついているので、窓からの人の出入りは不可能だ。部屋の中は特に荒らされた様子はなく、整然としていた。


 ――ただ一点、天井から垂れ下がったロープに首を吊って死んでいる、若い女がいることを除いて。


 女はだらりと手足を伸ばした状態で吊るされている。長い髪に隠れて表情は窓からは伺うことが出来ない。心なしか首が長いのは、自重に耐えきれずに伸びた為だろう。


 自殺に見せかけた完璧な密室殺人。


「と、普通なら思うところでしょうが、見え見えの手ですよ馬場さん」


 わたしは吊られた女にそう呼びかけた。

「これは自殺に見せかけた密室殺人に見せかけた自殺。書斎で首を吊って死んでいるのは馬場さんのアバターですよね?」


「……何で分かったんです?」

 馬場の驚いたような声。


「部屋の中が綺麗過ぎるんですよ。この書斎は見せかけではなく、本当に内側から鍵がかけられた密室でした。そのことはドアノブが少しも動かなかったことと、窓から部屋の中を観察したことから明らかです。それなら部屋の中に無人で鍵をかける何らかの仕掛けが必要なのに、現場は整然とし過ぎていた。書斎の中には仕掛けを誤魔化した形跡すらない。ならば答えは一つ、密室を作った犯人は部屋の中にいるただ一人の人物、死体ということになる」


 大方、死体や部屋の中を必死に調べ回るわたしを笑おうと企んでいたのだろう。


「いやァ、お見事。まさこんなに早くばれるだなんて。これは一本取られましたね」

「一応プロなんで」

 これで少しは作家としての威厳を取り戻せたかもしれない。


「ところでセンセはどうやってバスルームを密室にしたんです?」

「水を溜めた浴槽に糸を結び付けたあめを入れて、あとは栓を抜くだけ。飴が排水溝に吸い込まれる力を利用して、鍵のつまみを回したんです。簡単なトリックですよ。ん?」


 そこで、わたしは何かがおかしいことに気付く。


「待ってください、何でB館で死んでいた馬場さんがA館の殺人現場が浴室だと知っているんですか?」

 馬場は心底嬉しそうに笑っている。


「気付くのが少し遅かったですね。残念ながらこの勝負、僕の勝ちです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る