第44話 隣村の看板娘

 なし崩し的に村の看板娘を請け負ったハルトであったが、具体的にどんなことをすればいいのかさっぱりわからなかった。いきなりそれを見出すことは不可能であると判断したハルトは隣村に視察に行くことにした。

 

 「隣村にはどれぐらいで行けるんだ?」

 「川を越えたらすぐですよ」


 ハルトに道案内をする村人曰く隣村との距離はかなり近かった。どうやら村同士は川を挟んで境界が分かれているようであった。

 

 「おぉ……すげえなこれ」


 村の境界となっている川を見たハルトは思わずため息を漏らした。村を分ける川は想像以上に大きく、流れが激しかった。


 「大雨が降るとこの川が氾濫を起こすんですよ。だからこの付近には人が住みません」


 村人が言う通り、川の近くには家どころか建物すらもなかった。どうやら家が建っているところが川の氾濫に耐えられる場所になっているようである。村の風土を知りながらハルトは橋を渡って隣村へと足を運んだ。隣村を訪れるなりハルトは人のいる所を探し、通行人へと声をかけた。


 「なあなあ。この村の看板娘っていうのはどこに行けば会えるんだ?」

 「なんだい。お嬢ちゃんもあの子に会いに来たのかい」


 隣村の住民の男は気さくに返事をするが、ハルトの容姿を見てどこか怪訝な表情になったような気がした。


 「あの子はもうすぐこの近くを通るよ。探しに行かなくてもここで待っていれば会える」


 そう言い残すと隣村の男は足早にどこかへと去って行ってしまった。

 

 「何かマズいことしたかな?」

 「まあ、耳も尻尾も隠さなければそうもなるかと」


 ハルトの容姿は狐の少女、いわばあちらと対立している村の信仰が具現化したような姿である。それがわざわざ直接やって来ればあちらの村の人からすれば嫌味のように思えなくもない。


 「しょうがねえだろ。これ隠せねえんだから」


 ハルトは自分の耳を手で覆い隠しながらそう主張する。過去に自分の耳と尻尾を魔法で隠せないかと試したことがあったがなぜかそれができなかったのだ。理屈はわからないが相当強力な力が働いているらしい。


 そんなやり取りを交わしていると少し遠くの方から村人たちと思わしき人々の黄色い歓声が聞こえてきた。

 もしやと思い、ハルトは案内役と共に声のした方へと向かった。声のする方に近づいていくと、そこには多数の人だかりとそれに囲まれる一人の少女の姿があった。


 「あれか?」

 「あれで間違いないですね……ん?」


 案内人は何かを疑うような表情を見せた。それはまるで見たくないもの見てしまったかのような反応であった。


 「何か気に食わないことでも?」

 「えぇ……こっちの村の人間があの人だかりの中に見えまして」


 こちらの村の住民があの人だかりの中に紛れ込んでいるらしい。彼もまたその少女の魅力に取り込まれてしまった人間の内の一人なのだろう。


 「エミリーちゃーん!」

 「エミリーちゃーん!」


 集る人々は口々に少女の名を呼んだ。どうやら看板娘の名はエミリーというらしい。

 人込みに隠れて見えないその姿を一目見ようとハルトは建物の上へと身を移した。

 

 「はーい!みんないつもありがとにゃーん!」


 エミリーという名の少女は囲いの中心で猫を模したような仕草をしながら愛嬌を振りまいていた。彼女がつけている猫の耳と尻尾が偽物であることは本物を持つハルトには一目で見抜けた。しかし仕草や振る舞いのそれはまるで本物の猫のように見えた。

 そんな彼女に村の人々は熱狂している。ハルトからすれば明らかに異様な光景であった。


 「エミリーもみんなに会いたかったにゃん。会いに来てくれてうれしいにゃーん」


 エミリーのあざとい振る舞いは明らかに度を越していた。そんな彼女の姿をハルトはだんだんと直視できなくなっていった。しかしエミリーを囲む人々は彼女に夢中になっている。それだけの魅力があの仕草の中にあるとでもいうのだろうか、ハルトはそれが理解できなかった。


 「なんかあんなの昔学校にいたような気がするなぁ」


 ハルトはふと学生時代のことを思い出した。あの頃もやたらと囲いを作ってその中心にいた女子生徒がいた。きっとこれもその延長線のような現象なのだろう。そう考えるとどこか腑に落ちるような気がした。


 「どうでしたか。この村の看板娘は」

 「なかなか可愛いと思った」


 案内人に尋ねられ、ハルトはそう答えた。確かにエミリーは客観的にみてかわいらしい容姿をしていた。

 しかしそれは案内人の求めていた答えではなかったらしい。


 「そうではなくて、アレに対抗できそうですかと聞いているんです」

 「それは無理だな」


 エミリーは何の恥じらいもなく猫を模したあざとい仕草をしていた。ハルトにあれを真似できるかと言われればそれは無理であった。


 「無理じゃありません」

 「えっ」

 「無理じゃありません。ハルト様もあれぐらいできるようにするんです」


 それを聞いた途端、ハルトは自分の顔から血の気が引いていくのを感じ取った。 

 エミリーのようなあざとい仕草を自分がしている姿を想像すると恥ずかしくてならなかった。そしてあろうことかそれを要求されていたのだ。


 「いや、無理無理無理無理!」


 ハルトは全力でそれを拒否しようとした。首を左右に素早く降ると彼女の尻尾もそれに連動するように小刻みに揺れる。しかし、その姿がかえって案内人にハルトの中の内なる素質を見出させた。


 「無理ではありません。あれぐらいできるようになってもらわないと我々も困るんです」

 「だからってアレは嫌だあああああ!!」



 抵抗もむなしくハルトは案内人の脇に抱えられ、どこかへと連れ去られていったのであった。

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